和泉 悠『悪い言語哲学入門』
☆mediopos2677 2022.3.16
悪いのか悪くないのかという問いは
考えるほどにむずかしい
善と悪とは多分に状況依存的だからだ
悪とは時機外れの善だともいわれる所以である
従って状況(文脈)が変われば
同じ行為もまったく別の意味を持ち得る
本書は言葉の善悪の問題を
言語哲学の観点から解き明かす試みである
善悪の問題だから
使われた言葉の善悪を判断するには
社会的道徳とされるところから照らすことになる
本書の議論はその点でいえば
社会規範・慣習という物差しで
言語行為と言語表現の規則を
明らかにするものだということになる
本書の結論では
そのルールは次のように説明されている
まず「なぜ悪口は悪いのか」については
「悪口が不平等なランキングを作り出す」からだという
悪口は「理念上、私たちには上も下もなく、
お互い平等のはず」だから
「その理念をないがしろにする行為」となり
そのために悪くなる
さらに「どうしてときどき悪くないのか」
「どうしてあれがよくてこれがダメなのか」については
「上下関係が絶対にない」場合は
「悪くはならないし、
相手を傷つけることにもならない」という
また「歴史的な抑圧と迫害」が背景にあり
「特定の単語」が
「強烈な使用条件的内容を抱える」こともあるともいう
つまり言語行為と言語表現は
人はみんな平等であるという
「理念」に照らした善悪の基準と
社会的歴史的及び慣習的に規定された
文脈と意味に大きく規定されているということである
その意味でいえば
そのときの状況(文脈)もしくは条件が変われば
善悪はまた別の観点で判断されるということであり
論理的に正しいか正しくないかということではない
本書の視点は多分に社会学的でもあり
ある特定の社会条件における
「理念」と「理想」と「実際」に照らし
その言語行為と言語表現の規則を
道徳的に明らかにしようとしているのだといえる
しかしこうして極めて常識的なかたちで
言語行為と言語表現についての善悪の判断を見ていくと
あらためて言語の「意味」
さらには言語を超えたところにある
「意味」を問わざるをえなくなる
善と悪も「意味」である
その「意味」はいったいどこからくるのか
さらには「意味」とはいったい何かという問いである
本書でも意味の外在主義と内在主義については
第3章で説明されているが
意味そのものの謎には踏み込んでいないようだ
■和泉 悠『悪い言語哲学入門』
(ちくま新書 筑摩書房 2022/2)
「悪口の謎1「なぜ悪口は悪いのか、そしてときどき悪くないのか」
悪口の謎2「どうしてあれがよくてこれがダメなのか」」
「「なぜ悪いのか」というと、それはあるべきでない序列関係・上下関係を作り出したり、維持したりするからです。私たちは事実上、身体能力の違いや貧富の差など、それぞれに異なっています。しかし、理念上、私たちには上も下もなく、お互い平等のはずです。人々をおとしめ、低い位置にランクづける行為は、その理念をないがしろにする行為のため、悪いのです。
人を理由もなく傷つけることは悪いことですので、悪口だろうが何だろうが、人を傷つけるような行為は基本的に悪いでしょう。しかし、今述べたように、悪口が不平等なランキングを作り出すとすると、そのときたまたま傷つけなくても、悪口は悪くなるのです。
さらに、権力の上下関係があるということは、下のものの意見がないがしろにされたり、そもそもその人がぞんざいな扱いを受けたりすることにつながります。そのようなとき、人は不快に思い、傷つくでしょう。そのため、不平等なランキングの存在は、どうして悪口が人を傷つけるのか、ということにも関連しているのです。
「どうしてときどき悪くないのか」「どうしてあれがよくてこれがダメなのか」という謎も、同じ発想にもとづいて解くことができます。本書では、上下関係が絶対にないということがはっきりしている場合のは、たとえ何を言ったとしても、悪くはならないし、相手を傷つけることにもならない、という論点も紹介しました。黒人に体知る差別的名詞を、黒人の若者同士がむしろ友好関係を強調するために使うというのは、よく知られた事実です。
また、歴史的な抑圧と迫害を背景として、特定の単語は強烈な使用条件的内容を抱えることがあります。それを無視して、「この単語はこの単語の省略似すぎない」「この単語はこの単語の専門的言い換えに過ぎない」などと勝手に単語の内容をでっちあげてはいけません。敬語表現の内容を勝手にでっちあげるわけにはいかないのと同じことです。」
【目次】
はじめに
第1章 悪口とは何か――「悪い」言語哲学入門を始める
1 私たちは言語のエキスパートではない
2 悪口の謎
3 言語哲学を学ぶということ
第2章 悪口の分類――ことばについて語り出す
1 内容にもとづいた分類
2 形にもとづいた分類
3 行為による分類
第3章 てめえどういう意味なんだこの野郎?――「意味」の意味
1 意味を学問する
2 意味の外在主義と内在主義
3 意味が担う四つの機能
第4章 禿頭王と追手内洋一――指示表現の理論
1 武士を法師と呼ぶなかれ
2 固有名
3 確定記述
第5章 それはあんたがしたことなんや――言語行為論
1 語用論
2 言語行為論
第6章 ウソつけ! ――嘘・誤誘導・ブルシット
1 嘘つきは泥棒のはじまり
2 嘘とは何か
3 嘘でなければいいじゃない
第7章 総称文はすごい
1 主語がデカイ
2 「だって女/男の子だもん」
第8章 ヘイトスピーチ
1 ヘイトスピーチとは何か
2 「ヘイト」と「スピーチ」の概念分析
3 「蒸気船」としての言語
おわりに――悪口の謎を解く
もっと勉強したい人のためのブックガイド