飯田馬之介監督のOVA『デビルマン』に関する 幾つかの覚え書き
1987年11月に『デビルマン』のアニメ化作品としては、初のOVA(オリジナル・ビデオアニメ)が発売された。監督は『天空の城 ラピュタ』で演出助手を務めていた飯田つとむ氏。後の飯田馬之介。
同年10月に講談社から刊行された、ハードカバーの『豪華愛蔵版 デビルマン』全5巻は、永井豪氏の描き下ろしの画稿が多く含まれ、現在流通しているほとんどの『デビルマン』の漫画の中にこれが流用されている。豪華愛蔵版 第1巻の中に、OVAそっくりのプロローグがあるのだが、発売時期が隣接していることから、OVAのコンテを読んだ永井氏が漫画にこれを採り入れてると察せられる。ちなみにシレーヌが勇者アモンに憧れを抱いていた、あるいは愛していたという設定も、この豪華愛蔵版から加えられた新要素。初出の『少年マガジン』連載時には、シレーヌがアモンを愛しているなどとは微塵も描かれていない。
了と明を襲うデーモンの原画。こういう貴重な資料がオークションで海外に流れているのかと思うと……
採用されなかった幻の『デビルマン 誕生編』シナリオ
OVA第1巻『デビルマン 誕生編』には未使用に終わった脚本がある。と、いうか元々はこの脚本をベースにOVAが制作されるはずだったが、現場にあがってきた脚本を飯田監督が気に入らず、原作漫画を参考にコンテを描きながら作り込んでいったのだ。
この決定稿シナリオで、ヒロインの牧村美樹は高校の放送部員…というわけでもなさそうだが、放送機材を抱えてハイテンションで校内のDJを務めている。校庭の片隅で不良に絡まれている明くんを見つけ、プロレスのマイクパフォーマンスみたいに実況することで(大音量のマイクで中継されたため)不良をその場から追い払うなんてことをする快活な女の子。シナリオから台詞の一部を引用しよう。
美樹「(マイクに)ハイハイハイ……。~~ン、じゃあ、ここで毎度大評判の……美樹の突撃リポート……!! 今日の放課后、主役は……あンただ!!……いってみたいと思いま~~す……!」
美樹「(プロレスの実況風に)ああ~っと、これはどうしたことだ―ッ! 趣味最悪五人組が暴れまくっているのに、みんなシランプリだーッ! インターハイ出場の我が校の雄、サッカー部も、自慢の脚で、さっさとランナウェイか―!?」
…原作漫画が好きな人には、美樹のノリが違うと思われるかもしれない。彼女は家でもDJみたいなキャラでラジカセから音楽を流して「イエイエ~ィ」と喋っている。飛鳥了が丁寧な口調で、牧村家のお父さんに自己紹介とお辞儀をする、などという不思議な場面も存在するのだ。シレーヌの先兵であるゲルマーとアグウェル(らしきデーモン)が、早くも牧村家を襲撃に来るなど、脚本家が原作を読み込んでいる箇所も感じるだけに惜しい。決定稿まで行ったシナリオが没になったというのも、書いた本人には不名誉な話かも知れないので、脚本家の名前は秘す。80年代にヒットしたアニメを手がけた、ライターとしては実績のある人ですが。
かくして飯田監督のコンテをベースにアニメは完成。関連商品のジャケットや販促物の版権画などイラストは全て、キャラクターデザインの小松原一男氏が担当している(これは続巻『妖鳥シレーヌ編』も同様)。
第2巻「シレーヌ編」で、発売元がバンダイビジュアルに変更
『誕生編』から2年少々のスパンで第2巻『妖鳥死麗濡編』がリリース。広告媒体によっては『妖鳥シレーヌ編』とも表記されている。『誕生編』が講談社&キングレコード製作だったのに対し『シレーヌ編』は講談社&バンダイビジュアルに変わった。前作のレーザーディスクはバンダイから発売したので、その縁だろう。後のBlu-ray発売記念トークショーでダイナミックプロの永井隆氏は、「座組が変わったので、(続編なのに)新しい作品を2回作ったような大変さだった」と語っている。
製作のメインタッフは『誕生編』から引き続いているが、期間が開いたせいか小松原氏の絵柄にちょっとだけ変化がある。
原作漫画では、人間を喰う亀型デーモン、ジンメンの事件はシレーヌ戦よりも後の方なのだが、OVA化にあたってシレーヌ戦の前に持ってきている。ジンメンが食べる明の知り合いが誰になるかは、毎回映像化の興味深い所で、原作では明の隣人だった少女サッちゃんだが、OVAは明の母親だ(湯浅監督の『DEVILMAN crybaby』も母親)。ジンメンの非道さに激怒する明が、母の目前でデビルマンに変身する場面が良い。ジンメンとシレーヌのエピソード順を原作から入れ替えたのは、立ったまま満足そうな顔で往生しているシレーヌ…という、印象深いあの名場面をラストシーンに持ってきたかったからだろう。
