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やさしい背景でいたい。
レジに並んでいると、泣き声が聞こえてきた。
抱っこひもの中ではすやすや寝息がしている。
あれは、もう少し大きい子かな?
「……んぉおかぁぁぁあさーん……!!」
世の中で何が起きようが、生活は図太く続いていく。毎日は重なっていき、月曜日はジャンプが出るし、お腹は空くし、子どもは元気に泣く。
いろんな事情があるから、子連れで買い物にもくる。うちもそうだ。大変な世の中がある一方、毎日のたくましい生活だってしっかりとある。
順番になり、妻がレジに進むとき、
「地獄の底みたいな顔してるから、一応見てきてあげて。」と指差す。
なるほど。振り返るとたしかに赤鬼が泣き散らしたような、くしゃくしゃ顔の男の子がいた。
+
「どした?」
「うん。」
「お母さんいなくなっちゃった?」
「うん。」
「一緒に探そっか!」
「うん。」
力強く握り返された手に、こっちまでなんだか安心する。よくがんばったね。大丈夫だよ。困ったとき、泣いたとき、つらいとき、手を握り返せるのはちゃんと強い証拠だよ。えらい。だから、大丈夫。
さて、店員さんに声をかけるかサービスカウンターに向かうか……、なんて考えてるうちに、フロアの反対にいる女性と目が合った。
ああ、お母さんだな。
すぐさま駆けてきて矢継ぎ早に「すみません!ありがとうございます!もう!どこいってたの!?」と言いながらしゃがみ込む。スライディング再会。感謝激おこ雨あられ。忙しい。
「大丈夫ですよー。いい子でしたよー!大変でしたねー。」
あんまり怒らないであげてー……と思ったけど、お母さんだって不安だったのだ。言わずにこころにしまっておいた。
泣きながらぎゅうとお母さんに抱きつく男の子にバイバーイして別れた。
+
子どもは、お母さんやお父さんとか親しい人を安心基地にする。そして、基地を起点に世界を広げていく。近所のスーパーだって毎日が発見の連続だ。目に映る世界を触って、ひとつずつ確かめて、全身で取り込んで、自分の中に納めていく。だから、ときに没頭しすぎてしまう。
そこで、急に基地とのつながりが断たれたら。いきなり背景だけの世界に急に放り込まれたみたいに、めちゃくちゃ不安になる。
ほんのちょっとの時間でも、迷子は大冒険なのだ。突然はじまる一人きりのサバイバル。大人だって、いや大人ほど怖いかもしれない。あんまり考えたくないたぐいの恐怖だ。
迷子には2種類いる。立ち尽くすタイプと、なんとかしようとするタイプ。
あの男の子はたぶん後者だな。くしゃくしゃの顔とびしょびしょの袖。きっと一生懸命走り回ったんだろう。
うちの子もいつか迷子になるかな。
できるだけなってほしくないけれど、やっぱりなるだろう。上の子を見ていると、なんとなく今日の男の子のようになんとかしようとするタイプな気がする。
そのときに誰かにして欲しいことを、やれるときに世界に返していく。
できるだけ、やさしい背景でいたい。
+
「後ろの男の人も気がついててチラチラ見てたけど、今は声かけにくいよね。」
人との距離が求められる今。
たしかに声はかけにくい。迷惑に思われるかもしれないし、当然リスクもある。
今回は赤ちゃん連れだったから警戒されなかったけれど、わたしも一人だったら躊躇したかも。いや、したな。きっと。こういうさじ加減はとても難しい。
でも、ほんとうに必要なときにはちゃんと一歩踏み込めるひとでいたい。
逆の立場だとして、どんな人だったら大丈夫かな。子ども連れとか、やさしい顔とかなら平気かも。あっ、ケーキ持ってればいけるかも。どんなときもケーキは気持ちをやさしくする。
いつだってケーキ持ってるひとみたいな、余裕と物腰を装備していたい。
+
同じフロアだし、わたしが声をかけなくてもお母さんには会えたかも。というか会えたと思うけど、不安な気持ちに少しの息継ぎになれてたらいいな。
いつもは全然だけど、妻と赤ちゃんのおかげで一歩踏み出せた。
ありがとうな、迷子少年。おかげで今日は、ちょっとだけやさしくなれたよ。
手に残る力強い感触に「やっぱり大丈夫」と思う日曜日。
おわり。
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