郡司 すみ『世界の音/楽器の歴史と文化』
☆mediopos2927 2022.11.22
No Music No Life
とくに思春期以降から
毎日のようにジャンルを問わず
いろんな音楽を聴き続けている
ほとんどが録音された音楽だけれど
お気に入りの音楽はもちろん
はじめて聴く音楽
はじめて聴く楽器
はじめて聴く声に出会い
それが深く響いてくるときの
得がたい感情・感覚は言葉にならない
そんなときふと思うのは
音楽とはなんだろうということだ
「音楽」というよりも「音」の織物
その織物に包まれた秘密の響き
本書は
音楽とはなにか
楽器とはなにか
その問いに対して
完璧な答えを出すことはできない
というところからはじめながら
「音」が意識され記憶され
その「繰り返しと積み重ねから、
〝音〟の再現への試みが始まり、
それが展開されて〝音〟の創造へと進む」としている
そして「地球上のどのような物でも、
ひとたび〝音〟を出すために使われると、
たちまち〝音を出すもの〟に変身してしまう」
「そのようなものを楽器と呼んでよいのではないか」と
本書では楽器発祥から2万年にわたり
気候風土や時代背景に合わせながら
世界各地の「音」「音楽」「楽器」が
どのように姿を変えてきたのかについて
西洋音楽と民族音楽との対比をもふまえ
文化人類学なアプローチを試みている
紹介されている楽器や音楽を
すべて聴いてみたくはあるものの
それを超えて想像してみたくなるのは
これから音楽が楽器がどうなっていくかである
本書の最後に
「一九二八年に音楽学・道具学・民俗学及び
地理学という広範囲かつ多様な手法を駆使した」
一九二八年に書かれたクルト・ザックスの
『楽器の精神と生成』が紹介されているが
そのなかでザックスは問いかけている
「音楽的な行為の進歩とは一体何であろうか?
音素材を豊富にすると、
音域を広げ音階を細かくすることであろうか?
純正な響きが増し、音が洗練され、
ダイナミクスとリズムが自由になり、
音の力が増したことが進歩なのであろうか?」
ザックスは楽器や音楽は
「各時代の音の理想像、ひいては各時代の精神を知ること」
につながるものであることを示唆しているのだというが
その時代に音楽に対して何が求められているか
その時代を生きる人たちが音楽に何を求めているか
その「音の理想像」はいったいどんな「音」なのか
それを問うことは
その時代の人びとの
言葉にならない内的な営みを知ることにもなるだろう
そして現代を生きる私の私たちの
「音の理想像」へのアプローチもまた
私の私たちの言葉にならない内的な営みを
意識化することにもつながってくる
そうすることで
これからの時代の「音の理想像」がどう変わっていくのか
その可能性と課題について思いを致すことも
いまこそ必要なのではないだろうか
■郡司 すみ『世界の音/楽器の歴史と文化』
(講談社学術文庫 講談社 (2022/11)
(「はじめに」より)
「音楽の演奏に用いられるのが楽器である、と考えることはきわめて当たり前で、また納得もゆく。では音楽とは何であろうか? これに対して完璧な答えを出すことは容易ではない。この問題については常に論じられてきたし、特に近年では音楽以外の専門分野からもその答えの追求が試みられている。しかしこれまでに行われてきたことの多くは、人間が音とともに、あるいは音を通して行ってきた種々の営みから生まれた多様な音現象の中から、個人個人が持っている音楽という概念に一致する部分を取りだし、解明を試みることであった。
音楽と言われているものについて、すべての人を納得させることのできる説明はまだないように思える。従って、音楽を演奏するための楽器とはどのようなものであるかを明らかにすることもまた不可能であると言わなければならない。
ここではまず「音楽」や「楽器」から離れて、〝音〟と〝音を出すもの〟というところから考えを進めてみたい。
ここで言う〝音〟とは第一に人間が〝心の耳〟で聞くものを指している。われわれの耳には絶えずさまざまな音が入ってくるが、〝音〟はそれが意識されなければ存在し得ないものである。〝音〟を聞くということは音を意識することであり、音を客体(object)として捉えることであって、それはさらに新たな〝音〟を創ることにもつながるものである。」
「音を意識する。意識した〝音〟が記憶される。それの繰り返しと積み重ねから、〝音〟の再現への試みが始まり、それが展開されて〝音〟の創造へと進む、というように人間の〝音〟の営みが進展するにつれて、〝音〟を具体化するという行為が求められるようになってくるのであるが、そこでは目的とする〝音〟を得るために、ありとあらゆる手段が自由奔放に駆使されている。
あらゆる音の中のある一つが意識されて〝音〟となるように、地球上のどのような物でも、ひとたび〝音〟を出すために使われると、たちまち〝音を出すもの〟に変身してしまうのである。
そのようなものを楽器と呼んでよいのではないかと思う。」
(「第八章 メディアとしての楽器」より)
「楽器の出発は、〝音〟を意識することであり、〝音〟を記憶し、その〝音〟とそれに伴う一定の現象との関係が学習されれば、次の段階はその音を再現することによって、逆にそれに伴う現象を創り出そうとする行為が始まり、〝音を出すもの〟(楽器)が必要になる。また音の記憶量が増え、学習も進めば新しい現象を前提とした新しい音の想像の意欲も湧き、それを実現するための道具(楽器)が必要になる。いずれにしても楽器は必要とする音、新しく創り出そうとする音、つまり、〝音の理想像〟が前提となって生まれたものである。
