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くも膜下出血 #6-1


1.くも膜下出血はこうして発症する

 

   脳表面には髄膜があります。髄膜は3層あり、外側から硬膜、くも膜、軟膜の順になります。軟膜の内側に脳実質があります。くも膜下腔はくも膜と軟膜のスペースのことで、脳脊髄液と皮質枝動脈が走行します。皮質枝動脈は、前大脳動脈や中大脳動脈などの太い動脈のことで、MRAで映る動脈です。

くも膜下腔の解剖
イラスト解剖学, 松村譲兒(2001). イラスト解剖学, 中外医学社, P369を参照に作成

   脳動脈瘤は皮質枝動脈に発生し、この脳動脈瘤の破裂によって起こります。破裂により脳の表面のくも膜下腔に血腫が拡がり、出血量が多いと回復不能な状態や死亡に至ります。医療機関に搬送される時は、破裂部位が自然に止血されている状態です。再破裂を起こすと死亡率が上昇するため、「致死的な再破裂を防ぐこと」がくも膜下出血に対する最大の治療目的になります。

脳動脈瘤の好発部位(脳を下から見た図)
イラスト解剖学, 松村譲兒(2001). イラスト解剖学, 中外医学社, P377を参照に作成

2.特徴的な症状

    発症時の特徴的な症状は頭痛で、「バットで殴られたような痛み」と表現されます。しかし、症状は無症状から昏睡まで幅があり、意識障害や麻痺などの神経症状が必ずあるわけではありません。歩いて病院を受診し、待合室で待っていることもあります。

 くも膜下出血が恐ろしい病気である理由の一つに、発症時は無症状でも、再破裂や脳血管攣縮によって脳梗塞が起きると重症化してしまうことです。

3.クモ膜下出血の検査

 ①     クモ膜下出血を確定させるための検査

頭部CT・脳MRIなど

頭部CT水平断

②     出血源である破裂脳動脈瘤を見つけるため検査

 3D-CTA(3DCTアンギオグラフイー)

3DCTA

 静脈より造影剤を注入してCT撮影を行い、動脈の情報を得ます。カテーテルなどの手技が不要で非侵襲的に検査を行えます。多量の造影剤の投与が必要で、腎機能障害がある場合は検査ができません。

脳血管造影(カテーテル検査)
 動脈からカテーテルを挿入し、造影剤を流して動脈の情報を得ます。医師によるカテーテル挿入が必要であり、侵襲的な検査になります。

脳血管造影

4.くも膜下出血の治療

   手術による脳動脈瘤の再破裂の予防は、再破裂を防ぐために極めて重要な治療です 脳動脈瘤に対して治療は、脳動脈の根元にクリップをかけるクリッピング術と、動脈内にカテーテルを通し、破裂した脳動脈瘤の内側にコイルをつめるコイル塞栓術があります。

クリッピング術
コイル塞栓術

5.術後の患者さんの状態

   クモ膜下腔の血腫を除去するためと頭蓋内圧の管理のために、頭蓋内に脳室ドレーンや脳槽ドレーンなどを留置していることが多いです。
   脳血管攣縮のために、意識障害や麻痺などの神経症状が出現することがあります。術後出血が無いことが確認できれば、リハビリテーションや食事による栄養管理などを積極的に進めます。

6.クモ膜下出血から生還させるために回避しなければならない合併症

1.再破裂

2.脳血管攣縮(スパズム)

3.正常圧水頭症


1:再破裂(救急外来から手術まで)

   破裂動脈瘤は破裂部位に血栓が付着して一時的に止血している状態です。  血圧上昇や血栓の自然溶解により再破裂が起こり、再破裂が起これば半数が死に至ります。手術まで鎮静、鎮痛、降圧を行い、再破裂を予防することがとても重要になります。
手術にすぐに搬送できず、病棟で待機をする場合は、個室で照明は暗くします。 

2:脳血管れん縮

   脳血管れん縮とは、くも膜下出血発症4日~14日後に起こる脳血管の収縮のことです。脳血管の収縮により、血液が脳に流れなくなり、結果、脳梗塞が起こり、意識障害や麻痺など神経脱落症状が発生します。原因ははっきりしていませんが、くも膜下出血の血腫が脳動脈の収縮を起こしていると考えられています。
 初回出血量が多いほど脳血管れん縮が起こりやすく、頭蓋内の様々な動脈が収縮するため、広範な脳梗塞により死亡する場合もあります。

3D-CTA(脳血管れん縮)

上の画像は脳血管れん縮が発現した3D-CTAです。緑の部分が右のMCA(中大脳動脈)にできた破裂脳動脈瘤にかけたクリップです。クリップがかかっているMCAの末梢が細いだけではなく、ACA(前大脳動脈)も細くなっています。

予防治療

ドレナージ管理
 手術中に頭蓋内に脳室ドレーン、脳槽ドレーン、術後にスパイナルドレーンを留置して、脳血管れん縮を発生させる血腫を排出(ドレナージ)します。脳血管れん縮を発生する血腫を頭蓋外に排出することで、脳血管れん縮を予防します。

