諸橋 憲一郎『オスとは何で、メスとは何か?/「性スペクトラム」という最前線』
☆mediopos2907 2022.11.2
生物界には
オスとメスという「性」が存在しているが
それは対立する2つの極ではなく
連続する表現型である
それを
「光スペクトラムで黄色が徐々に橙色に、
そして赤色に変化するように」
オスからメスへ(メスからオスへ)と連続する
「性スペクトラム」としてとらえることができる
そしてその「性スペクトラム」は
生まれついてのものではなく
そのスペクトラム上の位置は
生涯にわたって変化しつづけている
逆の性に擬態して生きる鳥やトンボがいて
何度も性転換する魚がいて
性ホルモンで組織を操るネズミがいる
また性を制御しているのは
遺伝子だけではない
ホルモンのような内分泌も関わっている
世の中は
なんだかんだで
2つの極の対立が固定化され
うんざりしてしまうことも多いのだが
こうして「性」が
「性スペクトラム」というように
「連続する表現型」ということで説明されると
霧が晴れて青空が広がるような気がしてくる
こうして「スペクトラム」でとらえることを
「性」だけではなく
思想や信条などにも当てはめて捉えていくと
そちらもずいぶんすっきりする
賛成か反対か
白か黒か
右か左か
勝ちか負けか
などということで
ああだこうだと対立し争うのではなく
「連続する表現型」のようなかたちで捉えていけば
極論によってスポイルしあう議論も
少しはバランスされてくるのではないか
■諸橋 憲一郎
『オスとは何で、メスとは何か?/「性スペクトラム」という最前線』
(NHK出版新書 NHK出版 2022/10)
「〝性〟には「生まれつきの性質」という意味もあるようですが、ここでは雌雄、男女、オスとメスを意味する性のことです。」
「性スペクトラムという言葉には、生き物の性を研究してきた研究者が、最近になってたどり着いた考え方が込められています。光スペクトラムで黄色が徐々に橙色に、そして赤色に変化するように、生物の雌雄はオスからメスへと連続する特性を有しているのではないか、という仮説を表した言葉です。つまり性スペクトラムとは、オスからメスへと連続する表現型として「性」を捉えるべきではないか、という新たな捉え方のことなのです。
わたくしたち研究者はこれまで、生物の性を研究対象として取り上げるとき、オスの対極にメスを置き、あるいはメスの対極にオスを置いて、2つの性を対比しながら雌雄を理解しようとしてきました。対極に配置したオスとメスの間に深い境界を設けて、生物の雌雄を位置づけてきたのです。
しかしながら、(…)ある特徴をもって雌雄を区別したとしても。そういった区別にはどうしても当てはまらない中間型の個体や、時にはその特徴が逆転している雌雄が自然界に普通に存在していることを、研究者は以前から知っていました。そのため、雌雄を2つの対立する極として捉えることで性を理解することに違和感を抱いていたものの、残念ながらそうした考え方から解放されずにいました。
しかしわたくし自身、「性スペクトラム」という考え方に沿って進めるにつれて、長年感じていた違和感が次第に消失するのを感じています。」
「性スペクトラム上の位置は生まれついてのもの、つまりその個体が誕生したときにはすでに固定されていて、変化しないものなのでしょうか。
決してそうではありません。つまり、性とは固定されているものではなく、生涯にわたってそのスペクトラム上の位置は変化し続けているのです。」
「研究者は長い間、性(オスとメス)を、あたかも対立する2つの極として捉えてきました。そして、お互いの異なる部分を際立たせるような比較を行うことで、雌雄を理解しようとしてきました。このようにして雌雄を理解することが間違っていたわけではありませんが、これだけでは性の本来の姿を理解することは不可能だったのです。メスに擬態することで自身の子孫おを残すことに成功してきた鳥や魚、トンボなどの存在は、生物をオスとメスの2つに分けることの困難さを示すものでした。
そして、そのような生物の性の姿をもとに登場したのが「性スペクトラム」という新たな生の捉え方でした。性は2つの対立する極として捉えるべきではなく、オスからメスへと連続する表現型として捉えるべきであるという考え方は、従来の性の捉え方に変革を迫るものでした。わたくしたちは「性スペクトラム」という新たな生の捉え方が、性本来の姿を捉えていると考えています。
この考え方によれば、性は固定されたものではなく、柔軟に変化するという性質を持っていると理解できます。性スペクトラム上の位置はオス化の力、メス化の力、脱オス化の力、脱メス化の力によって、誕生から思春期、性成熟期を経て老年期へと、生涯にわたって変化し続けますし、女性の場合には月経周期に応じて、また妊娠期間を通じても変化します。
このような性スペクトラム上の位置の決定や移動の力の源泉となっているのが、性決定遺伝子を中心とする遺伝的制御と、性ホルモンを中心とする内分泌制御です。性決定遺伝子はいったい何を行っているのか、性ホルモンはどのようにしてその機能を発揮するのかについては、本書の中で詳細に述べました。(…)理解していただきたかったことは、わたくしたちの性を制御しているものの本体は、「遺伝的制御」と「内分泌制御」だということです。」
「わたくしたちの性は身体のどこに存在しているのか、何が性を有しているのかについて考察し、性は細胞に宿っていることを説明しました。オスの肝細胞とメスの肝細胞は見た目に差はないものの、両者の間には間違いなく性差が存在します。身体を構成する全ての細胞が性を有しているから、細胞によって作られる骨格筋や血管、皮膚、肝臓など全ての臓器や器官に性が宿るのです。」