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【短編】出会いは突然

『俺は白シャツに黒いブルゾンジャケット羽織ってます、パンツはちょっとワイド気味でこれも黒です。身軽で来たかったのでバッグとかは特にないですね』

『了解です!わたしはブルーのニットと細身のブラックのパンツです!あ、あと紺色のキャップ被ってます』

『ありがとうございます( ̄^ ̄)ゞでは駅の東口に待ち合わせで!』



   桜も散り、だんだんと暑くなってきた春の陽気。とはいえまだまだ日によっては寒くなる日も多く、今日はあいにくの曇り模様だ。2ヶ月ほど前に友達に半強制的にインストールを促され始めた出会い系アプリ。そこで出会ったMikuさんと意気投合し、連絡を続けとうとう今日、実際に会う事になった。女性とのお出かけは久しくしてこず、デートプランも迷いに迷い、ネットの恋愛名人の手を借り、友人の経験談を元に流れを組む事にした。
お昼ごろ集合→カジュアルレストラン→軽く散歩→もう少し話せそうならカフェ→解散
うん、まあ、それなりに普通ではないだろうか。踏み込み過ぎす、自分の話をし過ぎず、程よい距離感で。珍しく友人の助言が真っ当で、本当に俺を応援してくれているのがわかって照れ臭かった。後はネットの海に漂う恋愛マスターたちがこぞって言っていた、“15分前到着で気持ちを整えろ!遅刻は絶対NG”と言う金言を胸に家を飛び出した。これが、1時間前のことである。

 いない。Mikuさんが、マジで見つからない。都会の街並み、駅に着いたら驚いた。幸か不幸か“ブルーのニットに細身のブラックパンツ”の女性がかなり多いのである。え、今キテる女性のトレンドなのだろうか。アプリ内でお互いの写真は登録しているとはいえ、自分も控えめに言ってかなり盛れているものを使っているため———なんなら加工もしているし、そこから考えると当然相手もそうしているのが自然で———、Mikuさんの写真の顔を頼りに人々の顔を覗き込むのはリスクが高い気がする。そうするともちろん格好といる場所で見当をつけるしかないが、ハードルが高過ぎる。該当する特徴の女性に片っ端から「あの〜Mikuさんですか?」と聞いて回る無鉄砲さは俺にはモチロンない。この状況、リアルウォーリーを探せだ。あいつは年中赤いけど、今回はブルーだ。だんだん気持ちもブルーになってきた。時刻を確認すると、約束の時間まであと5分。もう少し猶予はある。とはいえ、焦る気持ちが膨らみ、額から汗がじんわりと出てくる。思わず僕は、ジャケットを脱いで手に持った。
ブーッ。左の尻ポケットが振動する。ノータイムで開くと、Mikuさんからだった。

『駅に着きました!』





 いない。ショウさんがいない。ホントーに見つからない。普段あまり使わない駅で、出口を見つけるのに少し手間取ってしまった。10分前には着こうと思っていたけど、まあそれでも5分前には着けた、と気楽に考えていた。出口を抜けると、そこにはビックリする光景が広がっていた。白シャツに黒ブルゾン、ワイドパンツの男性が沢山いたのだ。トレンドなのかな、確かに街中でそういう格好をしている人最近多いような…。一人一人に「ショウさんですか?」と聞くほど肝は座っていないし、お互いにメッセージでどの辺にいるとか送り合っているが、どうしてなかなかそれっぽい人が見つからない。白シャツに黒ブルゾンでしょ、あっ、でもあの人パンツの色が違うな…あっちの人は…うーん白シャツだけだなあ。手ぶらって言ってたし…。
そうこうしている間に、約束の時間からもう5分以上過ぎてしまっている。ああ、せっかくインターネットで初回のデート時の注意点とか学んできたのに。“集合よりちょっと早めに来ておくのがポイント!”と書いた記事が説得力強めでそれ通りにきたのに。ああ、焦りで暑くなってきた。せっかく張り切ったメイクとヘアが崩れてしまう。一旦キャップを脱いで、風の通りを良くしよう。こういう時は落ち着くのが大切だ。うーん、一体どこにいるんだろう。
ブーッ、バッグの中でスマホが揺れる。画面を見ると、ショウさんからだった。

『あの、電話してみませんか?』





 メッセージを送ってから30秒ほどで返信が帰ってきた。

『そうしましょう!このままじゃ一生会えなさそうなので笑』
良かった。結局10分以上探し回ったが見つからず、そのせいで体ポカポカである。何回かそれっぽい人とすれ違ったが、特徴が違くて確信を得られずじまいだった。最終手段だが、もう電話をするしかない。今までMikuさんとはチャットのやり取りのみで、電話はしたことがない。お互いに緊張しますよねと言って避けてきたが、まさかこんな局面で初めての電話をすることになるなんて。
アプリ内にある通話ボタンを、押す。割と大きめな深呼吸をすると、息を吐いている間にもうMikuさんが出た。いかん今の聞こえただろうか。

「———あ、も、もしもし」
「———もしもし、Mikuです」

その声は、俺のちょうど後ろからも同時に聞こえた。

「えっ」

驚いて振り向くと、そこには同じように驚いた顔の女性がスマホを耳に立っていた。青いニットに、黒の細身のパンツ。

「Mikuさん、ですか」
「ショウさん、ですか」

互いに目を合わせると、思わず笑い出した。こんなにも近くにいたなんて、そしてそれに気づかずドキドキしながら電話をかけた自分が面白くて。

「ええ!めっちゃ近くにいたんですね、全然見つからなかったです」
「私も!まるでショウさん見つからないから何度も集合場所確認しちゃいましたよ」

ひとしきり笑うと、Mikuさんの姿を改めて見る。なんだか写真よりも愛嬌のある人で、笑うと目元がくしゃりとなるところが素敵だと思った。

「あれ、でもMikuさん、キャップ被ってないじゃないですか」
「え?———あっやだ取ったまま忘れてた。頭ぺったんこになってるのに恥ずかしっ」

よく見ると、手に紺色のキャップをしっかり持っていた。ああ、だから外見の特徴を探しても見つからなかったのか、と理解する。キャップをしっかりと被り直した彼女はこっちを見ると、少しニヤリとして言った。

「いやでも、それ言ったらショウさんだって。ブルゾン脱いでガッツリ手荷物にしてるじゃないですか。わたし何度も、“あの人かも知れないけどシャツだけだしなあ”ってスルーしましたよ絶対」
「あっ、やべほんとだ!すいません、Mikuさん探しててだんだん暑くなってきたから脱いじゃってました。…お互いに、見つけたいのに見つからないようにしてたってことですか」
「ふふ、そうみたいですね」

バッチリおしゃれしてくれたであろう目の前の人は汗を頬に流し、ぺったんこの頭を見られたと笑った。その姿は、彼女の印象をとても可愛らしいものにしていて、これから過ごす時間が楽しくなると信じられた。想定していた待ち合わせとは全然違うけど、これはこれで結果オーライじゃないか。

「それじゃ、行きますかっ」
「はい、今日は、よろしくお願いしますっ」

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