IB教育インタビュー vol.1 シンガポールのまきさん
最近、日本のIB教育にたずさわる仕事をするようになった筆者。向学のため、IB教育にお詳しい方をご紹介いただき、インタビューしてきました。
今回、IB教育と日本の大学事情の、そこんとこ知りたい!!を語ってくださるのは、こちらのお二人。
インタビュイー(1):まきさん
日本人女性、シンガポール在住、現在息子さんがIBDP取得中。ご主人はイギリス人。イギリスからシンガポールへ移住(息子さんが小2の時)。
シンガポールでは、息子さんは
Chatsworth International School(PYP)
Dulwich College(IGCSE→DP)に通い、現在に至る。
インタビュイー(2): ユウキ君
日本人男性、東京在住。
まきさんの甥にあたる。まきさんをノビーに紹介してくれた方。
ノビー:お母さんとして、息子さんが進路選択するにあたって、心がけてこられたことはどんな点でしょうか?幼少期・小中学校・高校それぞれの時期で、教えてください。
まきさん:息子のノアは、小さい頃はイギリスで過ごして、小2で家族でシンガポールに移住したから、日本で暮らしたことはないのね。
特に幼少期はロンドン以外の都市に住んでいて、日本語を話す環境が皆無だった。
イギリスの公立幼稚園に通っていてね(イングリッシュナショナルカリキュラム)。だから家庭で、母親の私が、日本語を話すことを心掛けていた。
教会の片隅で日本語を使って遊ぶ、曜日限定の3時間の保育サービスにわざわざ車を45分走らせて送迎したりもしていたわ。多い時は週3くらい通っていた。田舎で、近くに日本語を使える場所が全くなかったの。
ノビー:その3時間のために、片道45分かけて送迎するって、お母さん、すごい努力ですね。
まきさん:ノアには、日本に、おばあちゃんや、日本語しか話せない親族がいる。日本に帰った時、自分自身と縁の深い人たちと円滑にコミュニケーションを取れるようにしてあげなきゃ、と思っていたの。だから英語だけ話せればいいとは思わなかった。小1にあがってからも、土曜日は補習校で日本語を学んでた。
そして、ノアが小2の時、主人の転勤でシンガポールに家族で移住したんだけど、仕事の都合でまたイギリスに戻る可能性があったからイギリス系のインターナショナルスクールを探したんだけど、なんとWaiting listで3年待ちだったの。それで別のインターに入れて、IBのPYPをノアは4年やった。その後の進路で、MYPとIGCSEとで悩んだ結果、IGCSEを選んで、転校したの。
ノビー:なぜ、PYPをやったのにMYPを選ばなかったんですか?
まきさん:シンガポールでは、MYPからIBDPに進む子たちより、IGCSEからIBDPに進んだ子たちのほうが、IBDPを修了した時の平均スコアが断然高いという事実を知ったの。PYPは良いプログラムだと感じていたから、何故MYPをやる方がスコアが低くなってしまうのか知りたくて、説明会にも参加したし自分なりに色々と調べたわ。結論として、MYPは、あまりにも先生次第、学校次第になるところが大きくて、カリキュラムとして標準化されていないと感じた。
MYPは自分で課題設定することを求められるけど、この世代の子ども達には、考える材料(インプットされている情報の総量)が少なすぎるんじゃないかしら。しかもMYPを修了しても何か資格が取れるわけでもない。だからIGCSEの方がベターだと判断した。
ノアの同級生には、DPじゃなくて、Aレベルをやって大学受験を3科目で勝負しようと、転校していった子もいた。とにかくシンガポールには教育の選択肢がいっぱいあるの。
