ウォルター・R・チンケル『アリたちの美しい建築/地下に広がる「アリの巣」の驚異の世界』
☆mediopos2714 2022.4.22
アリの巣の形といえば
ガラス板などで作った箱にアリを入れて
巣づくりの様子を観察するときのイメージくらいで
自然のなかで地下に作られているアリの巣が
実際にどのような形になっているのかを
目にしたことはなかったが
本書『アリたちの美しい建築』では
そうしたアリたちの「複雑で美しい建築」が
どのような形をしているのかを見ることができる
著者のウォルター・R・チンケルは
アリの巣を研究するために
巣を金属などで型取りそれらを掘削するという方法で
アリの巣の形を目に見えるようにする
そしてアリの巣の部屋を丁寧に観察し
巣がどのように作られ
さらにコロニー全体が
どのように機能しているかを明らかにしようとしている
アリは一億〜一億四〇〇〇万年前に
カリバチの祖先から分岐したとされ
社会性を獲得することで動物のなかでも特別成功した存在となり
温暖な地域の生態系において支配的な地位を多く占めている
湿潤な熱帯地方では
約半数のアリの種が地中ではなく樹木に巣を作るが
それ以外の地域ではその多くが地下に巣を作る
そしてその巣は種によって
サイズはもちろん構造の細部も異なっているという
なぜそんな多様性があるのかについては
現在の限られたデータベースでは明らかにすることは難しいが
植物学者が植物の葉の構造を
気候などの生息地の特徴と相関させているように
アリの巣の形の特徴を解明できるのかもしれないと示唆している
アリの巣は「暗闇の中で、設計図もリーダーもなしに」
多彩な構造をもった巣を作り上げていくのだが
それらの「美しい建築」はどのようにしてつくられるのか
その疑問から著者は
アリのコロニーを「超個体」とみなす
アリの巣を「比喩的な意味で超個体の「肉体」と見」て
「異なる場所にある異なる部分が、
生命の不可欠な異なる機能を果たしている」のだと捉えている
神秘学的にいえば
高度な「集合魂」的な在り方をしているということだといえる
生命現象というのは
その部分だけを見ていてもわからないが
「超個体」的なレベルでとらえていくことで
全体としての構造と機能を理解できることが多くあるのだ
地球上には秘境とされる場所が少なくなり
やがてはすべての場所が知られるようにもなるだろうが
本書の最初に述べられているように
「心躍る未踏の地はまだ残されている」
「それは地理的ではなく知的な領域でのことであり」
「科学を通じて自然界の秘密を明らかにする探検だ」が
もちろんそれは科学だけの探検ではない
むしろ「秘密」はほとんど手つかずの状態で
人類の前にひろがっているといえる
わたしたちがそのことに気づかずにいるだけだ
■ウォルター・R・チンケル(西尾義人訳)
『アリたちの美しい建築/地下に広がる「アリの巣」の驚異の世界』
(青土社 2022/2)
(「はじめに」より)
「現在の北アメリカに未知の秘境を探し出そうとしても、それは無理な話というものだ。ちょっとした未踏のスポットくらいは発見できるかもしれない。しかし、その程度ならグーグルアースを使えば誰にでも見つけられるし、正確な緯度と経度もわかるのだから、GPSを頼りに難なくたどり着けるだろう。では、北アメリカで探検隊を目指すのは不可能なのか? そんなことはない。心躍る未踏の地はまだ残されている。もっとも、それは地理的ではなく知的な領域でのことであり、言うなれば、科学を通じて自然界の秘密を明らかにする探検だ。本書は、まさにそうした探検を記録した本である。」
(「第一章 アリと地下世界」より)
