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泣き虫な悪魔の物語 『DEVILMAN crybaby』
昨年(2023年)11月に、湯浅政明監督の『DEVILMAN crybaby』と『犬王』のスクリーン上映があった。
『DEVILMAN crybaby』(以下『crybaby』)は全10話のシリーズ物を、途中休憩を挟みつつも一挙上映で、配信限定の同作を観たことがない人には良い企画だったのではなかろうか。この機会に『crybaby』『について書いておきたい。なお、タイトルの”CRYBABY”は、泣き虫の意味である。
ネット上でのアウティングは、現代にこそ響く恐怖
2018年1月よりNetflixで配信が始まった『crybaby』だが、私は前年秋にANIPLEXの試写室で第3話まで見せて頂いた。対シレーヌ戦までは辿り着かなかったが(一応、シレーヌは台詞付きで姿を現している)、充分満足できる内容で、こりゃド偉いモノが出来たなと興奮しながら帰宅したのを覚えている。原作は1972年に発表された漫画だが、今回のアニメ化にあたって現代の舞台に置き換えている。しかしSNSの悪意と疑心暗鬼が溢れる現代に蘇らせたことで、原作の持つ「いつの時代にも通じる物語」という普遍的な面白さを、改めて発見できた気がするのだ。翌年1月に始まったNetflixの配信も当然、一気に観た。
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悪魔の勇者アモンと合体を果たし、人間界に仇なすデーモンを次々と葬るデビルマンこと不動明だが、物語の局面が大きく変わる終盤で、彼の友人・飛鳥了が「不動明は悪魔に乗っ取られている」と大衆に向けて正体を明かしてしまう。原作ではテレビの生放送で行なわれるこの展開が、『crybaby』ではネット配信になっている。個人情報について広く意識が共有された今でいうなら、アウティングという行為だ。アウティングとは、本人の了解を得ないまま、その人物の秘密を第三者が暴露することを指す。勿論、原作が発表された1972年当時には馴染みのない言葉だし、作者がそこまで深く問題提起を考え抜きながら描いたわけではないと思うが、他の人に知られたくない隠し事を、近しい知り合いが勝手にオープンにしてしまうこの行為は現代でこそ恐ろしさが味わえる。
2018年風にアップデートしたキャラクターのリファイン
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『crybaby』のキャラクターデザインは女性アニメーターの倉島亜由美さん。不動明や牧村美樹のキャラ造型は原作とも過去のアニメとも違う解釈だが、個性的で大変面白い。実に現代的な顔立ちだ。明のキャラクター設計に関して倉島さんは以下のように語っている。
倉島「永井先生と押山さんのデビルマンのデザインを見るとケツアゴ(※アゴ部分が2つに割れてる)になっていたので、変身前の明にもケツアゴを採り入れたらどうでしょうという提案をしたのがきっかけなんです。(中略)あと『crybaby』というサブタイトルが決まる前から、明の泣き顔を描いて欲しいというリクエストがあって、設定にも何パターンか泣き顔を描いたんですが、それは描いておいて良かったですね」
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明が変身前後で変わらない人物だと分かるように、彼に泣き虫という性格付けをしたのは、脚本の大河内一楼氏による提案だとのこと(湯浅監督の談話より)。明が牧村家の食卓で、うつむきながら涙をボタボタこぼしているのを美樹ちゃんが「あ、また泣いてる」って感じで顔を覗き込む場面などは、明はいつもああやって誰かのために泣いてる男だと表わす演出だろう。
美樹ちゃんこと牧村美樹は、陸上選手としては割と世間で有名な人になっていて、近寄ってくる男が多い憧れの存在として登場する。試写で本作を観た頃は、不動明、飛鳥了以外のメインキャストはまだ発表されておらず、どのキャラを誰が演じるか知らないまま臨んだが、潘めぐみさんの美樹ちゃんがえらく役にハマっていて最高のキャスティングだと唸ってしまった。
倉島「ボーイッシュでショートカット風だけど、女の子らしさもあるという塩梅が難しくて。いろいろ描いてみたものの、なかなかいいものがなかった。そこで自分のいつもの手法で一度描いたら、皆から”可愛い!”といわれて、それで美樹ちゃんはすんなり決まりました」
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原作では不良グループから万引きを強要されている少女として登場するミーコが、『crybaby』には容姿も役割も違うキャラで出てくる。彼女もまた「ミキ」という名前なのだが、周囲からは牧村美樹との混同を避ける為なのか”ミーコ”呼ばわりされ、家では母親の介護をして鬱屈を溜めたキャラクターに設定されている。博愛主義者で誰にでも優しく、スポーツ万能な美樹にコンプレックスを抱く、”美樹のことが大嫌いで大好き”という屈折した感情を持つ複雑な役。竹を割ったような明るい美樹に対比するように、少し陰りのある暗い少女っぽいキャラデザが良いのだ。ミーコが美樹と仲良さそうで内心は嫌っている設定について、脚本の大河内氏の談話を引用しておこう。