ソフトのデジタル化に伴ってDVD化、そしてBlu-rayに
1998年8月に、講談社が「デビルマン限定ボックス ARK」というコレクター向け商品を発売した。定価は何と14,300円! 一時期、様々な書店からこうした高額の箱モノ商品がやたらと発売されたのだ。この箱にはイラストカードや丸めたポスター、フィギュアなどと一緒に『誕生編』『シレーヌ編』を同時収録した120分のVHSカセットも入っていた。OVAリリース時から10年ほど経って、LDも廃盤になって観る手段が少なくなっていた時期には良いアイテムだったと思う。しかしここから僅か数年後には、映像ソフトのシェアがDVDに逆転し、VHSはどんどん過去の遺物となって行く。
えっ、ベータ……? 何ですかそれは。
2000年代に入り、映像ソフトのパッケージがビデオカセット、LDからDVDに移行。本作品も『誕生編』と『妖鳥シレーヌ編』を収録してバンダイビジュアルから2003年に初DVD化を果たした。『誕生編』の絵コンテが残っていなかったということで、『シレーヌ編』のみコンテを製本して同梱特典にしている。ジャケットが豪ちゃんの描き下ろしなのは、小松原氏がこの3年前に他界して、新規のイラスト発注が叶わなかったためと思う。
テレビ放送も受信器もハイビジョンの時代に変わり、本作もDVD化から約10年後にBlu-rayで発売される運びになるのだが、ここにちょっと自分が関わることになるとは思いもよらなかった。
『デビルマン 誕生編』絵コンテの捜索と、その収穫
2012年のある日、外出先で業界筋の知り合いN氏とバッタリ会い、「のざわさん、『デビルマン 誕生編』の絵コンテって、どこにあるか知ってます?」と聞かれた。その頃はまだ本作のBlu-ray化は公表されていなかったが準備は進んでおり、DVD化の時は未発見に終わった絵コンテをソフトに収録したいらしい。だが80年代のOVAの一次資料は、ソフト発売から年月が経つほどに捜索が難しい。制作スタジオが消滅したり、権利元の倒産、あるいは資料そのものが散逸して行方不明になるためだ。OVA『デビルマン』のソフト化はこれが最後の機会になるのでは? という思いも自分にあったので、心当たりのアニメ関係者何人かに資料の行方を訊ねてみたが手応えなし。それで飯田監督のマネージャーを務めていたMさんを伝手から頼ってみた。幸い「飯田の仕事部屋を探してみますね」と嬉しいお返事を戴き、そこから紆余曲折あって何か月か後にコピーがようやく発見された。飯田監督の奥様が「原本(オリジナル)は多分、残ってない」とMさんに仰ったそうだが、複写を丸々取って保存していたようで、それが見つかったのだ。表紙にコーヒーをこぼした染みがあった(笑)。私のところを中継してメーカーに送るのでは、ソフトの制作スケジュールが間に合わないほど切迫していたので、担当者に事情を話してマネージャーMさんのところからダイレクトにバンダイビジュアルに送ってもらえるよう手配をした。結果は購入者の知る通り、『誕生編』『妖鳥シレーヌ編』の絵コンテ収録及び、OVAと同じ声優陣による『アーマゲドン編』ドラマ音声も入って資料性は抜群だ。
『誕生編』の絵コンテは、Blu-rayにデジタル収録されている。これを読んで初めて、飯田監督が長期的な視点で完結編までの伏線を敷いているのが分かる大きな収穫だった。例えば本編における飛鳥了の初登場場面だ。林の向こうから「あきら、不動明」(声優は水島裕氏)と呼びかけながら歩いてくる了(カット215)。これに対する明のコンテ上のト書きはこうだ
”了、見つめている明。少し不自然なくらい間があって 目パチきっかけに「りょ、了じゃないか」(カット218)”
親友の了から声をかけられた明が、名を呼ばれてから反応するまでに「不自然なくらい間が」開くのはなぜか? 原作既読の人なら分かると思う。
本物の飛鳥了は交通事故でとっくに死んでいる、明とは何の関わり合いもない故人。不動明は了と名乗るサタンに騙されているのだ。
また、スタッフロールのバックは、ストーンヘンジから発生した光の筋が、どんどん空へ放たれる映像である。美しく幻想的なシーンだが、普通に観ていると何の現象かは分からない。絵コンテのト書きはこうなっている。