ノビー:進路は本来、子ども自身が考えて選び取るものだと思うのですが、お話しを聞いていると保護者や学校の関わりが大きく影響する印象です。
まきさん:IBDPでは6科目を選択するけど、ノアの学校では科目選択の前に、3時間くらいかけて適性検査してくれた。なにが向いてるか、何が得意な科目か、進路の方向性を決めるためのキッカケ作りをしてくれる学校だったの。もちろん「何が学びたいか」も、とても重要なことなんだけど、その年代の子は、まだ分からないということもあるよね。
ある程度の進路の方向性を定めたら、この大学に行くならこの科目が必要、こっちならこう、と、学校のIB coordinatorが科目を選ぶ基準について丁寧にサポートしてくれた。基本的な情報は、ほぼ、学校から提供されるもので得られたと思う。加えて、方向性の近い進路を進んでるママ友や先輩ママにも、たくさんの情報をもらいました。
ノビー:フタを開けたら、選んだ科目では受験ができなかった、とか本気で調べ始めたのが遅くて狙っていたタームに間に合わなかったという話も、複数の親御さんから聞いています。
まきさん:いったん科目選択をして、履修がスタートすると、カリキュラムの進行がはやすぎて途中で科目を変えること自体が現実的じゃないの。特にイギリスの大学を目指すなら、子どもが単独で情報収集して科目を選んだ場合は、必ず保護者がダブルチェックして、大学の定めるRequirementを満たしているか確認した方がいい。大学も、アメリカや日本とは違って、何校でも受けられるわけじゃなく、5大学に絞らなければならない。受験の時に使う科目も限定される。
保護者と学校が三位一体となってやる方がいい。
IBの学びがスタートしたあとも、保護者や学校の協力が不可欠なの。負担が重すぎてメンタルをやられてしまう子も実際いるし、そういう場合はスクールカウンセラーがサポートする。
CASも、CASのcoordinatorが「それはCASの活動として認められるか」判断しサポートしてくれる。ノアはサービスでは「無償の家庭教師」を、クリエイティビティでは「茶道」を、
それから長期プロジェクトとして「ヤングリーダーズ・サミット」をやったわ。8校くらいのインターナショナルスクール・ローカルスクールから代表者が参加してディベートするオンラインイベントで、企業や政府からも参加していただいて、開催された。アングロチャイニーズスクール(IBで世界No.1と言われる。スコア平均42)からもメンバーが参加していたけど、ノア達のチームが優勝したの。本当は病院内でのボランティアもしたがっていたけど、コロナ禍で出来なかったのよね。
ノビー:ノア君は、日本の大学が嫌というわけではなかったのに、結局、日本の大学は1校も受験しなかったと聞きました。
まきさん:それは、ノアには、日本の大学で学びたいと思うことがなかったから。例えば、医学を学ぼうと決めたとして、日本の大学でもIBで医学部生を受け入れるところはあるけど英語で医学を教えてくれる大学が極端に少ないし、結局、最後の国家試験は日本語で受けなければならない。
医学部だけじゃなくて、理系で、IB生が「日本の大学で学ぶメリットがない」と思ってしまうケースは多いんじゃないかしら。
あと、ママ友から「日本の大学の教授が英語で講義をするけど、ジャパニーズイングリッシュすぎて内容が理解しづらい」という話も聞いているわ。
(ここでまきさんを紹介してくれたノビーの直接の友人:ユウキ君が発言!)
