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短編小説「心の距離」

私は目の前の光景を見て驚いた。

いや、驚いたというより『寂しさを感じた』といった方がいいのかもしれない。

とにかく、何ともいえない空虚感に襲われた。

ただ、胸の奥にずっしりと重くのしかかってくるような感覚。

この虚しさの招待自体はハッキリとしない。

だが原因は分かっていた。

それは、確実に今目にしている光景のせいだろう。

それは帰宅途中の電車内で起きたーー。


午後5時32分。

A町行きの特急電車が時刻表通りに到着する。

車内は休日の午後のわりに結構すいていた。

そこで、私はドア横の席についた。

リュックを肩からおろして膝に乗せる。

最寄り駅までは約20分ほどかかるので、音楽でも聴きつつ少し睡眠をとることにした。

スーツのポケットから携帯とイヤホンを取り出し、接続。

再生。

私はまぶたを閉じた。


~~♪~~~♪

片耳から音楽が聞こえる。

目を覚ますと列車はすでに最寄り駅に到着していた。

急いで立ち上がり降りようとするものの、目の前で閉まるドア。

はぁ。

実に運が悪い。

仕事はうまくいかないうえに、先週には1年付き合っていた彼女に振られる始末。

最悪である。

たしか、今月の初詣では大吉だったはずなのに。

所詮占いは占い、気休めにしかならないのかもしれない。

なんて思いながら列車内を見渡していると、先ほどは気が付いていなかったことを見つけた。

それは、座っていた位置の3つほど右にいた一組の家族についてだった。

家族構成は父・母・未就園児と思われる男の子が1人というどこにでもいる、普通の家族だった。

しかし、私は何かが気がかかりだった。

特にけんかをしている様子もない。

それどころか、父親が抱えているカバンからは子供が使うような砂場セットが見えた。

休日に家族で出かけるほどに仲睦まじい、実に理想な家族ではないか。

では何が引っかかる・・・?

「・・・あ」

思わず声が出てしまったが、気が付くことができた。

それは、彼らが妙に静かだったことだった。

『列車の中なんだから静かにするのはマナーだろ』と言われればそれまでだ、正論なのだから。

ただ、未就園児くらいの子供だったら静かにし続けるのは難しいのではないだろうか。

しかし、事実、彼らは静かだった。

父親と母親はスマートフォンを。

子供はタブレットを手に取り、黙ったままだった。


・・というのが、今までの流れだ。

さらにその家族の様子を見てみたかったのだが、電車が到着したので、移動するしかなかった。

ついたのは終点。

ここから乗り換えをしなければならない。

なので、私は3番線から1番線に乗り換えることにした。

しかし頭の中では先ほどの光景が離れなかった。

子供の目に映るのはタブレットではなく、家族の姿ではないのか・・・?

その時。

唐突に思い出すことがあった。

それは幼いころ、祖母の家に帰省した時、祖母に言われた言葉だった。

「うちでゲームやったらあかんよ」。

今から思えば祖母は寂しかったのかもしれない。

久しぶりに会った孫が、自分とではなくゲームと相手をしていることが。

思い返してみると、電車内だけでなく街中でもスマートフォンに向かってうつむきつつ使っている人が格段に増えた。

それとは反比例に、他人との『現実のつながり』が減ってきているようにも思う。

機械などのテクノロジーが発達した現在、物質的な意味では満たされてはいるが、精神面で言えば寂しい状態なのかもしれない。


そんなことを思いつつ、私は1番線に向かった。


















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