許すも愛するも
許すも愛するも
許すも愛するも
言葉だけわかっていても
腑に落ちないときって
逆に苦しいんだよね
こころのこと勉強し始めて
何となく掴んでるようで
掴み切ってなくて
頭ではわかってる感覚のとき
今に生きるが
今を感じるが
分からないというか
それさえも自分で選んでいるのかと
ときに責めてしまいがちになる
わたしはほんとうに腑に落ちるまでは
数年と結構時間がかかった
これは人によるかもだけど
変なプライドもできて
頭ではわかっているとなったり
余計それは自分を苦しめた
そして
行き着いた先は
今この瞬間を生きるを味わうを
「する」
だった
それはとても怖いものがあった
怠惰であると駆り立てていたから
でもこの瞬間を存分に味わっている人を見て
羨ましかった
嬉しいときに嬉しいと表現したり
むかつくー!と思いっきり言えたり
悔しいときは思いっきり泣く
美味しいご飯をたべて
こころからの美味しいも
制限なく
プライペートでもおしごとでも
表現し続けてる姿も
すべてが
今を
自分を生きている美しさに見えた
反対に自分は
生きることを
何かにずっと当てはめていた
こういうときに喜べばいいとかね
それは生きている心地がしなかった
だから生きるって
美しいと感じるんだ
素直に表現できたときの安心感
こころのことは学んでも
決して得られない
この安心感や温もりは
人を通して知ったんだ
だから、分からないときは
分からないを思いっきりだせる人にぶつけたらいい
大人とか関係なく
思いっきりだしてみたらいい
もちろん、それは1人のときでもいい
ふと内側から暖かな声も聞こえてくる
だけど
それを少しでもだせる人が1人でもいたら
こころは緩んでいく
だから、そんな場をたいせつにしていたい
どんなあなたも
ずっとずっと愛されているんだ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?