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AIを活用した看護管理の新たな可能性を探る

この記事は、2025年2月に発行した「AIがひらく看護管理の未来〜人間にしかできない仕事をするために〜」の内容を投稿記事の形にしたものです。

近年、「AI(人工知能)」や「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉がさまざまな場面で取り上げられるようになりました。看護領域でも、今後取り入れていくべき重要な課題として認識されつつあります。少子高齢化が加速し、働き手が減少する一方で、医療・看護のニーズは増加の一途をたどっています。医療技術が日々高度化し、仕事の複雑さも増しています。物価や賃金が上昇する中、社会保障費抑制策により診療報酬は頭打ちの状況です。こうした背景から、AIやDXによる業務効率化は、看護管理者にとっても避けて通れないテーマと言えるでしょう。
しかし、医療DX・看護DXが実際どのようなものなのか、そしてAIをどのように使えば看護業務や看護管理の改善につながるのかといったことを具体的にイメージできている看護管理者はあまり多くないのではないでしょうか。本マガジンは、看護管理者の方々が「AIとは何か」を大まかに理解し、その強みや弱みを把握しながら、看護領域におけるAIの導入やDX化の可能性について具体的な展望を持っていただくことを目的に制作されました。
私たちは、看護管理や看護教育分野の組織開発や人材育成に長年携わり、様々な知見やノウハウを蓄積してきました。近年のAI技術の急速な進化を受け、私たちが持つ看護管理・教育分野の知見とAIをどのように組み合わせ、看護管理者をサポートすることができるかという視点で研究開発を進めています。本マガジンは、そうした研究開発の成果をまとめたものです。
世の中を激変させる技術革新」「対話型生成AI は何が画期的なのか」「看護の仕事はAI に奪われる?」では、まずAI、特にChatGPTやGoogle Geminiに代表される「対話型生成AI」と呼ばれる技術がどのようなものなのかについて、専門的な知識がない方にもわかりやすく解説しています。
そして「対話型生成AI には何ができる?」「対話型生成AI にできないこととは?」では、対話型生成AIの強みと弱みを具体的に提示します。
AI 活用を阻む壁① ハード面のハードル」「AI 活用を阻む壁② ソフト面のハードル」「AI で業務をどれだけ効率化できるのか」においては、対話型生成AIをどのように看護の仕事に活用し、どの程度業務を効率化していけるのかについて具体的に考察しています。
最後の「AI 時代の看護管理の未来」では、AI技術が今後さらに発展・浸透していった未来に、看護管理はどのようなものになるのかについて考察・予測しています。


対話型生成AIを「人間の対話相手」として活用する


対話型生成AIは、まるで人間のように非常に高い精度で言葉を操り、私たちと対話することができるという大きな特徴を持っており、人間の仕事を飛躍的に効率化できるのではないかという期待や、人間の仕事が代替されてしまうのではないかという不安が高まっています。しかし、対話型生成AIは決して万能のツールではありません。「AIが得意とすること」「人間が得意とすること」の境界を明確にし、看護職や看護管理者が人間にしかできない仕事に集中するために、AIをどのように使っていくか考えることが必要になります。
私たちは、「思考を整理するための対話相手」としてAIを活用することを提案しています。そして、看護管理者がAIと対話しながら仕事を少しでも楽に進めるために適した振る舞いをするようにAIをトレーニングし、サービス開発を行っています。

管理者を孤独や抱え込みから解放するために


私たちはこの10年、看護管理者の方々を孤独にさせず、互いに学び合える看護組織を作るために、「マネジメント・コンパス」という新しい看護管理の考え方を提唱し、それを実行しやすくするための「MC看護管理」というサービス群を提供してきました。
「マネジメント・コンパス」は、PDP(Problem- Discovery Process、問題解決フレームワーク)やMCチャート、ロードマップといった、いくつかのフレームワークから成り立っています。なかでもPDPは、全国各地で非常に多くの研修を開催し、いくつかの都道府県では認定看護管理者教育のファーストレベルにも採用していただいているため、聞いたことがあるという方も多いかもしれません。PDPの研修後のレポートや感想では、多くの方が「今までは一人ぼっちで戦わなければいけないような気がしていたが、一緒にPDPをやって、一緒に困りごとの解消に取り組んでくれる仲間ができて嬉しかった」といったことを書いてくださいます。また、MCチャートを導入した施設の方々からは、師長さんの「看護部が自部署に期待していることが理解できた」という声や、副部長さんの「師長との対話が増え、現場の状況の把握度が高くなった」といった声をよくいただきます。
看護管理者の皆さんは、「管理者たるもの、自己学習・自己研鑽は当たり前」という風潮の強い中で、孤独に奮闘していらっしゃるのではないでしょうか。困りごとを抱えていても、「人に頼らず、自部署のことは自力で解決しなければ」と気負い、一人で抱え込んでしまう方が多いように感じられます。しかし、「マネジメント・コンパス」に取り組むことで、看護管理者を孤独や抱え込みから解放し、チームで学び合い、一緒に管理に取り組んでいく組織風土を作り上げることができます。一つでも多くの施設が、そのような組織へと変わっていけることを目指して、私たちは様々なサービスや支援を開発してきました。

