謎と文脈 -bar italiaとgreat area-
ミステリアスなbar Italia、謎に包まれたgreat area、謎が謎を引き寄せ香りを放ち、僕らはその匂いに吸い寄せられる。調べれば全てがわかりそうに思えるインターネット時代において、わかららないというのはなんとも新鮮で魅力的に思えてくる。神秘のベールに包まれているから知りたくなって、追いかけてわかったように思えてもすぐさま煙に巻かれてまたわからなくなる。その繰り返し。Dean Blunt and Inga Copelandの時代からそれらはずっと続いている。
そんなことをele-kingのgreat areaのレヴューでも書きました。
こうやって考えてみるとDean Blunt and Inga Copelandの二人はSNS時代に入る以前からその時代のカウンターになるような活動をしていたのかもしれない。アンチSNSというよりも反インターネット。Hype Williamsという実在の人物、存命の映像作家の名前を名乗り登場し、混乱するGoogleの検索結果の中に宝を隠し、今度はDean Blunt and Inga Copelandと名前を変えてセルフタイトルのアルバムをリリースする。その後Dean BluntとInga Copelandは二つに分かれ、ソロ活動を始めそれぞれレーベルを運営し始めたりするのだが、今を持ってDean Blunt、Inga Copelandの二人はミステリアスな雰囲気を身にまとったままだ。
そんな存在でありながら二人は後のバンドやアーティストに大きな影響を与えている。これは良い、ドキドキすると思った音楽を調べるとしばしばDean Bluntの名前や、現在 Lolina と名乗るInga Copelandにぶち当たる。直接的に見えはしなくてもそこに存在する気配として、わからないまま感じ取ることが出来るのだ。
それは bar italia や great area の場合においても同じこと。この二つの存在を知ろうとすると当然のようにこの二人にたどり着く。
bar italiaは Dean Blunt and Inga Copelandから端を発するこのミステリアスな流れの中で現在一番ドキドキさせてくれる存在だろう。2021年に Dean Blunt のレーベル〈World Music〉から出た2ndアルバム『bedhead』のレヴューや、〈Matador〉に移籍してリリースされた23年の3rd『Tracey Denim』のレヴューでも謎に包まれたバンドについて書いたけれど、このタイミングでもう一度、 bar italiaやその周辺についてこれまでの流れを整理してもう少し考えたい。
今年24年の春にInga Copelandのレーベル 〈Relaxin Records〉から彼女を彷彿させるgreat areaの1stアルバム『light decline』がリリースされ、そして bar italiaと一緒に北米ツアーを回ったとなったらそんなのワクワクしないわけがないんだから(ちなみにこのツアー、後半は great area と Lolina の組み合わせで回ったいうから凄い)。
bar italia
bar italia はイタリア人女性 Nina Cristante と ロンドンで Double Virgoとしても活動している Jezmi Tarik FehmとSam Fentonの3人が組んだバンドで、Dean Blunt の 〈World Music〉時代は煙に包まれたようなエクスペリメンタルな音楽を奏で〈World Music〉期最後のアルバムとなった2nd以降はどんどんインディ・ロック然とした要素を強めてきた。何より最高なのは佇まいでこのバンドの雰囲気の中に bar italiaの魅力の全てが現れている(冷たくクールでロマッティック。抑制されたような感情の中に情熱が渦巻いている)。現在の形に近づいた2022年の2月の 「Banks」 の興奮たるや。この曲はアルバムに収録されていないというのがなんとも心憎い。
bar italiaの3人がはっきりとその姿を現したのはおそらくこの「Banks」のビデオが初めてで、そういう意味でもめちゃくちゃドキドキした。謎から具体、そうしてそれを材料にしたイメージへ、等身大を超えたバンドのマジックがこれでもかと詰まっている。
Double Virgo
その後、22年の9月にVegynのレーベル〈PLZ Make It Ruins〉より Double VirgoのEPがリリースされることが発表され、翌年の1月には bar italia の〈Matador〉との契約が発表される。今にして思えばこのあたり(22年)で bar italiaはギアを入れ替えた感がある。
bar italia同様Double Virgoもめちゃくちゃカッコいい。音的に考えると2ndアルバム後の bar italia は このDouble Virgoのサウンドがベースになって、そこに Nina Cristanteの感性と個性が乗っかったものなのではないかと感じられる(Double Virgoについても情報が少なくて、最初はソロのアーティストなのかと思って『bedhead』のレヴューでもそんな感じのことを書いてしまった)。
Nina Cristante
さてそのNina Cristante とはどんな人なのだろうか。2020年に bar italia の1stアルバム『Quarrel』が出た時 にはDean Blunt周辺の人であり、栄養士でパーソナル・トレーナーであるというような情報しかなかった。
今にして思えばタイトルのセンスからも何かを感じる1stアルバム収録曲「How Did You Get Into The Building Did Someone Open The Door For You」に度肝を抜かれ(Dean Blunt and Inga Copelandのあの雰囲気がめちゃくちゃある!と興奮した)その後にたどり着いたのは同じチャンネルにアップされている前衛映画のワンシーンみたいな室内トレーニングだというわけのわからなさ。どこまでがシリアスでどこからがジョークなのかわからない、混乱した感情をもたらすバグみたいな快感、これこそがHype Williams的なものなのかもしれない。
色々わかった後で見ると一連のフィットネスのビデオもめちゃくちゃ良いと感じるけれど、当時はこの人はなんなんだってその得体のしれなさにただ混乱するだけだった(インタビューを見つけて読んでも栄養学とフィットネスについてのもので音楽活動についてのものはまったくなかった。ちなみにこのビデオのピアノ音楽は彼女自身が作成したものらしい)。