「アリは社会性昆虫で、一億〜一億四〇〇〇万年前にカリバチの祖先から分岐したとされる。アリの社会(コロニーは一般的)の特徴は、個体間に明確な機能分担が見られることだ。具体的には、受精卵を産むことができるのは一匹あるいは数匹の個体(女王)だけで、残りの大半は、コロニーの大部分を担う、基本的に不妊の個体(働きアリ)である。社会機能を担っている個体はすべてメスで、オスは女王と交尾をするためだけに生まれてくる。オスはふつう、一年のうち数週間しや出現しない。一般的に、アリのコロニーは単一の家族で構成されており、母親が女王、娘が働きアリである。(…)
社会性を獲得することで、アリは動物のなかでも特別成功した存在となり、温暖な地域の生態系において支配的な地位を多く占めるようになった。」
「アリの巣の起源は、およそ一億〜一億四〇〇〇万年前、現在のアリの祖先が最初の巣を地面に掘ったときにさかのぼる。(…)しかしながら、湿潤な熱帯地方では、約半数のアリの種が地中ではなく樹木に巣を作る。(…)私が暮らすフロリダいはおよそ一〇〇種のアリがいるが、このくらいの緯度だと、樹木に巣を作りアリは二、三種見つかる程度である。大半は、地中や朽木に巣を作るか、すでにある何かの構造物を一次的な巣として利用している。
地中に営巣するアリの種は、程度の差はあるが、それぞれ特徴的な巣を作る。種によって、巣のサイズだけでなく、構造の細部も異なっているのだ。」
(「第一〇章 未来に向けて」より)
「私は本来なら見ることのかなわないアリの巣という空洞を目に見える形で現前させることで、私たちの足下に隠された世界をつまびらかにした。注入模型を手際よく作るための考え方と問題解決法を共有し、その模型制作を通じて、アリの巣の形状を明らかにした。こうして姿を現したアリの巣は、圧倒的な魅力と美しさを有すると同時に、多くの不思議をも隠し持っていた——あの小さな生物が、かくも巨大で、複雑で、美しいものをいったいどうやって生み出したというのか。しかも、光の差し込まない暗闇の中で、設計図もリーダーもなしに、これほどの短期間で。アリのコロニーはテーマごとに魅せるさまざまな技法は、美的な面からも興味深く、目に心地よいものだ。その見事さは人間の彫刻家に比肩すると言っていい。アリが部屋と坑道というたった二つの基本要素から、これほど多彩な巣の構造を進化させた事実には、ただ感嘆するしかない。
自然を生み出す形状は無限で、それぞれが宝石のような価値をもっているが、アリの巣もそのうちの一つに数えられるのは、もう説明するまでもないと思う。美しい形状は、美しい音楽の一節のように私たちの心を揺さぶる。音楽では、特定の音を特定のタイミングで組み合わせることで、意味と喜びが生まれる。一方アリの巣では、平面、曲線、間隔が適切に組み合わさって生まれる形状によって、私たちの神経系に素敵な和音が奏でられる。それは形と色とテクスチャーによる音楽だ。音楽の喜びにおいて、主題のバリエーションが特別の位置を占めているように、アリの巣が仮名で在る「形の音楽」では、形式のバリエーションが特別な意味をもっている。同一種が作った巣であっても、建設ルールは必ずしも厳密ではなく、したがって各テーマには多彩な変化が生じる。もちろん、種が異なれば、そこに見つかる変化はより著しいものとなり、私たちの目を喜ばせてくれる。
しかし、アリの巣の姿を白日の下にさらすことは、実は長い旅の第一歩にすぎない。その実像が明らかになれば、それがどう作られ、なぜそれぞれ固有の形をもっているのか、どうしても知りたくなるものだった。こうした疑問を考えていくうちに、私たちはアリのコロニーを「超個体」とみなすことになった。その超個体は、あらゆる生命機能を遂行するための、複数レベルで構造化された複数の部分から構成され、自分たちのような存在をさらに生み出すという究極の目的をもっていた。この構造と機能の関係は、年齢や仕事が異なる働きアリ、貯蔵された種子、プルードの巣内の配置によって成り立っている。アリの巣は、比喩的な意味で超個体の「肉体」と見ることができる。そしてそこでは、動物の臓器の配置がそうであるように、異なる場所にある異なる部分が、生命の不可欠な異なる機能を果たしている。その機能を発揮するために、アリは巣の底で生まれ、上方に移動しながら仕事を変え、最終的には採餌やコロニー防衛に従事して死んでいく、ということを延々と繰り返す。これが機能の美しさであり、適応の見事さであり、世界が与える困難に立ち向かい、ときに勝利して繁栄し、ときに敗北して衰退することの壮麗さなのである。
