かつてのアメリカを懐古する白人たちの復讐代行者としてのトランプ
アメリカ大統領選挙が間近に迫っている。
ご存知の通り共和党からはトランプ氏が、そして民主党からはハリス氏が出馬する。
直近の世論調査ではわずかにトランプがリードしている状態のようだ。
アメリカのメディアというのは元来民主党贔屓のところがあるので、そんなメディアを持ってしても若干のトランプ有利という数字を出さざるを得なくなっているあたり、これはアメリカの世論が相当トランプに傾いている証左なのではないか、などと日本の右翼は勘繰っているようだが、本当のところはどうだかわからない。
ちなみに私個人の意見としては、トランプが勝とうがハリスが勝とうがどちらでも構わないと思っている。
もちろんアメリカは現状経済的にも軍事的にも世界一の帝国であり、そのトップが変われば日本だけでなく世界に影響が波及するというのは理解しているが、しかしそれでも私はどちらが当選しても結局同じような結末が訪れるのではないかと予測している。
トランプが当選しようが、ハリスが当選しようが、アメリカの分断は益々深まるばかりだ。
現在アメリカは二つの大きな問題を抱えている。
一つは人種問題であり、もう一つが格差の問題だ。
まず人種問題について語らせてもらうと、かつては8割の白人と2割の有色人種で構成されていたアメリカは現在ではすっかり様変わりし、白人はアメリカ国内で少数派になりつつある。
すでに10歳以下の子供だけで見た場合、白人は少数派になっており、これは将来的に、アメリカ国内で白人が少数派になることが避けられない運命であることを示している。
現在アメリカ国内で、白人の人口というのはほとんど増えていない。
白人の出生率は2を超えておらず、近年富の格差による中高年の白人の自殺者が急増していることを鑑みると、むしろ白人人口は緩やかな減少傾向にある。
一方で白人以外…アジア系や黒人やヒスパニックの出生率を見てみるとこれはいずれも白人を上回っている。
特に高いのがヒスパニックの出生率であり、州によっては学校に通う子どもの半数以上がヒスパニックになっているという場所もあるようだ。
ヒスパニックたちは当然、彼らの文化を引きずってアメリカにやってくるわけで、あちこちでヒスパニック系のみで固まって住むようになり、そこに独自のコミュニティーを形成する。
地区によっては公用語である英語が通じないという、およそ信じられないような現象も起きているようだ。
そんな現状を、少なくともアメリカの白人の半数、特に共和党を支持しているような白人は快く思っていない。
彼らは自分たちこそがアメリカの主役だと今でも信じており、そんな彼らからしたらアジア系や黒人やヒスパニックは、目障りな脇役でしかない。
左翼リベラルなアメリカのメディアはそんな共和党支持の白人たちを、レイシストだと言って非難しているが、私は日本人でありながら共和党を支持するアメリカ人たちの気持ちも少しはわかるような気がしている。
共和党を支持する白人の大半が、いわゆる高卒の田舎に住んでいるあまり教養のない人間たちだ。
彼らは過去30年間、アメリカの経済成長から恩恵を受けることができず、すっかり多様化、他人種化した“アメリカ”から取り残されてしまっている。
自分たちこそがアメリカの主役だと思っていたのに、気づけばどこからともなくやってきた都市部に住む有色人種たちに国を乗っ取られてしまった。
治安は悪化し、格差は拡大し、アメリカ固有の文化も消え去ろうとしている。
それもこれも全て移民としてやってきた有色人種どもが悪いのであり、彼らを追い出せばまた懐かしい、そして輝かしいかつてのアメリカが戻ってくる。
共和党支持の白人の根底にあるのは、少々誇張して言えばこんな感じの思想だと思う。
あまりにも乱暴な考え方だと思うが、しかし彼らがそう考えるのもわからなくはないなと思う。
これを自分ごと、つまり日本人に置き換えてみると、例えばある日突然東京や大阪や京都の人口の半数が外国人…例えば中国人やベトナム人やインド人などに置き換えられ、彼らこそが日本人であり、もともと日本人であったはずの私たちが脇役として日本社会の隅に追いやられてしまったらどうだろう。
