配信されない音たち
前の記事で、2021年の個人的ベストがYOU THE ROCK★『WILL NEVER DIE』だと書いた。
2021年総括のレビューサイトを見ても、何人かの方がレコメンドしていたので自分の判断はあながち間違いではなかったと思った。2022年2月現在では配信されていない、フィジカルリリース限定の作品だが話題性充分だったということだ。
僕は楽曲だけでなくリリースに至るまでのストーリー性も考慮しての評価だったが、単にアルバムとして、やはり多くの人に刺さったんだなと思う。
多分にSpotifyの恩恵には授かっているものの、その影響でフィジカル限定のリリースに対する感度が低くなってしまったこの頃でもある。2021年にリリースされていたものの、今年に入ってからその存在に気づいた作品があった。そしてそういった作品は押し並べて素晴らしい作品が多い。
そこで、2021年発売のフィジカルリリース限定作品(のうち、気づいて購入して気に入ったもの)を紹介したいと思う。
dj honda × ill-bosstino『KINGS CROSS』
この作品に関しては2021年の発売時すぐに買っていた。
北のレジェンド、dj hondaとILL-BOSSTINOのコラボアルバム。偉大なる先輩に敬意を表して、「ill-bosstino」と小文字表記なのが粋だ。
THA BLUE HERBでトラックを手掛けるO.N.Oとは違い、煌びやかなdj honda御大のトラック。そこに乗るBOSSのラップも自然と前向きに、いつも以上に力強くなっている。
BOSSの言葉は的確に2021年時点の不安を抱えた心境を突いてくるし、なおかつ優しく背中を押してくる。dj hondaのトラックの上で、THA BLUE HERBで演奏しているときとはまた一味違った魅力が垣間見える。
dj hondaがアパレルのブランドとしか思っていないような人には一生聴いてほしくない、現役バリバリの日本最高峰のトラックがここにある。
志人『心眼銀河-SHINGANGINGA-』
志人の新譜が2021年5月にリリースされていたのを、年が明けてから知るという大失態を犯した。新譜の曲のMVは無いし、配信もしていないので売る気があるのかも分からない。trailerと下記のインタビューでそのあたりを感じ取ってもらうのが一番かもしれない。
インタビューの中にある「(楽器メーカーの)ヤマハ、僕は山葉って呼んでますけど、」の一節だけで200点だ。普段は山で暮らしているので新作を出してくれるだけでもありがたいし、今作は近年の志人の作品の中ではまだ理解しやすいように思う。(それでも十二分に難解だけど)
今作では作曲も自ら手掛け、相変わらずヒップホップというよりは詩人、ともすれば宗教の匂いがするという作風だけど、それでも自身の苦しみ、葛藤や「どう生きようか?」という部分を前面に押し出していて、そこがやはりヒップホップだなぁと思う。
そして下に貼った動画のように、今作もよく聞くと細かく韻を置いている。ずーっと踏んでいる。降神の頃や「志人/玉兎」名義で出した1st『Heaven's 恋文』の頃の作風に近く、懐かしさと新しさが混ざった、相変わらず志人にしか作れないアルバムになっている。
小林勝行『KATSUYUKISAN』
これまた新譜からのMVは出ていなかった。躁うつ病で精神病院、隔離病棟での生活から復帰した神戸のラッパーの3rdアルバム。
上で貼った2ndアルバムの楽曲『from 隔離室』が生々しく、ここまで生き様を晒してるラッパーはそういない。自分の中のもう一人の自分と対話してるところがたまらない。出された薬を飲まなかったのも実話らしい。よく出てこれたな。
現実への嫌悪感をつのらせて世の中のシステムを壊しに走り出し、方々で破壊を繰り返す。でもそれらはすべて所詮自分の頭の中だけの出来事で、現実の自分は変わらずどうしようもない生活を続けている。ということが詰められてる3rdアルバムなのかな。と思った。
破壊に走る部分にはおそらく実体験も多く含まれていて、切実なリアリティを帯びて聞き手に迫ってくる。そのヒリヒリした感情をラスト3曲で一気に現実に戻す回収の手法、構成と表現力が素晴らしい。
チプルソ『一人宇宙V -地球到達-』
大阪のラッパー、チプルソの4thアルバム。彼のアルバム『一人宇宙』シリーズはすべて買っているんだけど、I、II、IIIときてVになっている。けど今作が4thアルバムということで恐らく間違いないみたい。IVはお蔵入りなのか、そのうち出してくれるのか…
チプルソを知ったのはMCバトルの動画で見てからなのだが、バトルの段階でちょっと他と違うと思わせてくれた。大阪ではR-指定が無双状態の頃だったが、チプルソに惹かれる人も多かったと思う。
で、アルバム『一人宇宙』シリーズはその名の通りラップもトラックも、すべてチプルソが手がけている。客演なし、クラシックギターを弾いたり、ビートボックスをしてみたりと「自分のやれることは全部やる」という気概が感じられて好きなシリーズだ。
バトルではガチガチに韻を踏んでいるが、作品では詩的な部分に重きが置かれている。こういったタイプのラッパーは珍しい。今はバトルを引退しているとのことなので、より言葉に磨きがかかっているように感じられる。
チプルソに関しては年明けから、過去作も含めてストリーミング配信をしている。『一人宇宙V』リリース時には配信していなかったので今回の括りは許してほしい。
初期のCDはレア盤になっている。こういう時の誰に対するでもないちょっとした優越感が好きなので、これからも僕はCDを買い続けるだろう。
紹介した4作どれも素晴らしい出来で、後の3作は年明けに買ったので1月の音楽生活はかなり良かった。今後どうやって配信以外のリリース情報を追いかけようか、悩みどころだ。