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アンヌ・スヴェルトルップ・ティーゲソン『昆虫の惑星/虫たちは今日も地球を回す』

☆mediopos2699  2022.4.7

昆虫が世界中で激減している

生息地の減少や殺虫剤の使用
そして気候の変化など
現実的な原因はさまざまにあるだろうが

おそらくそれらの根っこにあるのは
昆虫を好ましく思わないひとたちが
大多数を占めていることだろう

そうしたひとたちには
たとえば「殺菌」を疑うことなく
愛玩動物たちに愛情を向けたりはするが
昆虫に興味をもつひとは少ないだろう

ときおり有名人のなかに
昆虫少年を自称するひとがいて
昆虫愛や昆虫に目を向けることの大切さを
切に訴えることもあるのだが
そうした昆虫少年やかつて昆虫少年だった人たちも
いまやどこか絶滅危惧種のように見えてしまう

昆虫愛で生きているような養老孟司氏は
「○○の壁」という著作でも有名だが
「昆虫の壁」が
現代人には大きく立ちはだかっているようだ

昆虫の激減がどんなに危険なことか
昆虫がいかに大切な存在かを訴えても
それが昆虫好きにつながることはなさそうだ
ひとは自然に受け容れやすい感情でしか動かない

そこには「感情の壁」があるのだ

本書はノルウェーの昆虫学者による
昆虫たちについての
ネイチャー・ノンフィクションで
地球が昆虫の惑星であることを
さまざまな角度から興味深く語っているのだが
こうしたとても大切な本も
虫嫌いのひとにとっては意味はもたないだろう

「昆虫」だけの問題ではない
どんなテーマにも「感情の壁」がある
どんな大切なことも
その壁を超えないかぎりそのひとには届かない

だいじなことは
なぜじぶんがそれを好きかよりも
なぜじぶんはそれを嫌いかに
「感情」を超えて取り組むことなのだけれど
実際はその逆でしかない

知性を求めながら
感覚や感情で稚拙だったりするのも
知性の及ばない範囲に苦手意識があるからだろうし
その逆もしかりである

はたして今後人類は
「昆虫の壁」を超えることができるのだろうか

■アンヌ・スヴェルトルップ・ティーゲソン(丸山 宗利監修・小林 玲子訳)
 『昆虫の惑星/虫たちは今日も地球を回す』
 (辰巳出版 2022/3)

(「はじめに」より)

「昆虫学者だと自己紹介すると「スズメバチが何の役に立つのか」「カやアブなんていないほうがいいのではないか」などとよく訊かれる。確かに、一部の昆虫はうっとうしい。けれど、害をなすだけという昆虫はごく少数で、昆虫の大多数は朝から晩まで、ヒトの暮らしを支えるささやかな仕事をこなしているのだ。でも、まずはうっとうしい昆虫の話をしよう。「なぜ、そんな昆虫が存在するのか」という問いへの答えは、三つ考えられる。

 一つ、カやアブといった昆虫は、魚、鳥、コウモリなどの餌として欠かせない。
(…)
 二つ、これらの昆虫は思いがけない方法で、ヒトの悩みを解決してくれる。
(…)
 三つ、そのそも生きものはすべて、生涯をまっとうする機会をあたえられるべきだろう。
(…)
 自然環境は驚くほど精妙にできている。小さな昆虫はその数にものをいわせて、精密に設計された自然のシステムに大きく貢献している。」

(「序章 地球は昆虫の星である」より)

