見出し画像

そもそも専門科なんていない。ただ寄り添ってくれる医者はいた。


5年ほど前から背中が痛み出し、
整形外科を2回受診。初めは側湾症が悪化しているのかと思った。(背骨が曲がる先天的な病気。成長期の骨が伸びる時に増悪する。高校の学校検診で指摘された)

側湾症は軽度で悪化してなかったので、湿布と痛み止めを処方されて帰った。整形外科は患者が多く、薬を貰うために2時間かかった。

それたけで、もう2度と行きたくないと思った。
正直良い医者は少ない。外来を回すために診察は5分程度。大した検査はしてくれない。

医者であると言いながら私は病院は、儲ける為にただ検査と薬を処方するだけのただの役所の様な所だと感じ始めていた。たった5分の診察をしてもらう為に、どこも1時間以上は待つ。

『痛み止めが効いていません。』と言うと、
大体は身体に異常はないので心療内科に行ってくださいと言われる。

それ程線維筋痛症の知識がある医者は少ない。
医療の教科書にも載っている、潜在含め200万人の患者がいるのにもかかわらずだ。

そして二言目には、

「原因不明です。
だだの慢性疼痛ですね。痛み止めと湿布を出します。体には問題ない。心療内科に行ってください。」

と言い放ち、心療内科に行けと言う割には病院は自分で探せと言わんばかり。詳しい検査はしてくれない。

私は医療不振になっていた。
医療はとても闇深いと思った。

そう言われる度、こんなに全身が疼いて痛いのに
心の問題だと片付けられた気がして、直す気力さえ失っていた。

ADL(日常生活動作)が著しく低下して、食事も作れなくなった。

その後、大きな病院でサインバルタ(痛みに効果がある抗うつ剤)とリリカ(抗痙攣薬)と痛み止めを処方された。トラムセット(カロナールて知られているアセトアミノフェンと脳の受容体に作用し鎮痛効果を、発揮するトラマドールという薬の配合薬)

薬の説明は難しいがその痛み止めというのが
よく知られているロキソニンやカロナールなどの
は非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)➕モルヒネなどの麻薬性鎮痛薬と同様のオピオイドが含まれている薬剤。

横文字だらけで訳わからないがとりあえず
麻薬と同じ様な成分だか依存性は少なく
医療性麻薬には分類されてないお薬

もっというと麻薬のようで麻薬と指定されていない副作用も医療麻薬よりは使いやすい薬。

を処方された。

癌性疼痛や腰痛の人も処方される。

この自称スペシャル痛み止めの副作用にも苦しめられるのだが長くなるので次回にする。

結局医者は他人だから、痛みを分かってくれない
治してもくれない。

そんなこんなで医療不振になった。

4年前から半年に1回血尿を繰り返した。
最初はびっくりして泌尿器科受診したが
採血もなし、検尿のみで出血性膀胱炎だと診断されて、抗生剤を処方された。

血尿を繰り返すたびに、また膀胱炎かと思い自力で治そうとしていたら、3回ほど腎盂腎炎になった。

詳しく検査もしてくれない、コロナ渦の世の中で熱があれば診察もしてくれない。
病院に行き、またきついのに、一時間以上待てなかった。

今年の5月にまた、血尿を放置した結果、9℃台の発熱と悪寒で死にかけたので、近くのクリニックに行った。

全身は、常にインフルエンザやコロナに罹ったような痛みがあるので腎盂腎炎の腰痛が分からなかった。

その主治医は初めて私を叱ってくれた。
初めて血尿で採血もしてくれた。

『あなたはね、腎盂腎炎っていって、放っていたら大変な事になるから、抗生剤の点滴に通って!炎症反応も上がっているから、わかった?しっかり治さないと大変な事になる』と私に言い聞かせた。

腎盂腎炎の治療が終わると、

『そして、全身痛いって言ってたけどいつから?』

「何年も前からです。血尿も繰り返すし、ここでも背中の痛みでレントゲンとってもらった事あるんですけど…」

『前かかった時は5年前よ?経過が長いから…』

『あのね、全身があちこち痛む病気があってね、
線維筋痛症って言うんだけど…』

「はい、それです。大きい病院にもかかって、ペインクリニックにも行って診断されたんですけど治りません。膠原病の検査すらしてくれません。
良くならなかったら心療内科に行ってくれと言われて、痛みで夜も眠れないので睡眠薬とトラムセット飲んでます」

『医者は経験値で、線維筋痛症だろうと言っているのだろうけど、あらゆる病気を否定して初めて診断を下さないといけないからね。じゃあ膠原病の検査をしよう。』

と初めて目を見て真剣に向き合ってくれた。

患者の事をただの金と思わず人として
接してくれた先生は初めてだったかも知れない。


結論、膠原病の検査には引っ掛からなかった。
改めて線維筋痛症と診断が下った。

主治医は言った。

『この病気はね、信頼関係が大事だからね』

医療不振になっていた私に
私を諦めていた私に、優しい言葉をかけてくれた。

痛みを拗らせ、認知も歪みまくった結果
そんな優しい言葉も受け入れられないのだと
後からわかる事になる。

ラポールの形成(信頼関係)は差し伸べられた手を握るところから始まる。

私が先生の手を握ったその日から…。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?