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【短編】官能と寂寥と誘惑と

 自分のことをエロいと思った。比喩でも誇張でもなんでもなく本当にただそう思ったのである。

 SNSで“男性で脱毛していない人は気持ち悪い”という旨の投稿が流れてきた。インプレッション稼ぎのコメントに溢れていたため共感の意見が見えなかったが、2.4万いいねだったので多くの人に賛同を得られたと言う事実は揺るがない。ツリーで、“冬の間はまだしも夏に短パン履いている時に脚の毛ボーボーだとまじ最悪”とか“せっかくいい雰囲気になってこいつとならやってもいいかなと思って、いざその場面になったら毛が気持ち悪くて拒否った”とか書いてあるのも目に入った。
 僕の体毛は生やしっぱなしである。生やしっぱなしといっても流石に眉毛がくっついてきそうな時は眉間を剃るし、鼻毛が「こんにちは」しそうな時も電動カッターをぶちこんで「さようならまた今度」する。だが、こと脚の毛に関しては手を触れていない。剛毛ではないが多分薄いわけでもなく、一般的な男性の毛量と言っていいだろう毛が生息している。生やしている理由は特にない。生えてくるからほっておいているだけで、特に汚いとも思ったことはない。少なくとも毛が生えていることによって不利益を被った経験はない、まだ。
 しかしそれはつまるところ、脱毛しない理由もまた特にないということである。僕は暑い日には短パンを履くことがあるので、もしかしたら僕が気づいていないだけで街行く人や歴代の恋人たちに気持ち悪がられていた可能性もある。ということで一回足の毛を無くしてみることにした。ただ脱毛は金と時間がかかるらしく、さっさとつるつるの脚を手に入れるには剃毛が早いと判断した。近くの薬局に行ってカミソリとクリームを購入。一番安いやつを選ぶ。合わせて1483円。お釣りの17円を募金箱に入れてまっすぐ帰宅した。

 やったことがないことをするというのは、予期せぬ問題にぶち当たることが多い。今回において問題点の1つは、意外と毛を剃るというのは面倒臭いということである。脚という部位はおよそ下腹部からつま先までを指し、それは人の体の約半分の体積である。身長175センチの僕はおよそ78センチ。そして脚というのは大体2本生えているものなのでその長細い棒2本分にカミソリを当てる必要がある。
 大体筒状の形をしているのでなんともいえないが、とはいえ大まかに表面、2側面、裏面と合計4面に分けて攻略していく。表面はそんなに難しくない。見えているところに素直にカミソリを当てていくだけだ。膝の凹凸に気をつければいい。側面もまあ上半身を捻ればどうにかなる。裏面に苦戦した。ふくらはぎは手でお肉を持ち上げればいいが太ももはそうもいかない。言葉で形容するにはかなり恥ずかしい姿勢をとることになり、やめようかと一瞬思ったが表面と側面だけつるつるで裏面はボーボーだとそういうこだわりがある人みたいになってしまうので頑張って続ける。
 問題の2つ目は、流血である。カミソリの角度というのはとても繊細で、少し角度をつけると毛だけでなく肌まで切ってしまう。最初はもちろん気をつけながらやっているのだが、慣れてきた頃に3箇所くらい連続で切った。毛は落ちるは血も流れるはで事態が凄惨になってきたため、部屋から風呂場に移動し全裸で再開する。最終的に目に見えて切れている箇所が16箇所、よくわからないけど痛い所多数ということになり、毛がさっぱり無くなった脚は逆に傷が目立つようになったのである。

 血が止まるまで待ち、綺麗に毛と血を流す。露わになった白い足に石鹸を擦り付け質感をすべすべにしていく。泡というのは柔らかく気持ちがいいのだと初めて知った。今までは泡→毛→肌と段階を踏んで伝わっていたものが泡→肌とストレートに当たる。泡の一つ一つを感じるように優しく撫でて、洗い流す。
 そうしてつるつるになった僕の脚は、美しかった。ややO脚なそれは細い骨に程よい肉がつき、適度な筋肉によってハリもある。端的に言うと、とにかくエロかったのである。

 自分の中で留めておくには随分と勿体無いと思った。友人に連絡して、脚を見せにいくことにした。





 突然の呼びかけにAとBがきた。以下、二人が僕に言ってきたことである。

「よっ」
「おーうお疲れ」
「で、なんだっけ」
「見せたいものがとか言ってたな」
「あそうだそうだ。——え、アシノケソッタ?なにそれ」
「わからん」
「ああ、“脚の毛”ね。なんで?」
「そんなんで呼んだの、なんだこいつ」
チラッ。
「おおー」
「おー」
「……で?」
「おお、これがどうしたの?」
「はあ、いや別にただ毛がなくなったとしか」
「何にも思わねえけど」
「人の自由じゃね?俺脱毛しているけどBはしてねえし」
「まあどうでもいいな」
「おう、どうでもいいよな」
「あ、そういえばさCっているじゃん」
「高校の時の?」
「そうそう、あいつ今ネズミ講の何やかんややっているらしくてさ」
「マジかよ」
「マジマジ。俺の友達が喫茶店で作業してたらさ、たまたまCが隣の席だったらしくて。5時間くらい居座って3回転していたらしい」
「無茶苦茶効率良いじゃん」
「無駄に優秀だ」
「あいつ生徒会だったのにな」
「おもろ」
「そういやさ」
「うん」



 剃毛してから三日後、毛が生えてきた。生えたての毛はチクチクしてかゆいやら痛いやらでストレスが凄い。これを回避するにはまた伸ばしてボーボーにするか剃毛を定期的にしてチクチク毛が生えてくるのを止めるかの二択しかない。どうしようかと悩んでいると、高校の時の友人から連絡が来た。
《おーう久しぶり、元気しているか?ちょっと良い話があるんだ、話聞くだけでもどうよ》
 返信する。
《久しぶり。どんな話?僕もちょうど聞いて欲しい話があるんだけど》

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