「この世界には、ヒト一人につき二億匹以上の昆虫がいるともいわれる。みなさんがこの文章を読むあいだも、地球上では膨大な数の昆虫がせっせと活動を続けている。わたしたちヒトは昆虫に包囲されているといってもいいだろう。地球は、昆虫の惑星なのだ。
 昆虫は恐ろしく数が多いので、全体像を把握するのはむずかしい。そして昆虫はどこにでもいる。森林、湖、牧草地、川、ツンドラ、山にも。
(…)
 体は小さくても、昆虫の能力は驚くほど多彩だ。たとえばヒトが地球にあらわれるずっと前から、昆虫は農耕と牧畜をおこなっていた。シロアリは菌類を栽培して餌にするし、アリのなかにはヒトが乳牛を飼うように〝アブラムシを飼う〟種もある。スズメバチはセルロースから紙をつくった最初の生き物で、トビケラの幼虫はヒトが魚獲り用の網をこしらえる何百万年も前から、網のようなもので獲物を捕らえていた。昆虫は空気力学と航空術というむずかしい課題も、。数百万年前に克服している。火の扱いこそ習得しなかったが、少なくとも光は味方につけている。体の中で光をつくりだし昆虫もいる。

「個体数」と「種の数」どちらで数えても昆虫は地球上で最も繁栄している生きものだ。個体数の多さはもちろんだが、種の数としても、これまでに発見された多細胞生物のゆうに半分以上を占めている。」」

(「第1章 小さな体は高性能 —— 体の仕組みと機能」より)

「ほとんどの昆虫は脚が六本で、ついている場所は体の真ん中だ。翅がついているのも、昆虫の特徴だ。たいていの昆虫には前翅が二枚、後翅が二枚ある。」

「昆虫は「節足動物門」に属している。節足動物の体は多くの部分から成っていて、昆虫も昔はもっと多くの部分をもっていたが、やがて「頭」「胸」「腹」という、比較的わかりやすい三つの部分にまとまっていった。」

「昆虫は無脊椎動物で、背骨や骨格をもたない。そのかわり、丈夫で軽い「外骨格」が前進を包み、たやわらかない内臓を衝撃から守っている。」

(「第3章 食べて、食べられて —— 昆虫と食物連鎖」より)

「多くの昆虫はたがいに捕食しあう。ヒトの世界では、かつてポール・サイモンが「恋人と別れる50の方法」という歌をつくった。昆虫たちは「その程度しか方法がないのか?」と言うかもしれない。昆虫たちが(恋の相手をふくめて)自分以外の生きものを食べる方法は、五〇どころではない。昆虫は、卵でも幼虫でも成虫でも食べる。相手の体内に入りこんで内側から食べることもあるし、噛み砕いたり吸いあげたりもする。じつは、一切食べないという選択肢もある。幼虫期だけ餌を食べ、成虫になると何もたべなくなる昆虫は意外に多い。」

(「第4章 昆虫VS植物 —— 植物との共進化」より)

「捕食性の昆虫や寄生虫も多いが、昆虫のほとんどは草食性だ。(…)
 ひとくちに草食性といってもバラエティ豊かで、昆虫は蜜や花粉はもちろん、種子、葉、茎、花も食べる。植物にしてみれば、昆虫は受粉を助け、種子を散布してくれる・体の一部を昆虫に食べられても、メリットはある。一億二〇〇〇万年にわたって、昆虫と植物は密接にかかわりあいながら進化してきた。その関係は「相利共生」または「共進化」と呼ばれ、たがいに依存しつつも、どちらかが優位に立とうとする果てしない競争でもある。」

(「第6章 自然界の“掃除人" —— 死骸と糞の分解」より)

「草食動物が食べる植物は、地球の植物のわずか一〇パーセントといわれる。残りの九〇パーセントは枯れる。
(…)
 ヒトの世界に清掃業者がいるように、自然界にも死んだ生きものを有機的に分解して掃除してくれる生きものがいる。森、牧草地、都会にいる無数の菌類や昆虫だ。小さな掃除人たちは、市街や排泄物をその場でたいらげていく。時間のかかる作業で、異なる種が役割を分担するという高度なコラボレーションも見られる。
 ヒトの日常からはなかなか思い至らないが、しがいや排泄物の分解は、地球上の生命にとってきわめて重要だ。地面に落ちた糞、枯れた植物、動物の死骸が片づくのは、昆虫たちが根気よくそれらを咀嚼するおかげだ。きれいに片づくだけではない。昆虫のおかげで、これらの有機物にるくまれる栄養分や土に還るのだ。窒素や炭素が土に還らなければ、そこで新しい植物は育たない。」

