「ピクミン4」の世界的ヒットは新ゲーム用語「DANDORI」とともに
『ピクミン4』が、めちゃくちゃ面白いです!
これは正真正銘の大傑作ですわ。2001年にシリーズ1作目が登場してから22年。ゲームファンの間での評価は抜群に高く、世間一般での知名度も高かったのに全世界規模での爆発的ヒットを達成できなかったシリーズだった『ピクミン』が、ついに世界に羽ばたくかもしれません。
とにかく全方位的に面白いです。小学生でもワイワイと楽しめる直感的なゲームでありながら、慣れていくにつれて深さが見えてくる。そのあたりのバランスは、全シリーズ中で随一でしょう。プレイしていると、あっという間に数10時間が過ぎていきます。未プレイの方は、ぜひプレイしてみてくださいませ。
海外での評判もいいみたいです。とくにヨーロッパでの販売が好調であるという噂も流れてきておりますし、『ピクミン』シリーズ、ついに世界的なブレイクを果たす気配が漂ってきました。
といったところで、『ピクミン4』の魅力について語るのは止めておきましょうか。真の傑作ゲームに対して、あーだこーだと御託を並べて魅力を説明するほど野暮なことはありませんので(笑)。
というわけで、ここからは『ピクミン』の中に出てくる用語「ダンドリ」について語ります。
この言葉、日本人はすんなり理解できるでしょう。漢字かな交じりで書くと「段取り」。このゲーム、ちゃんと事前に準備しておいて、ピクミンたちにそれぞれ役目を与え、それがスムーズに遂行されたとき、めちゃくちゃ気持ちよくなってくるんです。
・10匹の羽ピクミンにアイテムを運んでもらって
・その間に、25匹の赤ピクミンに壁を壊してもらって
・と同時に、40匹の青ピクミンで水辺の原生生物と戦って・・・
みたいな感じです。こうして「段取り」を考え、その通りにゲームがすいすい進行していくと、よし! オレってマネジメントの天才かも―! と、なんか心地よくなってくるのです。これが『ピクミン』というゲームの魅力のひとつです。
さて。
突然ですが、ここでゲーム画面を2枚、載せてみます。
日本語表記のとき、そこに「ダンドリ」という言葉が出てくるのは当然のことではありますが、言語表記を英語に切り替えても、「ダンドリ」の概念は翻訳されることなく、そのまま「DANDORI」という言葉で置き換えられています。
これ、かなり画期的なことなんですよね。
半世紀を超えようとするゲームの歴史において、無数の国産ゲームが海外向けに翻訳(ローカライズ)されてきましたが、このような形で「ゲームの魅力を表すキーワードとなる日本語を、そのままローマ字表記してしまう」というのは、あまり前例がないんじゃないかなぁ。似た事例を、わたし、ぱっと思いつくことができません。
外国人プレイヤーにしてみれば、いきなり「DANDORI」という、見たことも聞いたこともない新しいゲーム用語が提示されたことになるわけですから、戸惑った人も多かったかもしれません。
でも、外国人に戸惑いを与えてしまっても、あえて「DANDORI」という新しい用語を作り、そのまま提示するという決断は、大正解だよな、と、わたしは思っております。
もともと「段取り」とは、歌舞伎を語源とする言葉です(他の説もあるらしく、確定情報ではないので注意してください)。歌舞伎の一幕のことを「段」と呼び、芝居の筋や構成の運びを「段取り」と呼ぶ。そこから、うまく事が運ぶよう事前に行う準備を「段取り」と呼ぶようになったのですね。
このような、歌舞伎(などの大衆演劇)を語源とする言葉は他にもたくさんあります。動きや物腰が職業としっくり合うことを示す「板についている」とか、得意技を意味する「お家芸」とか、醜い争いを意味する「泥試合」あたりが有名でしょうか。
これらの大衆文化から自然発生的に生まれた言葉に共通しているのは、外国語に翻訳するのが難しいこと。日本という国の文化・歴史の影響を色濃く残している言葉だからです。「板についている」「お家芸」「泥試合」という言葉のニュアンスを、そのまま他言語に翻訳するのって難しいでしょ? 海外には、それにピタリと当てはまる単語がないのです。