”神の星へ信号を送り始める。 プププッとくりかえして信号送りつづける(カット698)” ”信号の光 空の彼方へむかっていく(カット700)”
”地球の各地から宇宙へ送り出される信号 美しい(カット701)”
これが原作終盤で神の軍団が地球に降臨する話へ繋がっていくわけだ。
悪魔族が復活したことを、地球が神の国に知らせている……地球の意志が神たちにSOS信号を送っている、というのが『誕生編』エピローグ。
2015年12月のBlu-rayリリースに先駆けて、11月30日に新宿の映画館で上映イベントが開催された。リマスターされた本編の上映前に永井豪氏、永井隆氏、声優の速水奨氏が登壇。イベント当日の記事リンクを下に貼っておく。記事冒頭の「六本木のシネマート新宿にて」は目を疑うが、シネマート新宿は当然、新宿の劇場だ。シネマート六本木という映画館もあったので(現在は閉館)、うっかりライターが書き間違えたのだろう。
このイベントの控室で、OVAの資料捜索に協力して頂いたマネージャーMさんに、ようやく直接お礼を述べることが出来た。バンダイビジュアルの担当さんから、Blu-rayの出来立てホヤホヤなダミーパッケージ(見本)を見せてもらい、「えっ、アーマゲドン編のドラマも入るんですか!?」と初めて知ったよ。
OVA『デビルマン アーマゲドン編』の構想は練られていた
実は…と改まるような話でもないが、私は飯田つとむ監督と個人的に親しくしてもらっていた。なので、ここでは生前通り馬之介さんと呼びたい。
永井豪氏がホビー雑誌『B-CLUB』のインタビューで「『アーマゲドン編』は、監督が予算に納得してくれなくて企画が流れちゃったんです」と話したことで、それが流布して定説のようになっている。が、これは豪ちゃんのニュアンスがやや正確ではない。馬之介さんは『アーマゲドン編』が60分1巻の尺に収まるドラマじゃないと思っていたのだ。こだわっていたのは物語の物量の方面で、お金が云々の話ではない。勿論、拡大解釈すれば「提示された予算に納得しなかった」という言い方も出来るだろうが、これは似ているようで違う話。『誕生編』『シレーヌ編』のような60分のOVAじゃ、デビルマンの壮大なドラマを閉じることが出来ないと考えていたのだから。クリエイティブ的なこだわりが、下世話なお金の話に曲解されているのは馬之介さんを知る者として大変悲しいので、故人の名誉のため書き添えておく。
2005年頃だったか、馬之介さんと六本木に出かけ、ヒルズ近くのカフェで雑談している最中にふとデビルマンの話になり、「『アーマゲドン編』は、やりたいと思ってるんだよね~」とポツリと漏らしていた。『妖鳥シレーヌ編』から15年経っても、そう話していたのだからアニメ化の構想はずっと抱いていたのだと思う。それを裏付けるように、前述の絵コンテ捜索の段階でマネージャーMさんが、馬之介さんの仕事場から『アーマゲドン編』企画書を発掘して送ってくれたのだった。やっぱりあったのだ!! デビルマン完結編の企画書が(いやまぁ、「アーマゲドン編の脚本はもう出来ている」って話は馬之介さんから聞いていたんですが)。
『デビルマン 黙示録 前編』と書かれた1枚の用紙がある。夜の高円寺で、ひとりでデーモン狩りをしている了のシーンから始まり、蜘蛛のデーモンが明の学校に現れる話、デーモンの無差別合体、デーモン少女のエピソード(と書かれているが、ミーコのことだろう)、魔王ゼノンの登場と戦闘、デビルマンがやられるところでおしまいとなっている。大まかに構想を直筆で書きまとめたメモらしく、45分の尺で考えている。そして表紙に第二部『デビルマン 最終戦争編』と書かれたワープロソフトで作った企画書は、「闇の蜘蛛編」前後編として30分×2巻のOVAを想定。蜘蛛型デーモンが明の学園を襲う話だ(講談社KCコミックスの第3巻収録)。蜘蛛のデーモンが明そっくりの姿に化ける原作の1シーンを膨らませて、面白いドラマに仕立ててある。メーカー宛に本作のセールスポイントや見どころ、登場人物の魅力についてしっかりアピールした9頁にわたる企画書。これと前後した時期に書かれたと思われる『デビルマン 黙示録編』構成案も遺されている。全9頁のストーリープランは、やはり「闇の蜘蛛編」2話分から始まり、そこから更に「黙示録編」4話分へと続く。30分×全6巻のOVAを想定した『デビルマン 黙示録編』の後半4巻は、魔王ゼノンが人類に宣戦布告するところから、デーモンの無差別合体、政府による悪魔特捜隊の編成と悪魔狩りなど、原作の流れを踏襲し、ビデオ最終巻で美樹が死亡。最後はサタンが「ゆるしてくれ明 私は愚かだった」と言いながら、泣き顔を翼で隠す場面でEND。大変興味深いのは、中国大陸に集結したデビルマン軍団が最後の戦いに発つところを、年老いたドス六(※明の舎弟になった不良グループの1人)が見送る場面が書かれている点だ。こんなん泣いてしまうやろ。嗚呼、これは映像で観たかったよ馬之介さん……。