水分バランス管理
 脱水や循環血液量の低下によって、血液の粘性を高まり、脳血管れん縮が助長するため、水分バランス管理を行います。特に発症4~14日目は脳血管れん縮期にあたるため、厳密に行います。また、くも膜下出血発症後から10日くらいまでは低ナトリウム血症が発生することがあります。
 脳血管れん縮の予防法として、triple-H療法と呼ばれる人為的な循環血液量の増量、血圧上昇、血液粘稠度の低下を行っていました。しかし、脳血管れん縮の予防には効果が薄いうえに、大量輸液によって肺水腫や心不全などの合併症を併発することがありました。最近は脱水にさせない輸液管理が脳血管れん縮の予防法になっています。

 患者の水分摂取として輸液量や飲水量、水分排泄として尿量、ドレーン排液量から水分出納を算出します。しかし、くも膜下出血の患者は発熱による不感蒸泄、嘔吐や排便があるため正確な水分排出を算出することは困難です。そのため、水分出納は一つの目安にしかなりません。水分バランスを把握する補助手段として、中心静脈圧、胸部X線検査、血液検査、体重測定があり、それぞれの値から水分出納と実際の身体の水分バランスのズレを修正します。

 くも膜下出血後には「中枢性塩類喪失症候群」を併発することがあります。中枢性塩類喪失症候群は、尿量が増え、低ナトリウム血症を引き起こします。くも膜下出血の術後は電解質のチェックを頻回に行い、尿量増加にともなって、血清Na値が下がってくる場合は、中枢性塩類喪失症候群が生じたと判断し、その治療を開始します。

栄養管理
 くも膜下出血において栄養管理は重要になります。低栄養、低アルブミン状態になると、膠質浸透圧の低下により浮腫が増加し、循環血液量の維持が困難となります。意識が良ければ経口摂取を開始し、同時に高カロリー輸液を行います。また、貧血や低アルブミン血症があれば、輸血やアルブミン製剤の投与を行います。

点滴治療
 塩酸ファスジル水和物、オザグレルナトリウム、ニカルジピン、クラゾセンタンの点滴静注を行い、脳動脈の拡張をして脳血流の維持を図ります。

ニカルジピン
 カルシウム拮抗薬であるニカルジピンは、脳血管を拡張させる薬理作用があります。そのため、攣縮を起こした脳血管や脳血管攣縮を起こすリスクが高い時期に使用することが多いです。ニカルジピンにより血管を拡張させることで、脳血管攣縮の予防や改善を図っています。投与する際は、低用量で投与します。

クラゾセンタン(商品名:ピヴラッツ)
 最近、クラゾセンタン(商品名:ピヴラッツ)を投与することが多くなっています。クラゾセンタンは、エンドセリン受容体を遮断することで脳血管攣縮を予防する効果がありますが、末梢血管透過性が亢進して浮腫を生じる可能性も示唆されています。そのため、投与により肺水腫、胸水、脳浮腫等の体液貯留が発現することがあり、投与中は体液量の調節に留意し、体液貯留の初期症状を十分に観察することが必要であり、水分バランス管理が重要となります。

 脳血管れん縮(脳虚血)のモニタリング
 神経所見の観察が一番大切です。意識レベルの低下や麻痺・失語があればすぐに医師へ報告し、検査・治療を行います。また、食事摂取量がいつもより減ったなど、普段と何か違う場合も脳血管れん縮を起こしていることがあるので、看護師の観察能力が問われます。

   直ちに画像検査(MRI、MRA、3D-CTA、脳血管造影)を行い、脳血管れん縮を起こしている動脈の部位・程度を確認します。

脳血管れん縮になってしまったら

カテーテルによる治療
選択的薬物動注
 塩酸パパベリンや塩酸ファスジル水和物を細くなった動脈に直接投与して、動脈を拡張させます。動脈は拡張されますが、効果は一時的なことが多いです。
血管拡張術(PTA)
 カテーテルの先に付いたバルーンを動脈の細くなった部分で膨らませて、動脈を拡張させます

3:水頭症

   水頭症とは、脳脊髄液が頭蓋腔内にたまり、脳室が異常に拡大する病態です。クモ膜下出血の血腫がクモ膜下腔を充満することによって、脊髄液の循環が障害され、脳室が拡大します。クモ膜下出血発症してから数週間から数ヶ月に起こることがあり、正常圧水頭症と言います。正常圧水頭症の3大症状は、認知機能低下歩行障害失禁です。

クモ膜下出血発症直後
正常圧水頭症

   治療は手術で、シャントチューブを脳室に入れて、貯留した脳脊髄液を腹腔に流します。
V-Pシャント(脳室と腹腔を管でつなぐ)
L-Pシャント(腰椎のクモ膜下腔と腹腔を管でつなぐ)

シャント術

7.くも膜下出血の予後

   くも膜下出血の転帰は、死亡する割合が1/3、再破裂予防の手術を含めて治療を受け社会復帰を果たす割合が1/3、様々な後遺症を残し生活援助を必要とする状態となる割合が1/3となります。




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