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最前

(これは、事実に基づいたフィクションです。登場人物は全て敬称略にて失礼します)

優しさが時にはアダになる、オレはつくづく感じていた。

ダンスレッスン、振り入れ。結城りな主催オフ会は、ukkaの中でも屈指の難しさを誇る、「スーパーガール★センセーション」のダンスをファンに覚えてもらうという企画だった。
普段からダンスに励むアイドルが難しいと嘆く曲、当然ヲタクたちが簡単に習得できるわけもなく。思うように動かぬ身体と、混乱する頭、煮詰まったヲタクを見て、結城りなは、開始から10分あまりではやくも水分補給休憩を宣言した。

しかし、もとより時間の限られたイベント。
休憩時間はあっという間に過ぎてしまい、結城りなは無情にもレッスン再開を宣言した。その時に発した彼女の優しさが、ヲタクたちに波紋を広げた。「前後を入れ替えよう!後ろの人が前に出て!」

優しさだというのは誰もが理解できる。推しの近くに行きたい、そんな思いを持つのは当然のこと。だが、ダンスで前に出たいという思いを持つものは皆無だ。自分の情けないダンスを、前方で目立たせるくらいなら、後ろでひっそりとしていたい。

前方のヲタクは下がったが、後方のヲタクは前進しない。ポッカリと前半分にスペースが生まれてしまった。困惑した表情を浮かべるりなちゃんを眺めるヲタクたちの中に、気まずい空気が流れる。下手側では、一人のヲタクが気を利かせて、元々前方にいた人たちを引き連れて、前方のスペースを埋めた。
あ、いいムーブだなあ。
いつもNATS LIVEでガヤがうるさいよ、とか言ってすまんかった。

しかし、上手側の最前スペースは、未だに埋まらないまま。
結城りなは、優しいから強制しない。
少しだけ困ったように、でも穏やかに上手後方を見るだけだった。

いくか!
オレは決心した。
最前に行こう!

空いたスペースにするっと滑り込む。それで誰か続くかと思ったのだが、流れたのは「またアイツか、目立つのが好きだなぁ」という冷めた空気。
それでも、なんとなく周りのヲタクたちが残りのスペースを詰めて、ダンスレッスンは再開した。

しんどい。

50を越えたおじさんには、若いアイドルのダンスレッスンは厳しすぎる。小休止の瞬間に後ろに下がろう。そう思いながら、必死に手足を動かす。ダンスというよりは、もがいているだけな気がする。

ようやく一息ついた隙を縫って、後ろに下がろうとする。しかし、下がった刹那、オレに向かってヲタクたちの罵声が飛ぶ。
「てめえは、現場に来ないくせにやたらとうるさい口だけ番長かよ、根性見せろよ!」
「曲の余韻を残さないお手つき反則拍手の方が気合入ってるぞ!」
「ヲタクに対してお気持ち表明すんぞ!」
今日で一番元気な声を出すヲタクたちに押し出され、またもや最前に送られる。キミたち、そんなに大きな声を出せたのね。

結局、最後まで最前で踊らされたオレは、翌日に送られてきた無様な自分の動画を見て頭を抱えるのであった。

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