#26 盛山大臣「名案がない」なら提案しよう
「正直、名案はない。」
なり手不足問題に対する盛山文科大臣の発言にざわめきが起こっている。
いや、できることはいくつもある。
確かに志願者をいきなり増やすことは難しい。
現段階で最も大切なのはまず「休職者を出さない」こと。現時点ではなり手不足と重なって休職者の増加があるために問題が拡大しているのだ。そのためにできることは業務削減の「一択」。少しでも現場に支え合うゆとりをつくることだ。
そして長期的に、志願者増のためにできることも業務削減の「一択」。現時点で150%ほどに膨れ上がっている業務をとにかく減らし、普通に働ける職場にすることが最良の策だ。
「教育の2024年問題」キャンペーン
ぼくが文科大臣なら、まずキャンペーンを張る。
「2024年度から学校は変わります!」
「教員の長時間労働とそれに起因する人材不足で学校は危機的な状況に陥っています。子どもたちの教育の根幹にかかわる部分を守りながらも、慣例的に行われてきた様々な業務の見直しを大胆に行います。」
まず、これを記者会見で訴える。
今、国土交通省や運輸業界は「物流の2024年問題」を訴えている。これはトラックドライバーの時間外労働の上限規制が2024年から始まることによって、従来の運輸サービスが機能しなくなる可能性があるというものだ。教育界も2020年に月45時間年間360時間の上限が定められた時に「教育の2020年問題」を訴えればよかったのだ。運輸業界と教育界の本気度の違いは、単に上限を超えた場合に「罰則があるかないか」である。どちらも根本は労働者の健康問題であり、教育界が労働者の健康を後回しにしている構図が明らかだ。
運輸業界のキャンペーンによって消費者は2024年から「品物が今ほどすぐには届かない」「配送の価格が上がる」「配送を断られる場合もある」などの困難が発生する心の準備をする。キャンペーンは激変に対する緩衝材の役割をする。
同様に学校においても、部活動、学校行事、通知表、子どもの登校時間、教員の時間外の保護者対応など、これまでの様々な「サービス」が低下することを予告する。そして、その旗振り役は、できるだけ大規模組織がよい。つまり、国、文部科学省である。これまでは、その役割を、教育委員会や学校に任せていたので足並みが揃わず(というか停滞する方で足並みが揃い)改革がすすまなかった。
業務削減を前進させる
キャンペーンを張ると同時に具体的な改革に着手する。2024年から始めるときには2024年から始めたのでは遅い。2023年中の布石が重要になる。(という意味でも「名案はない」と足踏みをしている文科大臣に一言言いたい。「すぐできることをまずやろう」)
① 部活動は「1日50分を週2、3回」
まず取り組むべきは部活動である。本来なら2022年4月、教員の時間外労働に月45時間年間360時間の上限が設定された時点で、制度に合わせた部活動に変えていくことが急務だったのに「休日部活動の地域移行」で問題の先送りをしてしまった。すぐに着手すべきは平日の部活動である。ぼくの結論から言えば平日の部活動は「1日50分を週2、3回」である。詳細は拙著「先生2.0」に詳しいが、これは現行の制度に則って導き出した着地点である。
実は、すでに多くの地域で平日の部活動を教員の勤務時間内に収める運用が始まっている。ただ急激な変化には抵抗が強い地域・学校もあるだろう。そこで2023年度内から段階的な移行を予告し、遅くとも2027年までには完成させたい。さらに「月45時間を超過した教員は次の月には部活動指導を行わない」などの、民間では当たり前のルールを周知し、従来の慣例的、惰性的な運用に制限をつける。「文科省は教員の命と健康を守ろうとしている」というアピールがなり手を呼ぶ。
② 学校行事は年間35コマ
次に学校行事。これもコロナで一旦縮小した後にリバウンドしつつある。ぼくが導き出した学校行事の適正値は年間35コマ(詳細は拙著「先生2.0」を参照)。もし2泊3日の修学旅行(18コマ)を行ったら残りは17コマである。何をやって何をやめるかの議論が必要であるし、その議論は子ども、保護者も含めた学校関係者で行えばよいと思う。ちなみに学校がどれくらい行事をしているかというと2018年の文科省の調査では、小5で53.5コマ、中2で41.5コマである。しかし、2021年度には、コロナの影響で小5は37.6コマ、中2は34.0コマと一気に縮減した。これは僕が提唱する年間35コマと同レベルである。つまり学校運用上、可能なレベルということである。おそらく、この数値は徐々に2018年のコロナ前のレベルに回復していくに違いない。そしてそれを回復させていくのは多忙にあえぐ現場の教員だというブラックジョークのような展開が目に見える。
今年8月の中教審の「緊急提言(案)」でも学校行事について「教育上真に必要とされるものに精選すること」との記述があるが、このような曖昧な表現では何も取り組まない横並びを作るのが関の山だ。文科省がはっきりと年間35コマ等の数値の上限を明示し、キャンペーンの中で保護者らにも理解を求めていかないと歯止めがかからないのだ。
③ 年間授業時数は1015コマ
次に着手するのは年間授業時数である。文科省の調査では2021年度、標準の1015コマに対して、小5も中2も約1060コマ平均の運用が行われている。これを1015コマに近づけていくことによって、平均45コマの授業カットが可能になる。特に多忙な4月の授業を積極的にカットすることで、準備時間が確保できる。中教審は、8月の「緊急提言(案)」の中で、標準授業時数を大幅に上回っている教育課程を編成している学校に対して、見直しを前提とした点検を行うことを求めている。しかし、その対象となったのは、標準の1015コマを70コマ以上上回った1086コマ以上の学校である。多くの教員が月45時間の時間外を余儀なくされている状況においては、全ての学校が1015コマに近づけていく努力が必要である。文科省には「少なくとも年間1030コマを上回らない運用とする」などの通知を発出していただきたい。こちらも具体的な数値化がないと、現場はなかなか動かない。
学校教育法の下の施行規則のさらに下の学習指導要領が、働く者の命と健康を守るための労働基準法や労働安全衛生法を押し退けて運用されることがあってはならない。1015時間に近づけても教員の労働時間が上限を上回るようであれば、1015時間そのものの妥当性を議論しなければならない。
その他、通知表の負担軽減(年1回で十分)、子どもの登校時間の適正化(教員の勤務時間開始後に)、勤務時間外の保護者対応を止める(基本的に勤務時間内に)など、いくつかの対策を同時に発表していく。
こうやって、まずは目に見える業務削減をすすめることで現場の負担を軽減し、休職者を減らしていく。同時に、誰もが安心して働ける職場を目指していくことを文科大臣が宣言し、志願者を増やしていく。なり手不足対策はこれに尽きる。(教育委員会の「やりがい動画」によるパイの奪い合いはもはや逆効果)
そして、今回のぼくの提案は、予算がほぼかからない。なぜか。それは単に「制度通り」に運用しただけのことだからだ。逆に言えば、これまでの学校は制度をねじ曲げて運用することによって自らを苦しめていたのである(部活動はその最たるもの)。
文部科学大臣の記者会見は滅多に地上波に出ることはないが、これだけのキャンペーンを打って出れば、マスコミは放っておかないだろう。「物流の2024年問題」に並んで「教育の2024年問題」を社会に認知させ、改革を前進させることが今できることだ。
「名案はない」とは言わせない。