宗介となっちゃん⑩

~雨の中の喧嘩~

 2時間目の時間になっても先生は戻ってこず授業は始まらなかった。普段ならみんな自由に立ち歩いていただろうけど授業参観で大人達が教室の後ろにいるからか、きちんと席に座って先生を待っていた。
 10分ほどすると先生が戻ってきて「遅れてごめんね。さぁ授業をしましょう。」と言った。遅れた原因はみんなわかっていたので何も言わなかった。
 そしてお昼になり、授業参観が終わった。お母さんはいたけどお父さんはその後、教室には現れなかった。この後、親は保護者会があるらしい。

 まだ隣の2組は帰りの会をやっていたのでぼくは明石君と下駄箱まで一緒に話しながら歩き、靴に履き替えて校舎から出た。
 外は雨が降っていたので傘を差そうとしたとき、なにかが後ろから物凄い勢いでぶつかってきた。
ぼくは衝撃で吹っ飛び濡れた地面にうつ伏せに倒れた。すぐに起き上がろうとするも上から重いなにかにのしかかられ潰された。
一瞬何が起こったかわからなかったが、なんとか後ろを見ると金山君だった。顔を真っ赤にして目が血走っている。
「お前!ぶっ殺す!」と言いながらぼくの後頭部をボコスカ殴りつけてくる。さすがのぼくもうつ伏せで上から体重が倍近くあるであろう金山君に乗られては手も足も出ない。おまけにランドセルで動きづらく、まるで亀のようだ。
両手で頭を守り猛攻を耐えているが、周りのいた子も何が起きたか理解できず、明石君は金山君の子分の佐山君と大川君に押さえつけられ泣きそうになっている。援軍はなさそうだ。
 「お前!調子に乗ってんじゃねぇ!」金山君が殴りながら叫ぶ。どうやら彼のお母さんを注意したことが許せなかったらしい。
金山君の拳がぼくの鼻を打ち、鼻血が出た。これは非常にまずい状況だと打開策を考えていると突然大きな影が現れ、背中の重さが消えた。

 振り向くと、スキンヘッドの頭、たっぷりと蓄えられた顎鬚、山から下りてきた羆(ひぐま)のような体格の大男が金山君の首元とベルト部分を掴み軽々と持ち上げていた。羆が獲物のウリ坊を仕留めた様な姿だった。
「ケンカはいいが雨の中やらんでもいいだろ。風邪ひくぞ。」羆が唸り声のような低い声で喋った。
 地面に降ろされた金山君は生まれて初めて遭遇する大型獣を見て戦意を喪失したらしく一目散に逃げていった。佐山君と大川君は既に姿が見えなくなっていた。嗚呼、いじめっ子の友情とはかくも脆きものか。

 「なんだ。赤いランドセルで妙だと思ったら宗介か。」
「あ、なっちゃんのお父さん。熊が出たのかと思った。助けてくれてありがとうございます。」
ぼくが鼻血を袖で拭いていると明石君が泣きながら近付いてきた。
「むながたぐんー。ごめんよー。」
「ううん、平気だよ。不意打ちと2対1じゃちょっと分が悪かった。明石君、この人なっちゃんのお父さんだよ。熊じゃないよ。」
「しつこいなお前。助けられたことが不満で怒ってんのか。」なっちゃんのお父さんがヘッと笑った。
「保護者会はかみさんに任せて先に帰ろうと思ったらガキ共の喧嘩が見えてな。お前さんも強くなったがまだまだだな。」
「負けてないです。丁度反撃しようと思ってたところです。」ぼくはムキになって答えた。でもなっちゃんのお父さんの「ガキ」は金山君のお母さんのとは違ってなんだか嫌な感じはせず、むしろ少し嬉しかった。

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