(「第7章 産業を支える昆虫たち —— ヒトによる昆虫利用」より)

「いまも昔も、ヒトは昆虫のおかげで多くのものを手に入れている。ミツバチの蜂蜜やカイコの絹だkではない、昆虫由来だと知られていないものもいろいろある。たとえばイチゴジャムに赤い色をつける着色料や、スーパーに並んだリンゴの皮に塗られたワックスなどだ。」

(「第8章 昆虫が与えてくれるもの —— バイオミミクリー、医学、セラピー」より)

「自然界の仕組みや機能をモデルにデザインしたり、システムを設計したりすることを「バイオミミクリー(生物模倣)」という。昆虫をもとにしたバイオミミクリーの例は、枚挙にいとまがない。トンボはドローン技術が生まれるきっかけになった。甲虫のなかまには腹に温度センサーをもち、山火事に遭った木のもえさしに卵を産みつける種がいて。米軍などが熱源感知センターの界の開発研究に使っている。」

(「第9章 昆虫とヒトの未来 —— 環境と多様性を守るために」より)

「昆虫の数の減少をしめす証拠は、枚挙にいとまがない。たとえばドイツでは、国内六〇カ所以上の測定点で確認される昆虫の数の合計が、わずか三〇年で七五パーセントも激減した。国際的なデータによると、ヒトの人口が過去四〇年で倍増したのと対照的に、昆虫の数はほぼ半分になったという。衝撃的な話だ。
 なぜ、昆虫の数は減っているのか? さまざまな要素が絡みあっているから簡単に一つの答えは出せないが、土地の開発や農業・林業の拡大による天然の生息地の減少、殺虫剤の使用、気候の変化などは大きな要因だろう。
(・・・)
 昆虫の世界の激しい変化は、ドミノ効果によって予想もつかない結果をもたらすだろう・どれくらい深刻なことになるのか、昆虫研究者もいまはまだ正確に予測できていない。とてつもないダメージであるはずだとわかっているだけだ。昆虫が減りすぎたり、昆虫をめぐるバランスが崩れすぎた世界では、わたしたちヒトも生きのびるのがむずかしいかもしれない。衛生的な水、じゅうぶんな食料、健康状態の確保は現在でも大きな課題だが、それがいっそう困難になる危険があるのだ。」

「わたしたちヒトは長いこと、〝昆虫の奉仕〟を当たり前のように受けてきた。けれどいま、。土地の乱開発、異常気象、農薬の大量散布、外来種の拡散などにより、環境は激変している。昆虫はひじょうに適応力が高い生きものだが、それでも従来の役割を果たせなくなりつつある。あくまでヒトの利益という視点だけから考えても、わたしたちはこれら小さな命の安全と幸福をしっかり意識するべきだろう。昆虫を保護するんは、将来のヒトと地球に対する一種の〝生命保険〟といえるのではないか。
 ヒトが自己中心的な視点を捨てて少しでも視野を拡げれば、「昆虫の保護」が単なる利用価値の問題でないこともわかるはずだ。」

◎CONTENTS

はじめに
序章 地球は昆虫の星である
第1章 小さな体は高性能 —— 体の仕組みと機能
第2章 昆虫たちの“婚活"事情 —— 生殖と繁殖
第3章 食べて、食べられて —— 昆虫と食物連鎖
第4章 昆虫VS植物 —— 植物との共進化
第5章 ヒトの食卓と昆虫 —— 蜂蜜から昆虫食まで
第6章 自然界の“掃除人" —— 死骸と糞の分解
第7章 産業を支える昆虫たち —— ヒトによる昆虫利用
第8章 昆虫が与えてくれるもの —— バイオミミクリー、医学、セラピー
第9章 昆虫とヒトの未来 —— 環境と多様性を守るために
おわりに
謝辞
監修者あとがき

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