拙い日本語で喋るかつては外国人だった”新しい日本人たち”が、我が物顔で日本の街を闊歩することを、私は100%受け入れることが果たしてできるだろうか。
現在日本における外国人の人口は5%未満であり、日本に人種問題というのはほとんどないに等しく、故に当たり前のことだが日本に住む日本人は自分たちが日本社会の主人公であることに疑いを持たない。
だがもし日本に移民が大量に流入し、少しずつ現在の日本人が日本社会において脇役に追いやられていったら、当然そこには反発が生まれることは想像に難くない。
だからアメリカの白人が、アメリカ国内の不法移民や有色人種たちに対して不満を感じるのはある意味当然の帰結というわけで、それらを全て一緒くたにしてレイシストと非難するのは、あまりに乱暴な決めつけに等しい。
一応、人種差別的に見える共和党支持の白人たちにも彼らなりの義憤なり、母国に対する想いというのがあるのだ。
しかし残酷なことに、彼らが望んでいるアメリカはもう戻ってこない。
仮に今回の選挙でトランプが当選しようが、将来的にアメリカ国内で白人が少数派になることはすでに現時点で決定している確定した未来であり、避けることはできない。
不法移民を追い出すことはできても、すでに国籍を取得してしまった有色人種までもを、国外へ追い出すことは不可能だからだ。
そして、そのことを共和党支持の白人たちの大多数は理解しているだろう。
自分たちが愛した、かつてのアメリカは戻ってこない。
自分たちがアメリカの主役として返り咲くことももうない。
そのことを理解している彼らは、一体大統領候補のトランプに何を望むのか。
一言で言えば、それは『復讐』である。
アメリカの白人は、復讐代行者としてトランプという人物を見出しているのだ。
高卒で教養がないと馬鹿にされている白人たちにだって、もうかつてのアメリカが戻ってこないことぐらいは痛いほどわかっている。
そしてトランプが大して賢くない人間であることも、十分に知っている。
それでも彼らがトランプに投票するのは、トランプという人間が、自分たちの溜まりに溜まった不満を解消する…つまり、これまで自分たちを搾取してきたエスタブリッシュメント、都市部のエリート、ウォール街の大金持ちたちに対する復讐を代行してくれる存在だと信じているからだ。
大統領にトランプを選んだからと言って、アメリカに製造業が帰ってこないことは彼らだって薄々気が付いているはずだ。
グローバル化したこの世の中で、賃金の高い先進国に再度工場が戻ってくることは、ほとんど夢物語に等しい。
工場労働に従事するだけで、車が買えて、家が買えて、豊かな生活を送れるアメリカがもう2度とやってこないことは、ラストベルトと呼ばれる地域に住んでいる白人の工場労働者たちも十分理解しているだろう。
それにもかかわらず彼らがトランプに投票するのは、現在の多様化したアメリカに対する意趣返しなのだ。
俺たちを脇役へ追いやった有色人種ども、学がないと馬鹿にしてくる都市部のエリートども、そして政府を陰で操っているウォール街の金融業者ども……いけすかないこれらの連中にトランプを差し向けることによってせめてもの抵抗を見せる。
これが、これこそが、トランプが貧しい白人たちに支持される理由であり、トランプがアメリカを懐かしむ懐古主義の白人たちの復讐代行者である所以なのだ。
トランプという存在は脇役になりつつある保守白人たちの最後の抵抗とも呼べる一種の“現象”であり、それだけ白人という存在がアメリカの中で追い詰められている証左でもある。
アメリカの分断のもう一つの大きな要因として貧富の格差というのがあるが、思いの外長い文章になってしまったのでここでは語らないことにする。
とにかく私が言いたかったのは、トランプが当選しようがハリスが当選しようが、少なくとも内政的にアメリカは何も変わらないだろうということである。
トランプが当選してもアメリカ内における人種間対立は無くならないし、ハリスが当選してもアメリカ国内の格差は無くならない。
両者は人種、格差という問題をめぐってこれまでもこれからも対立し続け、争いはますます激化していくだろう。
そしてそんなアメリカを進むべき道、お手本として仰ぐことはもはや不可能であり、日本人はアメリカの猿真似をやめて日本独自の道を模索するべきであると最後に付け加えておく。