泥が流れ込んだ先は友人の田んぼだった(流域治水③)
長浜市北部で大雨が降った8月5日、高時川から氾濫(はんらん)した大量の水が多くの田畑に流れ込みました。
あふれた水が田畑にとどまり、家屋への被害を防いだなどとして、その様子が「見事な治水」とネット上で注目を集めました。一方で、泥やがれきが流れ込んだ田畑には私の友人が耕作する田んぼもありました。悲しむ友に掛ける言葉が見つかりませんでした。
8月17日、地元選出の市議が被災農家の話を聞く会を開くというので参加しました。会場は長浜市高月町馬上のヨコタ農園。代表の横田圭弘さんの話を聞きました。横田さんは約22ヘクタールの田畑を耕し、水稲や大豆、ブロッコリー、キャベツ、いちご、大麦などを育てています。
経営面積の半分の約11ヘクタールが浸水しました。大豆は2ヘクタールが水につかり、うち0・67ヘクタール分が完全に収穫不可能となりました。残りは葉が回復してきたものの、泥を被ったのは花つぼみの時期で今後、影響が出ないとも限らないといいます。
水稲は約5ヘクタールが浸水。そのうち、すでに出穂していた稲は約4ヘクタール。籾(もみ)の中に泥が入り込んでいれば、籾摺(す)りの時点で米が傷ついて売り物にはなりません。
ブロッコリーとキャベツの面積は約4ヘクタール。苗の定植時期に圃場(ほじょう)がなかなか乾かず定植が大幅に遅れ、収穫量にも影響が出そうだと心配されていました。
横田さんは集落出身ではなく婿養子。農園には以前から何度も水害を繰り返す田んぼや、全く耕作できない田んぼがあるそうです。なぜこんなに水害に遭うのかと不思議に思っていたら、今回初めて知人に「『霞(かすみ)堤』の遊水地じゃないか」と言われました。
確かに大雨の日の上空からの映像を見ると、川から逆流した水がきれいに横田さんの農地にたまっていました。でも、横田さんは「『遊水地である』と教えてもらったことはない」と言い、妻の尚美さんも「ここで生まれ育ったが、まったく知らなかった。『霞堤』という言葉を初めて聞いた」と言います。
県によると、霞堤とは、開口部を設けた二重の不連続な堤防で、洪水時には背後地に貯水し下流に流れる水の量を減少させ、洪水後はたまった水を河川に戻す機能があるとされる伝統的な治水工法。戦国武将の武田信玄が考案したと伝わっているそうです。開口部の背後の低地は、貯留機能が期待される「霞堤遊水地」と呼ばれます。
県は2012年に公表した「流域治水基本方針」で、霞堤について「治水上の役割や効果などを再評価し、現状の土地利用と整合を図りながら、機能の復元・維持や新たな整備を行います」としています。
県によると、高時川にある霞堤は4カ所。馬上集落はそのうちの一つでした。(堀江昌史)
朝日新聞滋賀県版9月18日掲載