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ホームステイと語学学校生活の始まり 【オーストラリアワーホリ】

6月15日16時 無事にアデレードへとタッチダウンです。

小雨が降りつつも、沿岸から続く平坦な地形と空港付近の建物に課せられる高さ制限は、広大な空をより一層広く写し出します。

機内ではインターネットの提供はなく、友達もいなければ翻訳機も使えない環境でのCAからの飲み物提供は試練そのものです。
観光客が見当たらないことで、より一層自分を勝手に追い込んだ私はリラックスなど一切できていませんでした。

会話がなければ国内旅行と何も変わりません。
キャリーケースを何事もなく引き取り、緊張した手荷物検査場とは対照的に出口に向かう波に乗りホームステイ先までのドライバーを探します。

急遽依頼した送迎サービスは、語学学校提携のホームステイ会社が$180で提供しているものです。
お世辞でもリーズナブルとは言えませんが、明らかなリスクをお金で解決できるのであればと申し込みました。

ドライバーの探し方の案内

少し恥ずかしいですがこれなら安心です。

「もしかしたらホームステイファミリーが来てくれるかも?」
「いや学校の先生かな?」

とソワソワしつつ探しながら歩いていたら、いつの間にか屋外に到着しています。

ここで慌てるほど若くはないです。
案内通りにInformationブースに行き電話をかけてみます。

しばらくするとiPhoneの画面に「Nozomi」と書かれた文字をクールに抱える男性がやってきます。


何はともあれ無事に合流できた私は無口なドライバーの後をおいます。
空港の周りでは中国語で書かれた横断幕で何かを訴えるアジア系の人が多国籍国家を表します。

綺麗に磨かれたBMWに荷物を乗せ、勢いよく出発します。
雰囲気からして語学学校の関係者ではなさそうです。
「普段はドライバーの仕事をしてるの?」
そう聞いてみましたが伝わりません。
めげずに何回も聞いてみます。

最後は
「君が何を言っているのかわからない」
と言われてしまいました。


しばらくの沈黙のあと出身を聞かれJapanと答えました。

すると「じゃあ弾幕を持っていた彼らは何を主張していたんだ?」と聞かれます。

中国語だからわからない。

どういう感情を持つことが正解なんでしょうか。


窓ガラス越しに移りゆく街並みは、一階建ての住宅と充分な駐車場を持つさまざまなお店はオレンジ色がかった夕日も相見え、穏やかな雰囲気を醸し出します。


「Hello!!」今では馴染み深い明るい声が私を迎えます。

不安も相まりどこか憂鬱だった気分を晴らすには充分でした。
心から暖かく迎えてくれたご夫婦は手間をかけ準備してくださったであろう私の部屋を手短に紹介してくださったのち、「今日はゆっくり休んでね」と最後まで至れり尽くせりです。

私にできたことは、ただそれに応え深い眠りにつくことでした。



すっかり疲れの取れた翌朝は、荷物の整理と部屋の確認からです。

実は私のホームステイ宿は離れで完全に独立しています。
キッチンのみならずトイレとシャワーまで完備しており、これをホストファザー自ら建てたとのことで驚きです。
代わりに、ホームステイ特有の困難や会話の挑戦は自ら機会を取りに行かなければなりません。

毎日のディナーや休日のお出かけでは何とか会話を作ります。
ご両親はもちろん7歳のレックスも必死に私の英語を受け止めてくれる素敵な家族です。


17日 8時30分 陽気な先生たちに迎えられ語学学校が始まります。

受付を見つける前は入口を探すのに手こずったものの、時間は充分にありました。
国際免許証どころか日本でも免許を取得していない東京に依存し切った私は、アデレードの交通網をどこか下に見ていたのでしょう。

  • Google Mapに常にリアルタイムで確認できるバスの位置情報・混雑具合

  • ニーズを満たす複数の路線、充分な頻度

  • バス専用レーンによる渋滞回避かつオーバーンを使用した短い移動時間

  • 距離ではなく時間帯を基準としたわかりやすい会計

  • クレジットカードを決済として使用できる利便性

文句のつけどころがありません。

初日のオリエンテーションは昼前には終わり、近くの席だった友達たちに誘ってもらいお昼を食べ、その後は街を散策します。
タイ人と韓国人とブラジル人と私日本人の4人です。

タイ人の子に教えてもらいながら食べるタイ料理


息を潜めて入るState Library

その後の学校生活では新たな友ができ、今ではこの3人と会話する時間は確かに減りましたが、同級生としての繋がりが確かにあります。
そして皆が皆とても魅力的な友達です。
たとえこれが吊り橋効果だとしても、確かに救い救われたのでしょう。

多かれ少なかれ今まで国家関係の話は考える機会は充分にありました。
SNSがこれだけ普及した今、過激な発言やそれを支持する多くの人々を目にします。
悪意なく正論とまくしたてる悍ましい文字に嘆く日々もありましたが、そんな事心底どうでもいいと確信させてくれる自慢の友達が今はいます。

つくづく素敵な人に恵まれている人生です。


私のクラスメイトの構成は20人前後で下記のような国籍の構成でした。

  • コロンビア人: 8人

  • 韓国人: 5人

  • 日本人: 3人

  • メキシコ人: 2人

  • タイ人: 1人

  • 台湾人: 1人

  • チリ人: 1人

クラスのレベルや授業内容毎に構成は変化しますが、学校全体を見てもラテンアメリカ系の国籍が多い印象です。

授業初日は想定通りの大変さでした。
困ったことに同日入学の生徒は3人程度で、他の大多数は既にコミュニティーが出来上がっています。
社交的な性格でもない私が言語と文化の壁を1人で乗り越えるのは不可能です。
転校生の気持ちが少しわかった気がします。

それでも皆んなの簡単な自己紹介が授業初日ということで行われました。
人なみに人の名前を覚えることが苦手な私は必死にメモを取ります。

スペルがわからなかった私は恥ずかしげもなくカタカナに頼りました。

その後の日々は残酷までに淡々と過ぎていきます。

人間の慣れとは素晴らしく恐ろしいもので、刺激だらけの初めてを全て日常に塗り替えていきます。
いつものバスで通学し、授業を受けて、友達と遊び勉強し、ファミリーとご飯を食べて就寝する。
時折のお出かけさえも普段の一つです。

性格に関してはそこまで大きな変化はないです。
もともとたくさん喋るタイプではない私は、さらに口数がすくなくなりましたが、気分は基本ニュートラルで特別無理していません。
友達との会話の中では頭の中で英文を作ってはいますが、まぁ喋らなくてもいいか。と落ち着いたりしています。
そんな僕のことでも頼ってくれる友達がいるので今はそれが心地いいです。

それでも、1人でお店の人に話しかけたり、すこしずつホームステイファミリーとの会話が増えてきました。
ここは英語力の成長というよりも心理的安全性が担保されているに過ぎません。
しかし、この積み重ねで少しずつ生活の幅が広がっていくのです。

自己投資という言葉が嫌いです。
その上で金額以上の経験を私は確信しています。

人脈という言葉も嫌いです。
例え二度と会うことはなくても素敵な友達と出会え一緒の道を過ごしたことは幸せその物です。

日々の慣れは心に余裕を生み、新たな挑戦を促します。
気分屋の私は、次にどんな刺激を求めるのでしょうか。

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