昼間の長いつぶやき
この社会で何が正しいとされる生き方なのか、その方法、
そんなものは、観察していれば分かる、とてもよく分かる
分かってしまうからこそ、まわりの人が、属する組織が、それを包括する社会が、具体的に私に、何を、求めているのか、はっきり感じてしまうからこそ、
ずっと不安定だったのかもしれない
そうじゃないんだ、と言いたかったけれど
言う先も相手もわからなかった
私の中だけでずっと反響して、不安定は増幅する
揺れ、惑う核と、それを覆う、表皮。
私は最初は怒っていて、そのあとはずっと、笑っていた。
笑っていることは安定ではない、でも一見そう思えたりする。だから、包み隠すために、私自身が私の不安定で生活を止めないように、笑っていた。
笑っていても、楽しくない。
嬉しくない。息苦しくて、窒息しそうだった。
「迎合する」なんてやはり、できなかった。核心は拒んでいた。
でも、私も周りと同じように、楽しく笑っていられるのだと思いたくて、嘘に嘘を重ねて目を背けて。
そうやって塗り重ねてきてしまった外皮を、まるで存在しないかのように、気持ちいいくらいに素通りして、中まで見てくれた人。知ってくれた人。
本当に私が感じていたことを、私自身を通して教えてくれた人。
「ちょっとで大丈夫です。いつも、応援しています。」
あなたの言葉に、思いに、その空間に、どれだけ救われたのでしょうか。
ずっと自分を責めていたことも、分かった上で、私を責めることなく、必要な言葉をくれた。
それは言葉ではなく、光の筋。すべてを透過して核心に届く、あたたかくて強い熱。
私は今でも迷っている。
簡単ではないことは分かった。
だから、焦らないでちょっとずつ、変わっていこうと思うのです。
手放せるものは手放して、響くものは素直に手にとる。
あぁ、すべてのものたちと、話がしたい。
まだ迷うから、つらくなってしまうから、
また、会いに行きます。
寝坊した幸せな日曜日の感情