脳梗塞 #5-6 脳梗塞の薬
1)抗血栓薬の種類
血栓によって脳の動脈がつまると、血液が流れなくなり脳の細胞が壊れ、脳梗塞になります。抗血栓薬は、血液をサラサラにして脳の動脈がつまらないようにする薬剤です。
抗血栓薬には、大きく分けて抗血小板薬と抗凝固薬の2種類があります。抗血小板薬は血小板の働きを抑える薬剤で、抗凝固薬は凝固因子と呼ばれる血液を固まらせる成分の働きを抑える薬剤で、作用の仕方が異なります。
2)抗血小板薬
①アスピリン
発症してから48 時間以内の急性期の脳梗塞の患者には、なるべく早く効果が得られるように、通常よりも多い160~300mg/日の用量で使用されます。このような緊急時に行う急速投与のことを、「口ーディング」 とよんでいます。
発症から時間の経過した慢性期の脳梗塞の患者に対しては、75~150mg/日と急性期よりも少ない用量が推奨されています。この理由の1つは、高用量のアスピリンを長期にわたって継続していると、かえって胃粘膜傷害の副作用が増加してしまうからです。もともと アスピリンはほかの抗血小板薬に比ぺて、胃・十二指腸潰編などの消化管障害の副作用の頻度が高いです。 そのため、胃薬を併用し、消化器症状や血便の有無などに注意が必要です。
②クロピドグレル
クロピドグレルは、血小板の表面にある[ADP 受容体」 とよばれる部分を阻害することで、血小板が固まる反応のスイッチが入らないようにする作用があります。クロピドグレルは服用開始から効果の発現までにやや時間がかかるので、脳梗塞急性期の患者には、初回投与時に300 mg/日の大量投与(ローディング)を行うことが一般的です。翌日からは75 mg/日を維持用量とします。
③シロスタゾール
血小板のはたらきを抑える作用と、血管を拡張させる作用を併せ持った薬剤です。脳梗塞のなかでも、ラクナ梗塞とよばれる細い血管がつまるタイプの脳梗塞にとくに適しています。また、アスピリンやクロピドグレルに比べて、脳出血や消化管出血などの出血の副作用が少ないのが特徴です。
シロスタゾールの欠点は、頭痛や動悸、頻脈などの副作用が起こりやすく、内服を継続できないことです。頻脈の副作用のため、狭心症や不整脈を誘発しやすくなり、心不全のある患者には禁忌となっています。
3)抗凝固薬
①ワルファリン
血液検査でPT-INRを測定することで効き目を微調整できます。薬価も低くなります。一方で、納豆、クロレラ食品や青汁などのビタミンK を多く含む食品は、ワルファリン内服中は禁忌になります。内服開始後の効果発現、中止後の減退まで数日かかることが多いため、調節が難しくなります。
しかし、心臓の手術である人工弁置換術は抗凝固薬のうち、ワルファリンでないと効果が期待できないとされています。
②DOAC
食事の影響をほとんど受けず、ほかの薬剤との相互作用も少ないこと、速効性を期待できることから、安全性が高く、便いやすいといえます。ただ、薬価がワーファリンと比べて高くなっています。
薬剤の形は、ダビガトランは唯一のカプセルです。ダビガトランは脱力プセルをしての投与はできません。
万が一出血が起こった場合や手術の場合に、薬剤の効果を打ち消す「中和剤」があります。
DOAC は投薬する量が決まっていますが、アピキサバン、 リバーロキサバン、エドキサバン、ダビガトランでは、減量が必要となる基準が異なります。
アピキサバンは、「80歳以上・体重60kg以下・血清クレアチニン1.5rng/dL以上」の3つの条件のうち、2つ以上が当てはまる場合は、投与量を減らします。
リバーロキサバンはクレアチニンクリアランスの指標を見て、50rnL/minを下回る患者で減量します。
エドキサバンは体重が60kg以下だと減量が必要となります。
ダビガトランは、クレアチニンクリアランス50mL/min以下、70歳以上、消化管出血の既往がある患者では、減量を考慮します。
外来や入院で経過を見ている間に、年齢、体重、腎機能などの減量の基準をいつの間にか超えているということもあるので、DOACを使用するときは、減量の基準と注意が必要な併用薬のチェックを必ず行います。
4)エダラボン
脳梗塞による虚血後や、閉塞していた血管が再開通したりした後には、フリーラジカルが多く発生します。フリーラジカルは細胞膜を構成するリン脂質の中に存在する不飽和脂肪酸を過酸化して細胞膜の障害を引き起こします。その後、脳組織の浮腫や梗塞の進行といった障害につながります。エダラボンは、この障害性をもつフリーラジ力ルを捕まえて、脳組織を障害から保護してくれるはたらきをもっています そのため、エダラボンは、脳浮腫抑制作用、神経症状改善作用、遅発性神経細胞死抑制といった脳保護作用があります。
エダラボンは通常、成人に30mg/回を30 分かけて、1日2 回の点滴静注を行います。発症後24時間以内に投与を開始して、投与期間は14日以内です。