「段取り」も同様です。
英語で考えてみても、うまく置き換えられる単語は存在しません。web上の和英辞典で調べてみると、plan、arrangement、programといった訳語が出てくるわけですが、どれも、なんか微妙に違うわけですよ。どれもこれも、訳語として、しっくりこないのですね。
だから任天堂は、えいやっ、とばかりに「DANDORI」という新しいゲーム用語を作ってしまったのでしょう。
「侍」という言葉を英訳するとき、「Japanese warrior」と訳してしまうと、むしろイメージがズレて伝わってしまうので、いっそ「SAMURAI」と表記してしまったほうがいいよね――みたいなことと近いかもしれません。
とはいえ、そうやって日本語をそのままローマ字にする場合、たいていは具体的なモノを指す言葉であることが多いです。その言葉を説明する画像などを横につけておけば、「なるほど。SAMURAIというのは、こういう恰好をした日本の剣士のことか」とすぐに理解してもらえる。ただローマ字表記しただけの新しい言葉も、すんなり理解してもらえるわけですね。
一方、「段取り」のような、モノではなく、いわば考え方というか、抽象的な概念を指し示す言葉を、そのまま「DANDORI」と表記し、そのまま、ぽーん、と海外人の前に提示してしまうというのは、なかなか珍しいパターンです。かなり勇気ある決断といえましょう。
とはいえ、こうして「DANDORI」という言葉は、新しいゲーム用語として、全世界のゲームユーザーに提示されることとなりました。
その結果、youtubeなどでゲームの実況動画を見ていると、海外のゲーム配信者たちが、「DANDORI」という言葉を使ってコメントしながらゲームをプレイしているという、なんとも面白い動画がたくさん出てくるようになってます。
それらを見ていると、どうやら、みんな「DANDORI」という概念をちゃんと理解しているんですよね。「そうか。こうやって事前に準備して、手順よく効率よくプレイすると、すげぇ面白いじゃん。この心地よい下準備をDANDORIと呼ぶのか」と、多くの人が理解しているようです。
本来ならば、たくさんの言葉を費やして説明しないと伝わらない「段取り」という言葉のニュアンスを、外国の人たちが、みんなゲームをプレイすることで理解しちゃってるわけです。体験するメディアであるゲームだからこそ可能な、きわめて興味深い現象が起きているのですね。
そうか。こうやって文化というものが輸出されていくこともあるのか――と、すごく興味深い気持ちで、わたし、それらの動画を眺めております。
というわけで。
ここから10年後くらいには、ゲームに親しんでいる海外の人たちは、みんな「DANDORI」という概念を理解していくのかもしれません。そして彼ら・彼女らが日本に留学したり、日本で就職したりしたとき、そこで「段取り」という言葉を耳にすると、「OH! DANDORI! ソノ意味ナラ知ッテルヨー」 と感じるのかもしれませんね。
さらにいうと、もしかすると半世紀後あたりには、オックスフォード英語辞典に、正式な英語として記載されるかもしれませんね。
これは冗談で言っているのではありませんよ。イギリスの辞典には、膨大な数の外来語が掲載されていて、日本語由来のものも多いです。半世紀くらい前には、すでに「kimono」という言葉が英単語として載っていたはずです。これが日本語由来のものとしてオックスフォード英語辞典に載った最古の言葉だったかと思います(記憶だけで書いているので、間違っているかもしれません)。
とすれば、「DANDORI」という言葉が、そのまま権威ある英語辞典に掲載れることだって、あながち夢物語ではないんですよ。1本のゲームをきっかけにして、そんな未来が訪れることがあったら、ちょっと面白いよなぁ・・・と、今回のコラムは、『ピクミン4』をプレイしていたら、そんなことを感じてしまったんだよね、というお話でした。
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