構造と機能の関係、すなわち「すべての機能にはそれを実行する構造があり、(ほとんど)すべての構造は機能を有している」という関係は生物学の基本的な前提であり、それゆえ私たちは、構造のバリエーションの細部にすら機能が宿っているはずだと思いたがる。その考えからいけば、巣の構造に見られる多様性の理由がわからないのは非常にもどかしいことだと言える。無知は確かに将来の研究への原動力だが、しかしどの方向に進むべきなのか? 価値ある問いとはどのようなもので、それにどう答えればよいのだろうか?」
「ある特定の構造的特徴がなぜ機能をもつのかという疑問は、ある意味、植物の葉にはなぜあれほど多様な形と配置(つまり構造)があるのかという疑問と通底している。驚いた読者もいるかもしれないが、こうした考え方は、実はそれほど突拍子もないものではない。なぜなら、アリのコロニー、巣、植物は、どれも、似通った部分(働きアリ、部屋と坑道、葉と茎)の反復によって構成されたモジュール的存在だからだ。つまり、モジュールを追加したり切り離すことで、成長や衰退を繰り返すという共通点があるわけだ、本書ではここまで、巣の特定の構造的特徴を検証する実験がほぼ不可能であることを説明してきた。それと同じような困難は、特定の葉の形や配置を検証する実験にも現れるように思う。だが植物学者は、実験に頼らないアプローチでその困難を乗り越えてきた。たとえば、もっとも一般的なのは、進化系統の観点を考慮しながら、植物の構造を気候などの生息地の特徴と相関させるというやり方だ。こうした相関とモデリングを組み合わせることで、エネルギーの出入り、寒暖のダメージ、葉と大気の温度の差などが、葉のサイズに与える影響を示してきたのである。したがって、大きな葉をもつ種は、気化冷却に用いる水分に事欠かない湿潤熱帯地方に多くみられ、小さな葉をもつ種は、冷却に用いる水分が制限されている高温乾燥地帯か、例外が脅威となる寒冷地方に多く見られることになる。葉のサイズや形に関するデータは、数千もの植物種について入手可能で、ほぼすべての生息地を網羅している。それを使えば、植物に関する説得力のある相関を十分な数だけ手に入れることができるからだ。
これと同様のアプローチが、巣の構造に影響する要因を明らかにする際にも使えるのではないかと期待されている。だが、有益な相関を見つけられるようになるには、まずデータベースを大幅に拡張する必要があるだろう。残念ながら、現在のデータベースには、ほんの一握りの生息地で集めた数十種のアリしか収められていない。充実したデータベースがあれば、砂地(あるいは寒冷地域、乾燥地帯、湿潤熱帯地域、高地)に作られた巣の構造は特定の特徴を共有しているか、といった問いを立てることも可能になるだろう。」
「最終的には、物理的環境、社会的環境、進化的要因が、巣の構造にいかに影響を与えるかについて仮説を立て、それによって、巣のサイズや形状の研究で実現したように、潜在的な因果関係をモデル化することが可能になるかもしれない。
(…)
やるべき仕事はまだ大量に残っている。その仕事を一つひとつ終えていくたびに、私たちは新しいもの、興味深いもの、そして美しいものの姿を目にすることだろう。」
英語ですが、You Tubeで、本書で紹介されたアリの巣の形について見ることができます。
●The Invention of Ant Nest Architecture
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?