大河内「美樹は、描くのが一番難しいキャラクターでしたね。助けてくれたのは、オリジナルキャラクターであるミーコやワムたちでした。完璧超人である美樹を、ミーコが嫌ってくれていることで、誰もが美樹を賞賛しているような気持ち悪い世界ではなくなった」
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湯浅「顔や雰囲気については思い切って(原作から)変えてしまったほうがいいと判断しました。周囲が明だ、ミーコだと言っているので、そうなんだと判断してもらう感じで」
インターネット社会の悪意と善意
ANIPLEX試写室で3話まで観てからほどなくして、2017年11月に本編ラスト近くまでのシークエンスを盛り込んだ長めのPVが公開された。了がネット世界を利用して人心の恐怖を煽るのだろうというのは、ここで分かった。現代でこれを使わない手はないじゃないか。
永井豪氏が虚実ないまぜで自分の漫画人生を振り返った連載『激マン!』で、『デビルマン』をセルフリメイクしたのだが、シチュエーションは72年発表当時のまま明たちに携帯電話を持たせているのは何とも違和感があった。『デビルマン』はネットの通信手段があれば回避できる事件が沢山あるからだ。『crybaby』は最初から現代の事件として描いている。ネットを利用するのは大河内氏の案だったようだ。
大河内「原作通りの年代にしようというのは、全然考えなかったですね。だって平成の今に作って、今の人に見せるわけですから。了と連絡を取りたいときに、明がスマホを使わなかったら、みんな不思議がると思うんですよね。(中略)それに現代って人間不信をインフレさせる、すばらしい装置があるじゃないですか。インターネットというギミックを使わない手はないと思いました」
恐怖を煽るだけの装置ではない。物語終盤で明の正体が露見したあと、不動明という青年かいかに優しくて良い若者かを美樹が切々とSNSで発信し、自分は明くんを信じるという人の善意を現わす場面にもネットが用いられる。実に”今どき”の『デビルマン』になっているのだ。
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過去のあらゆる『デビルマン』を飲み込んだ作品でもある
本作で、東映動画のテレビアニメ『デビルマン』がモニターに映っている場面がある(湯浅監督のインタビューによると、緑色の姿をした特撮ヒーローのつもりだそうな)。壁にポスターも見え、主題歌「デビルマンのうた」もニューアレンジで挿入歌になっている。これに関して『デビルマン』は過去幾度も映像化されているのに、また新たに制作するにあたって「みんなデビルマンって知らないですよね?」という前提は嘘くさい、それならいっそ『デビルマン』が(劇中に)ある世界にしようと思ったのが動機だという。この『crybaby』の中に『デビルマン』というエンタメ作品が存在する、というメタ的な設定の他にも、2018年時点までで発表されている、あらゆる媒体の『デビルマン』を内包しているのではないかと思わせる所があるのだ。実際に湯浅監督は、とある登場人物の設定を『デビルマンレディー』を参考に決めたと話している。
また、「おや」と思ったのがサイコジェニーだ。デビルマン世界ではお馴染みのデカ頭でギョロ目のデーモンだが、キャラクターデザインを見ると背中側に乳房がある。豪ちゃんの原作漫画で背面は描かれておらず、他のトリビュート漫画でも、おおむねこのキャラは長髪で背中が見えない。
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唯一、韮沢靖氏がアクションフィギュア用に起こしたデザイン画には背中に乳房、手足に血管のような模様が描かれている。『crybaby』は、こうした色々な『デビルマン』からのフィードバックがあるのではないかと思っているのだが…。それらを咀嚼して湯浅ワールドに構築しているのは、流石というほかない。
『crybaby』は、愛という赤いバトンを繋ぐドラマ
『crybaby』の主要人物たちは学校の陸上部所属という設定になっている。美樹が有名な陸上選手だから、単に明やミーコもそれに合わせて? いやいや、実は登場人物たちが陸上選手なのは、ドラマの中で大きな意味を持ってくる。印象的に語られるのが「バトンを渡す」「明くんがアンカー」という台詞だ。本作でのバトンは物理的な物だけでなく、愛情や気持ちなど形のないものの比喩にも使われている。