しかし、現代の看護管理者は非常に多忙です。困りごとが発生するたびに、時間をとってグループワークする余裕はありませんし、師長・副師長・担当副部長が深く対話する時間をなかなか確保できない、という声も多く聴かれました。また、「マネジメント・コンパス」を組織的に導入し、そのコンセプトや各フレームワークの使い方を院内の管理者に伝えて地道に学び合っていくというのは多大な労力やコストがかかるものです。そのため、管理者の教育体制がもともと整っており、人員的にも余裕のある大規模病院ではないと導入しにくい、という課題もありました。

そこで私たちが注目したのが、「忙しい人間の代わりに、AIを対話相手として活用する」という方法です。「誰かの時間を堂々と拘束できるほど重大な課題とは思わないけれど、自分一人でやり抜くのは辛い…」とか「他の仕事も山積みの中で、頭がこんがらがってしまって自分の考えをうまくまとめることができない」といったときに、AIを対話の相手とすることで仕事がやりやすくなるのではないか?私たちはこのような観点から、AIの看護管理領域への活用に取り組み始めました。

対話型生成AIを実際に使い込んでみると、看護管理者、特に師長や副師長・主任レベルの方々が日々取り組んでいる「会議準備」「研修計画立案」「アンケートの実施と集計」「看護研究」といった分野に活用できるのではないか、ということが見えてきました。これらの仕事は、真っ白なワード文書を前にして、自分一人で一から考えていかなければならないものばかりです。そこに、適切な質問や投げかけをして自分の中にある漠然とした考えを引き出してくれ、それらを適切にまとめて出力してくれる対話型生成AIがあれば仕事も捗りますし、「一から自分一人で考えなければならない」という重たさから解放されることで、管理者の心理的な負担も軽減されるはずです。私たちはそのように考え、看護管理者の仕事を効率化するソリューションの開発を続けています。

AIを活用することで、「人間にしかできない仕事」に集中する

もちろん、AIとの対話には限界があります。対話型生成AIは、まるで言葉を理解しているかのように振る舞いますが、真の意味で人間のように「理解」しているわけではありません。また、「与えられた情報をもとに適切な文体で文書をまとめる」ことには長けていますが、物事に関する正確な知識を持ち合わせているわけではありませんし、「問いかける人間の背景を深く掘り下げて、その人が本当に求めていることを汲み取り、それに合わせて回答する」といった高度な振る舞いもできません。

看護職は「生身の人間として患者さんや家族に向き合い、五感を働かせてニーズを汲み取り支援する」という、AIには代替不可能な、高度かつ繊細な専門性を持っています。看護管理者は、看護職としての専門性を活かして、スタッフや組織の状態を観察して問題や目標を設定し、コミュニケーションを取りながら部署を率いていく役割を担っています。

AIを使い、文書作成や情報整理などの煩雑な業務を効率化していけば、看護管理者はスタッフや患者・家族と対話する時間を増やし、「ひと」対「ひと」の対話やケアに時間を割くことができるようになるでしょう。そうした時間が増えれば増えるほど、「ニーズを汲み取って最適な支援をする」という専門性を活かした仕事に注力できるようになり、管理の質も看護の質も高まっていくはずだと私たちは考えています。

このマガジンが、AIを活用した看護管理の新たな可能性を考える一助となれば幸いです。

※このマガジンは、AI技術の中でも、特に「対話型生成AI」の看護領域への活用について論じるものです。本記事では、「対話型生成AI」を、「生成AIのうち、人間と自然な言葉で会話ができ、文章生成を得意とする性質を持つAI」と定義します。

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