道具化の悲喜劇
☆photopos-3227 2023.7.10
便利な道具は
ひとを自由にするが
ひとつひとつ
道具に自分をゆだね
考えることさえ
代わってもらうようになると
ひとつひとつ
じぶんを機械に置き換えていき
やがてすべてを
機械のからだにしてしまうときのように
自分がいなくなって
道具の一部になってしまっても
それに気づかないまま
自由になったと思うのだろうか
その自由はまるで
蛸が空腹のあまりじぶんの足を食べ始め
そのうちじぶんを消してしまうような
そんな悲しい欲望なのかもしれない
※愛媛県久万高原町・古岩屋にて
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