その後もう少し調べて2016年、コペンハーゲン時代の Dean Blunt とhot16という展覧会をやっていたということを知る。
NINA
そしてDean Blunt の 〈World Music〉からリリースしているNINAというのは bar italiaのNina Cristanteであるということが判明する。2021年のアルバム『Classics』は傑作で、このアルバムのジャケットは上のYouTubeのアカウントを始めとしたもろもろのアイコンにもなっている(今となっては確かめる術はないが下のビデオがリリースされた時に切り替わったような記憶がある)。プロデューサーの欄にDean Bluntの名がはっきりと記されているようにこのアルバムからは bar italiaのものよりダイレクトにDean Blunt感が伝わってくる。全ての曲が断片的で短く、香りとイメージを残して消えていくようなそんな音楽だ。
hot16 の件からもわかるように Nina CristanteとDean Blunt との付き合いは古く、2014年、〈Rough Trade〉と契約しDean Bluntがソロアルバム、『Black Metal』を出すというのアナウンスの写真に載っていた女性がNina Cristanteだったのではないかと言われている。
確証がない話だけど、いま見るとこれはそうかもしれないと思える漫画みたいな伏線回収。
great area
こちらはInga Copeland方面、Lolinaのレーベル〈Relaxin Records〉 所属のアーティスト great area。 bar italia、そしてLolina同様またしてもミステリアスで謎のベールに包まれた素晴らしい音楽を奏でている。どういういきさつで bar italiaと一緒にアメリカツアーを回ることになったのか気になるところではあるが、とにかくgreat areaの音楽は魅力に溢れていることは確かだ。
音数が少なく隙間のある音楽、その余白に浮かび上がる虚無と希望、そしてあきらめ。great area のもの悲しく満たされることのないシンセポップはレーベルオーナーLolinaの雰囲気を持つのと同時にBroadcastっぽいセンスがあるのではないかと感じている。Broadcastよりももっと厭世的で、だけども絶望しきってはいないニュートラルなあきらめ(情報の渦から距離を置く、あるいはそれは時代の空気を反映したものなのかもしれない)それがなんとも染み込んでくる。
great area もロンドンのアーティストであるということ以外は公式的な情報がなかったけれど、今年24年の春に bar italiaとアメリカツアーを回ったことでまた少しづつ情報が出てきた。
このライブレポの記事ににもあるようにgreat area はロンドンのヴィジュアル・アーティストGeorgie Nettellのプロジェクトであるらしい。
ヴィジュアル・アーティスト Georgie Nettellについてはこちらのページに詳しい。
Georgie Nettell について調べると2010年に〈Upset The Rhythm〉からアルバムがリリースされた PLUG というユニットにたどり着いた。レーベルのページの紹介によると PLUGとはSian Dorrer (vo/dr) と Georgie Nettell (ba/Key/vo)であるミニマル・ポップのデュオであるとのこと。
そして出てきたビデオを再生してまた吹っ飛ばされる。アルバムランチ・パーティのライブの映像、 great areaでも聞かれるようなもの悲しいシンセのフレーズに、 great areaにはない空間を締めつけるような生のドラム、このシンプルな組み合わせがめちゃくちゃカッコいい。Sian Dorrerの歌声はドラム同様に力強くキレがあって、それが腹の底から湧き上がって来るような感情を連れて来る。なんで今までこんなバンドを知らなかったんだって思わず考えてしまうくらい興奮した。 bar italiaもそうだけど凄い人は昔っから凄い。
そしてさすがの〈Upset The Rhythm〉。
Eterna
再び bar italia方面、テルテル坊主みたいなアー写が印象的なEterna。Bandcampのページに記されているのは Barcelona, Spainの文字だけだ。
https://eternax.bandcamp.com/track/open-house
最近この曲「Open House」を聞いて bar italiaみたいでめちゃくちゃカッコいいってなったけれど、Monchicon!さんのインタビューによると本当に bar italiaのライヴでドラムを叩いている人だったらしい(ビデオを見る限りたぶんDouble Virgoの方でも叩いている)。
23年に出たアルバム『Wardrove』はラフでありながら平熱の興奮と哀しみが混ざりあっているような感じでこちらもカッコよかった。
NINAとの曲もあったりするから当たり前かもしれないけど、やはり何やら匂いがあって、集まり繋がっていく(Rita Pって誰だってもちろん気になっている)。
謎と文脈
Dean Blunt の存在を感じさせる bar italia 、Inga Copelandの雰囲気をまとったgreat area、それらが繋がりツアーを回る。重なり合う部分から浮かび上がる象、何もわかっていなくとも感じ取ることができる空気があって、気がつけばそこで何かが起きている。文脈というものはあるいはそんな風に存在しているのかもれない。
〈World Music〉から昨日リリースされたDean Blunt、Panda Bear、Vegyn、三者のDOWNERという曲にしてもそうだろう。Dean BluntとVegynの間に bar italia(Double Virgo)はあって、そして今度はPanda Bearへと思考は伸びる。
そして4月の終わりにNINAのYouTubeのチャンネルにアップされたNina and Orazioの「SYTT SATS」という曲がまた素晴らしい。OrazioとはVaerminaというバンドのOrazio Argenteroという人らしく、この人はローマ出身でPaddywakの……
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