伝説の川さん。

できれば、できるだけ、はたらきたくない。

そんなことを考えていたら、ふいに頭に思い浮かんだ川さんのことを書く。

インターネッツは今日もそこら中でボヤが起きている。だから、どんなことであれ必ず誰かに刺さるかもしれない。息するように、忘れないでいたい。息するの、すぐ忘れるから気をつけたい。

読まれるからといって話題になっているあれこれを書くのも、気をつけたい。火中の栗を拾いに行く夏虫になってしまう。ブレーキいっぱい握りしめても大げさじゃないくらいだ。

だから、何者にも作用しない、はたらかない話を探したい。

でも、もしかしたらそんな話はないのかもしれない。

今や半径5メートルの世界も共感がころがっている。近すぎてもいけない。適度に、適切に遠い距離のことを書かねば。慎重にいこう。

はたらくってなんだろう。
できれば、できるだけは働きたくない。

そんなことを考えていたら、ふいに頭に思い浮かんだから、今日は川さんのことを書く。

川さんは大学のサークルの先輩で、それから同期になり後輩になった。ぼくが卒業するまで後輩だったし、今は何してるのか知らない。

新歓で導かれるまま入部した軽音楽サークルの部室はキャンパスの端っこにあって、新生活の浮ついた気持ちを抱えながらドキドキ防音室の重いドアを開いた先で川さんは電子ドラムを軽快に叩いていた。

「おす!はじめまして!」

軽快なリズムにのせて、同中の友達相手のようなはじめましてを繰り出してくる川さんは、最初は同じ新入生かと思った。しかし、サークル説明をしていた先輩に先輩と呼ばれ、その上の先輩にもさん付けで呼ばれていたことから、その時すでに何回生だったのか、未だに真相は藪の中である。

川さんは持ち前の気さくさと、バンドあるあるのドラマー不足の観点から、サークル内の数々のバンドを渡り歩き、そして歩き疲れ、数々の単位を落っことし、あまりにもずっと部室に居すぎて、伝説とか重鎮という二つ名を獲得していた。人間なんでも突き詰めれば二つ名になる。重い。

川さんには記憶に残るエピソードが2つある。

ひとつめは、入学してしばらくしてサークルで川に遊びに行ったとき。ぼくはその日、いろいろあって溺れて救急搬送された。(詳細は省略)

その時まだ未成年だったので、保護者か成人の方の迎えが必要になったのだけど、両親が遠方に住んでいるわたしは大変困った。

東京の端っこまできて、元気なのに入院はイヤだ……。

そこに颯爽と駆けつけたのが川さんである。持ち前の留年力を存分に発揮した結果、すでに成人していた川さんは「私が責任持って送るんで!!」と掛け合い、両親と病院側が連絡ついたこともあって帰宅が許された。なんでも突き詰めれば使えることもある。すごい。

その帰り道「腹減ったから食って帰ろうぜ!」と居酒屋で飯食って帰ったのを忘れない。川さんは責任感と食欲が強いのだ。


もうひとつは、川さんのバイトのこと。

大学生の三大トークテーマ(将来、恋愛、バイト)に則り、ぼくたちはよくバイトのことを話した。川さんはずっと塾の講師のバイトをしていた。

「誰かの人生に関わるのが好きなんだよな。」

正直、自分の子どもだったら絶対に関わってほしくない人ランキングに殿堂入りでランクインする川さんだったが、意外にも塾講師としては好評らしく、たくさんの生徒を抱えていた。おかげで自分も長らく学生だった訳だけど。

いろんなバイトをしたけれど、川さんの話を聞いてなんとなく塾講師のバイトだけは避けていた。

誰かの人生に関わること。

なんとなく、責任が怖くて塾講師はやらなかった。いや、やれなかった。
だけど、今思えばはたらくことは大なり小なり誰かの人生に働きかけることだ。コンビニの品出しも、大声の客引きも、引っ越しの力仕事も、よくわからないエクセルデータ入力も。全部がぜんぶ、誰かの人生に関わって、どこかで何かに作用する。そして、作用した分が跳ね返ってきて、自分の人生を形作る。

やっぱり、はたらかない話はないのだ。

川さんみたいになりたいとは1ミリも思わないけれど、思い出すとだいたい「腹減ったな!」って笑ってるから、やっぱりちょっとだけ川さんみたいになりたいかもしれない。川さんのことだから、今もどこかで誰かの人生に関わってはたらいている。たぶん。

待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!