本質を探るトレーニング「不の要素をプラスに転化する」(4/4)
シリーズ最後のアプローチは、「不の要素をプラスに転化する」です。今回も同じ写本研究の分野を例に挙げます。
私が研究している15世紀初期の音楽写本は、レパートリーを見ると、当時の大切な写本10冊の中には必ず入ってくるものですが、見た目の豪華さがありません。使われた材料は、高価な羊皮紙でなく紙。分冊のトップを飾る文字には、金箔も使われず、装飾もシンプル。誤字脱字、修正箇所も多く、余白には走り書きまで!
何を取っても完璧なものが無く、本というよりはノートのようです。有名どころの写本でないので、同じ研究をしている人も少なく、データをシェアすることもできません。前回の研究は、2011年にイギリスの研究者が発表したものの特に新しい仮説が生まれたわけでもなく、その前のものは、1970年です。負の要素はいくらでも挙げられます。
しかし、もしこれをプラスに転化するとしたら、どうでしょう?高価な装飾を施した写本というのは、何かの目的で献呈されたものだったり、アンソロジーだったりしますが、ノートのような写本は、もしかしたら、実はノートだったのかもしれません。書き溜めていたとしたら、それは当時の音楽シーンにとても近い位置にあったと言えます。保管されている曲の数からみると、同時代の他の2つの写本との関連性見られますが、写本の佇まいや特徴は全く違うのです。アンソロジーとして、コレクションとして編纂された写本とは、根源から用途がちがうようです。それこそ、他に例を見ない貴重な史料なのではないでしょうか?
そう考えると、余白に走り書きをした人がずっと所持していたのか、いつからこのノートに曲を書き溜めていたのか、どうどう分類して書きとめたのか…妄想の翼が広がります。