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ビンゴ

(これは、事実に基づいたフィクションです。登場人物は全て敬称略にて失礼します)

その物語は、景品が残り少なくなりつつあるなか、ようやくビンゴを当てたわたしが、オフ会の主催者、茜空の前に進み出るところから始まります。
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わたしが進み出るのを見て、茜空は小さく息を呑んだ。
しかし、動揺を悟られない程度にはポーカーフェイスを保てたはずだ。
茜空はさりげなく視線を周囲に送り、空気を探る。

大丈夫だ、気づかれていない。
この人は手強い。
いつも勝負を挑んでくる。
だが負けるわけにはいかない。

茜空は強張らないように注意深く笑顔を作りながら、口を開く。
「なにがいい?」
テーブルの上には、茜空が用意した景品が並ぶ。
40人分用意した景品もだいぶ減ってきていた。
しかし、わたしはテーブルに目をくれず、茜空の背後を指で差しながら、ボソリと言った。
「仕事で使えそうなので、その後ろにある大きいバッグが欲しいです」
「え?」
振り向くと、そこには用意したプレゼントを詰め込んでいたバッグが、乱雑に置かれていた。

やられた。
予想外の方向から飛んできたボールを打ち返せず、茜空は言葉に詰まる。

ところが、その瞬間に怒号のようなヤジが飛ぶ。
「つまんねーぞ!」
「これだから茜おじは」
「そうやってインフルエンサー気取りかよ、お前は!」
「余韻を残さずに一人拍手を始める方がセンスあるぞー!」
激しい言葉の嵐で体勢を立て直すことに成功した茜空は、いつもの笑顔を浮かべながらわたしに向き直り、
「これはAmazonで買ってください」
と言った。

「うーん、じゃあ、チェキで。おすすめのものをお願いします」
わたしの言葉に、茜空は小さく安堵の息を漏らす。
こういうリクエストのために、お気に入りをとっておいたのだ。
「これなんてどう?私が思いっきり笑ってるやつ、いつのものかはわかんないけど、レアでしょ」
手早くお気に入りのチェキを選んで、わたしに差し出す。

「あ、ありがとうございます」
茜空は素早くわたしの表情を確認する。うん、満足そうだ。

去っていくわたしの背中から、次の当選者に目線を移しながら、茜空は気を引き締め直す。

ルーティン作業のようになってはいけない。一人一人と向き合わなきゃ。
いつも彼は大切なことを教えてくれる。

勝てなかったかもしれないけど、わたしにはまた次がある。

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