エダラボンの投与中に急性腎不全または腎機能障害が悪化して、致命的な経過となった症例が報告されています。腎機能障害、肝機能障害、心疾患のある場合は患者、高齢の患者の場合は慎重に投与します。
また、パレプラスなどアミノ酸製剤との混注は禁忌です。
5)脳浮腫治療薬
脳浮腫治療薬は、脳が浮腫を起こす場合に用いる治療薬です。グリセロールやマンニトールの点滴の薬剤が用いられます。
脳血管障害が発生すると脳細胞の正常な構造が壊れてしまい、血液中の水分が脳細胞の中に広がっていき、むくんだ状態になります。
脳浮腫が発生すると、脳の容積が増加します。脳は硬い頭蓋骨に覆われているので、容積が増えてしまった脳の逃げ場がなくなり、頭蓋内圧亢進が発生し、頭痛や脳血流低下が起きます。さらに、脳ヘルニアが起こると、周囲の脳組織、動脈、神経が圧追され、脳虚血や神経機能障害の出現、さらには呼吸循環機能の悪化、生命の危機的状況に陥ります。脳浮腫は、脳血管障害だけではなく、脳炎や脳腫瘍でも発生します。
①グリセロール
グリセロールは、浸透圧利尿薬という薬剤に分類され、 成分であるグリセロールの水を引き付ける力「浸透圧」を利用して、血管の外、すなわち脳組織から血管内に水を移動させ、浮腫を改善させます。
1回の投与量は200~500mLで1日1~2回投与します。実際の臨床では1 日に2~4回など、状況によって投与回数が調整されます。また、投与速度は、500mlあたり2~3 時間で点滴静注をします。
脳の手術時や緊急時以外は、グリセロールが用いられることが多いです。しかし、心臓の機能が低下した患者では、グリセロールの投与により心臓に負担がかかり心不全を悪化させる可能性があります。生理食塩水と同程度の塩分が入っていることから、投与を続ける場合は、ナトリウムの血中濃度、心不全の症状に注意が必要です。
脳卒中の患者は、心不全になる要素を併せ持つことが多いため、グリセロールを投与する際は、胸部X線撮影などで心臓の状態を確認し、投与中は呼吸状態にも注意してください。
糖尿病の患者でも、昏睡などの合併症を生じた例が報告されています。
②マンニトール
抗脳浮腫療法として使われる薬剤に、マンニトールがあります。グリセロールと比較すると、効き目が出るまで15~30 分程度と早いのですが、効き目が持続する時闘は1 ~数時間と短いです。
尿を増やす効果はやや強いため、脱水やナトリウムの血中濃度の低下には注意が必要です。このように、マンニトールは効果が強いものの、デメリットもあることから、脳神経外科の術前や術中、急いで頭蓋内圧を下げる必要がある場合に使用されています。
マンニトールを投与する際に注意が必要なことは、リバウンド(反跳〕現象です。投与されたマンニトールのー部は、脳の中にも徐々に拡散します。脳を含め生体ではマンニトールが分解されないため、マンニトールの投与を中止した後にも、脳内に残こります。投与中止後、脳内に残っていたマンニトールが水を血管内から脳粗織に引き寄せて、脳浮腫が悪化することがあります。 この現象をリバウンド(反跳〕現象といいます。
グリセロールは脳をはじめ生体内で代謝されるため、リバウンドが少ないとされます。
急性頭蓋内血腫の患者では、マンニトールを投与すると頭蓋内圧が低くなり、再出血する可能性があるため使ってはいけません。 また、グリセロールと同様に心不全の患者では慎重な投与が必要です。
6)膠質液
膠質液といわれる製剤は、溶質の分子量が大きく膠質浸透圧(高い浸透圧)を形成するため、血管内に投与されると膠質浸透圧勾配の影響により細胞間質(血管外)から血管内に水が流入するようになります。そのため、血管内に水分を多く留めることができるので血漿浸透圧の維持と血管内水分量の確保、それにともなった血圧保持などを目的とした血漿増加薬として使用されます。また、末梢血流の改善作用も期待できます。
血漿の増加を期待できる製剤は、生体由来(血液製剤)であるアルブミン製剤や新鮮凍結血築(FFP)、人工膠質液である低分子デキストラン、サヴィオゾール、ヘスパンダーがあります。
適応として、サヴィオゾールや低分子デキストランは急性期脳梗塞における微小循環の維持に使われます。また、急性出血の治療、外傷・熱傷・大量出血などによるショックの予防と治療、手術時の輸血量の節減など、救急医療や外科的処置などで用いられます。
脳梗塞の急性期治療として、低分子デキストランやサヴィオゾールを投与しますが、これらの製剤は投与した量がそのまま血漿として血管内にとどまります。一般的に500mlの製剤を投与しますが、投与することで500ml分の血漿が増加したことになります。
注意が必要なのは、心不全に既往がある人や高齢者です。投与した量がそのまま血漿として血管内にとどまりますので、心機能が低下している人は、心不全を発症することがあります。投与時は、輸液速度に注意します。