偶然だろうが、昨年(2023年)講談社から発売された細野不二彦氏の漫画『デビルマン外伝‐人間戦記‐』が、ドス六を主人公にしたスピンオフ作品で、馬之介さんの『アーマゲドン編』構想に似た場面があって凄くビックリした。興味のある人は読まれたし。
飯田監督のスタッフ集め ~ジブリっぽいキャラクターの理由~
OVA『デビルマン』のキャラがジブリっぽいという評価をよく目にする。原作者の豪ちゃんですら、エッセイ漫画『永井豪のヴィンテージ漫画館』でそう言っている(ただ豪ちゃんが勘違いをしていて、『魔女の宅急便』のスタッフが作画しているから美樹がキキのキャラに似ている、と書いている)。それは『天空の城 ラピュタ』助監督の馬之介さんが、『ラピュタ』の作画を終えた直後のアニメーターを大勢スカウトしたからで、”ジブリっぽく作った”わけではなく、絵柄が結果的にそうなっているだけに過ぎない。
『デビルマン 誕生編』のエンドロールを見ると、原画には14人参加している(キャラデザの小松原氏も原画を描いてるので、実質15人)。
この作画スタッフのうち……
■原画
金田伊功、鍋島修、森友典子、川崎博嗣、二木真希子、近藤勝也、河口俊夫、大塚伸治
■動画
服部圭一郎、永井恵子、粟田努、手島晶子、大谷久美子
――これだけの人員が『ラピュタ』からのスライド参加(敬称略)。
スタッフ集めについて、馬之介さんはこんなことを考えていたらしい。
余談だが、永井豪氏が講談社の月刊誌『マガジンZ』で発表した『鬼公子炎魔』に登場するカパエルの人間態は、馬之介さんをモデルにしている。同名タイトルのOVAのタイアップとして描かれた漫画なので、「序章」という通り中途半端なところで終わってしまうが…(短編集という形で他の読み切りと混載でコミックス化された)。電子書籍化されているので、興味のある人はドゾ。
私的なおもひで
生前、馬之介さんが、とあることのお礼にとシレーヌのイラストを描いて宅急便で送ってくれたことがある。このnoteで紹介したようにOVA『デビルマン』の版権画はほとんど小松原氏(極々僅かに永井豪氏)が描いていたので、元々アニメーターだった馬之介さんの手による物がない。なので馬之介さんのシレーヌは大変貴重と言える。線画を描いてPCに採りこんだものをデジタルで彩色してあり、A3サイズほどの大きなイラストだ(文字部分は直筆)。あとで本人に会った時、「元絵はPCに入ってるから、汚れたり破れたりしたら、また作ってあげるよ」と言ってくれたのだが、49歳という若さでこの世を去ってしまったので、これは馬之介さんの形見になってしまった。大切にしますね。
※「デビルマン限定BOX ARK」に色々なクリエイターが描いたデビルマンのイラスト企画が含まれ、馬之介さんも1枚寄稿しているが、別にOVA関連で描いたというわけではない。
■原作・総指揮:永井豪
■監督・絵コンテ:飯田つとむ
■キャラクターデザイン:小松原一男
■作画監督:小松原一男、安藤正浩
■美術監督 - 椋尾篁(誕生編)、宮前光春、海老沢一男(シレーヌ編)
■音楽:川井憲次
■アニメーション制作:OH!プロダクション
©ダイナミック企画・講談社・キングレコード
©ダイナミック企画・講談社・バンダイビジュアル
『デビルマン』のアニメ化作品では、他に『サイボーグ009VSデビルマン』もあるが、これはまた機会があったらnoteに書くかも知れません。予定は未定。
【記事出典】
■デビルマン OVA COLLECTION(バンダイビジュアル)
■『デビルマン 誕生編』シナリオ決定稿
■『デビルマン 誕生編』音楽集(キングレコード)
■『デビルマン外伝 -人間戦記-』細野不二彦(講談社)
■『永井豪のヴィンテージ漫画館』(ワニブックス)
■『デビルマン 誕生編』『デビルマン 妖鳥シレーヌ編』各種宣材