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湯浅「バトンはだんだん重要なアイテムになっていきました。(中略)明=デビルマンが泣いていて、最後にサタンが泣くことになるから。この話は涙を伝えるリレーの話にすればいいんだと思いました。(中略)だんだん”託す” ”伝える”という記号になっていきましたから、できるだけ最初から意味が繋がるように意識してゆきました」
第9話で美樹は非業の死を遂げるが、デビルマン化した友人のミーコが、必死に美樹を守ろうとする原作と異なる見せ場がある。自ら暴徒たちの盾になり「走れ美樹! 走れ!!」と叫ぶミーコ。その声に突き動かされ、駆け出す美樹は、明くんにバトンを渡さなきゃという。もちろん陸上競技で使うバトンでなく、別のものを託そうとしているのだ。さらに全てを失い、もはやサタンを倒すしかなくなったデビルマン最期の戦いにも、赤いバトンが地面に落ちるイメージカットが何回も繰り返される。ミーコから美樹に、美樹から明に繋がれた赤いバトンは愛の象徴だが、愛を知らないサタンこと飛鳥了は、それを受け取れずに幾度も手から落としてしまう。アンカーの明がサタンに渡そうとする物が、どうしても届かない。メインキャラクターがみな陸上部の所属で、バトンを渡すという話が節々で語られた設定が最後に大きく生きてくる。いやはや素晴らしい。
完成した作品を観た原作者と、湯浅監督の対談が記事になっているのでリンクを貼っておく。
上記の湯浅監督との対談で豪ちゃんが着ている黒いTシャツは、もしかすると(いや、もしかしなくても)OVA『デビルマン 誕生編/シレーヌ編』のBlu-ray発売記念のイベント用に制作されたシャツじゃなかろうか。
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我が家にもあるが、サイズが合わないので着ないまま残している。2012年製のTシャツだけど、2018年の対談の時にも着用しているとは、モノ持ちが良いでガス。
大きすぎるサイズだが物量は充実のBlu-ray BOX
『DEVILMAN crybaby』全10話を収録したBOX商品がANIPLEXから発売中だが、通販サイトのどこを見ても、その大きさが分かる写真がない。
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この大きな外箱の中に、関係者へのインタビュー、対談などの読み物をメインに収めた108頁のメイキングブック、キャラクターデザインの変遷や、美術ボード、原画など絵の資料をメインにまとめた100頁のアートワーク集、さらに本編ディスク+音盤ディスク計5枚のディスクを収納した2つ折りのトレイが収まっている。『crybaby』を味わい尽くしたい人には、またとない仕様でもある。デカくて重いのが何とも悩ましいが、デビルマンファン、湯浅ファンにはお薦めしたいアイテム。ただ、単品商品で発売された2枚組サウンドトラック盤のライナーノート(=楽曲解説)を、この商品のブックレットに載せてるのだけは本当にけしからない。自分は両方購入したから良いものの、サントラCDだけしか買ってない人にとって、これほど不親切なことがあるだろーか。音盤商品と解説書が泣き別れだよ、なに考えてるんだANIPLEX。
サントラといえば、ダンスミュージックのようなイケてるアレンジの「デビルマンのうた」はロックバンド女王蜂のアヴちゃんが歌唱し、魔王ゼノンの声も演じている。数々の映画賞に輝いた湯浅監督の長編映画『犬王』(2022年)の主演にもアヴちゃんが起用されているのだが、これは『crybaby』の参加が縁になったのではないかと思っている。確かめたわけではないがどうだろう。
配信が始まった2018年にタワーレコード渋谷店8Fのイベント広場で「DEVILMAN crybaby SABBATH SHIBUYA」というイベントが開催された。原画の展示とグッズの販売など。会場は撮影自由という太っ腹な催しであった。開催期間5月23日(水)~6月17日(日)
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■監督: 湯浅政明
■脚本:大河内一楼
■キャラクターデザイン: 倉島亜由美
■デビルデザイン、デビルキャラ作画監督:押山清高
■サブキャラクターデザイン:霜山朋久、押山清高、西垣庄子、小島崇史
■美術監督:河野羚
■色彩設計:橋本賢
■音響監督:木村絵理子
■音楽:牛尾憲輔
■プロデューサー:新宅洋平、永井一巨
■オープニングテーマ:MAN HUMAN(電気グルーヴ)
■アニメーション制作:サイエンスSARU
■製作:アニプレックス、ダイナミック企画
©Go Nagai-Devilman Crybaby Project
次回のnoteは、やはり豪ちゃんの『デビルマン』を原作としたOVA『AMON デビルマン黙示録』について書く予定でガス。
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