ユウキ君:僕も大学時代は、化学の研究をしていたけど、中国や韓国から、日本の技術を学びたくて来ている留学生がいた。教授陣とは、どうしても日本語でコミュニケーションをとらないといけないから、彼らは、日本語を学びながら、大学の研究も併行してやってて、本当に忙しそうだった。
イギリスをはじめ海外の大学には、インターナショナル生に対して条件付き合格(本科に入学する前にFoundationコースで語学を集中的に学ぶ制度)があるように、日本でも同じような制度を積極的に作って、海外の優秀な学生を呼びやすくする方が良い。大学のタームが4月 - 3月と、他国とずれているのを有効活用する意味でも。
まきさん:それはとても良い考えだと思うわ。最近は、中国・韓国・インドの、自国の熾烈な受験戦争に負けた子たちが、日本の大学を選んでる印象。それでも優秀な子はたくさんいる。学費の面でも、日本の大学は、比較的安い印象だし。
ノビー:日本は、少子化で、大学は経営難なので、留学生の積極的な受け入れを戦略に入れた方が良いのでしょうね。日本の大学で研究がしたい、というニーズが実際あるのであれば。
まきさん:イギリスやアメリカでは、自国や自州の学生の学費は安く、インターナショナル生の学費はとても高く設定している。しかも留学している期間の生活費がかかるし、日本の高校でIBDPを修了して海外の大学に進学しようとしても、親がかなり裕福でないと、結局学費の問題で日本の大学を選ぶことになってしまうのではないかしら。
奨学金を活用するという方法もあるけど、多くの場合、狭き門だしね。日本の大学を受験する場合、IBDPで一生懸命学んできて、良いスコアを取れたとしても、そのIB教育の成果をきちんと理解してくれて、スコアを正当に評価して受け入れてくれる日本の大学がまだまだ少なすぎるよね。
ユウキ君:日本での新しい受験制度の策定についても、大学の教授陣から色々と話を聞いてるけど、共通テストも探り探りやってる印象。すごい過酷な労働条件でやっていて、しかも万が一、なにか問題があると責任をとらなきゃいけないという事で、教授陣は誰もやりたがらない。
まきさん:主人は、日本で働いていたこともあったんだけど、「今まで通り、変えたくない」日本の風土をすごく感じていたわ。このままじゃクローズになって全員解雇になるって分かってても、それでも総意としては変えたくない、という。日本ってそういうところがありますね。
ノビー:日本の大学は、経営難だし、人も足りないし、教授陣が、明日すぐに英語ができるようになるわけでもない。悩ましいですが、民間の企業とも手を取り合って、長い目で「日本ならでは」の教育戦略を練っていかないと、IB教育推進じたいが、ハダカの王様みたいに、こんなはずじゃなかった‥という結果になりそうです。
受験の有利不利はともかく、IBDPを学ぶ息子さんを見ていて、良かったなと思いますか?
まきさん:私と主人は、本当にIBDPを選択して良かったと思ってます。ノア自身は「IBDPはしんどいから人には薦めない」と言ってるけど(笑)
特に感心しているのは
・タイムマネジメントとプライオリティ管理
・文章を書く能力
ですね。ノアは今すぐ就職したとしても社会で即戦力として通用すると思う。IBDPは、自分が苦手な科目もとらなきゃいけない。理系でも文章が書けないと良いスコアが取れない。
日本でいうとエデュバル(トモノカイ)みたいな、IB生のための塾がたくさんあって、理系の子は大抵、塾に通って、学習の効率化のノウハウを教えてもらってる。要するに超・学習量が多いの。
IBDPの2年間で、苦手だった科目も本当に伸びたわ。ただ、それは、それまで蓄積されてきた英語力と基礎学力があってのものだと思ってる。ノアの場合、イングリッシュナショナルカリキュラムとIGCSEで学んだことは大きかった。いきなりIBDPだけやっても、良いスコアを取れるわけがないの。
ノアは、学校に恵まれ、とても良い先生たちに恵まれたと思っています。Dulwich College (SINGAPORE) でいつも先生に言われていたのは、
「リスクテイカーになれ」
「行動してみよう!」
「失敗を恐れるな!」という言葉。
IBDPを学んだ2年間は、ノアにとってかけがえのない経験になったと実感しています!!
ノビー:まきさんとお話しして、海外の教育制度と日本の教育制度の比較を、もっと丁寧にしていくと日本に今ある教育資源の価値があらためて見直される気がしました。そして、保護者の方の率直な声を、政府にもっと届けていきたいと思いました。
今日は本当にありがとうございました!