音は意識された時点から客体(object)となり、人間が自分で音を扱う(出す)ことを始めた時点から、一人の人間の中には音の送り手と受け手とが共存しはじめて、〝音を出すもの〟は音の理想像と音との間に立つメディアとなるのである。」
「楽器は本来の聴覚的メディアとしての機能のほかに視覚的メディアとしての機能も果たしていることは以上に述べた通りであるが、楽器にかかわる種々の事象のうちの特定の事柄がある一つの観念を抽象的に表している場合があり、それがメディアとなって暗黙のうちにある社会的通念を創り出していることがある。
例えば楽器と社会階級との関係などはその例としてあげられるであろう。」
(「あとがきにかえて——楽器研究の方法論——」より)
「古代から楽器に関する論考や研究は、宇宙論や数学といった大きな枠の中で行われ、ヨーロッパにおいても十七世紀前半までは音楽全般の中で数学とも深く関わりながら論じられていたので、この頃までは楽器に関する独立した著述を見ることは稀である。現在目にすることができる文献を概観してみると音楽以外の分野の人々による著作に重要なものが見られる。」
「楽器という、目で見、手でふれることのできる、形ある物の研究に先導されながら、次第に諸民族の音楽という無形の分野の研究は進み始めると、楽器の研究も次第にそれが属する音楽および民族との関連という、これまでよりもいくぶん広い枠の中で行われるようになり、クルト・ザックスはさきの分類法の発表かた十四年後の一九二八年に音楽学・道具学・民俗学及び地理学という広範囲かつ多様な手法を駆使した大著『楽器の精神と生成』(Geist und Werden der Musikinstrumente)を著した。
この著書の序文には楽器研究の上で示唆に富んだ内容が多く含まれている。
すなわち、〝楽器の歴史は概して言えば、より高度な音楽の達成を目的とした技術的な改良ではなく、それは、図らずも人間の精神の進化の姿なのである〟。
また、〝ヨーロッパにおいては楽器の運命が如何に民族と時代の音の理想像を反映したか、そして音の理想像(Klangideal)それ自体は全体的な精神の表れである〟などがそれである。
ザックスはまた〝音楽的な行為の進歩とは一体何であろうか? 音素材を豊富にすると、音域を広げ音階を細かくすることであろうか? 純正な響きが増し、音が洗練され、ダイナミクスとリズムが自由になり、音の力が増したことが進歩なのであろうか?〟とも問うている。
この最後の問いはまさに十九世紀のヨーロッパ音楽が他地域の音楽に抜きん出て楽器とともに成しとげた成果に向けられたものではなかったかと思われるのである。
これに続く二十世紀の今日では、電子技術の進歩によって従来の楽器を含め音に関する可能性は無限と言えるほどにまで広がった。これを音楽的な行為の進歩と見るか否かは意見の分かれるところであろうが、いずれにせよ現在われわれの拾遺にあってさまざまな音を生み出している楽器とそれによって奏されている音楽は、今の時代を生きているわれわれの精神の表れであることは間違いなく、その多くは創作から演奏までのすべての過程において、極度に専門化、細分化、数量化されたものとなっている。
世界の中でも特に楽器の変遷が著しかった〝ヨーロッパ音楽〟においては、楽器の個別的・機能的研究は不可欠なものであるが、それは同時にその背景となっている各時代の音の理想像、ひいては各時代の精神を知ることにもつながるものであることをザックスは示唆しているのである。」
《目次》
はじめに
第一章 ミンゾク楽器
第二章 楽器の起源
1 生活周辺から生まれた楽器
2 食器から楽器へ
3 道具から楽器へ
4 自然界の音の再現から楽器へ
5 生存に必要な音を出す道具から楽器へ
6 呪術・信仰の道具から楽器へ
7 学問・研究の道具から楽器へ
8 音像から楽器へ
第三章 楽器分類を通して見た諸民族の楽器観
1 中国
2 インド
3 ギリシャ
4 ローマ
5 ヨーロッパ
第四章 楽器の音
1 打つ、擦る、吹く、弾く
2 楽器の成り立ち
3 音の出し方
第五章 楽器の分布と歴史
第六章 風土と音
1 風土と楽器
2 音の響き
第七章 音・数・楽器
第八章 メディアとしての楽器
1 経営メディアとしての楽器
2 視覚メディアとしての楽器
3 思想メディアとしての楽器
第九章 手作りについて
第十章 好きな音嫌いな音
第十一章 東方の楽器・西方の楽器
石笛/横笛/笙/篳篥/尺八/和琴/箏/琵琶/三味線/胡弓/鼓/先史時代の楽器/オーボエとバスーン/クラリネット/トラムペットとトロムボーン/ホルン/テューバ/リコーダーとフリュート/バグパイプ/オルガン/キタラとライア/ハープ/ヴァイオリン/リュートとギター/ツィターとハープシコード/クラヴィコードとランゲレイク/ダルシマーとピアノ/カリヨン/ティムパニとシムバル/アフリカの楽器/インドの楽器/インドシナ半島の楽器/インドネシア・オセアニアの楽器/雑音の効果/種々の撥/弦
楽器に関する参考文献
あとがきにかえてーー楽器研究の方法論――
解説「人類共通の財産ーー音楽とは何か?ーー」森重行敏(洗足学園音楽大学現代邦楽研究所所長)
楽器索引
人名索引