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【第5話】世界樹の迷宮Ⅱ マイギルド創作話 【第4階層編】

※本記事は、アトラスの「世界樹の迷宮ⅡHDリマスター」をプレイしたときの体験をもとに脳内設定を膨らませて書いたものです。

前話はこちら

※オリジナルの解釈や設定・改変があります

前回のできごと
・不思議な力を持つハリューを狙うニセ衛士。人形兵やヴァスティラに危害を加えた彼に復讐しようとするカカリストにミヒンパーが割り込んだ。
・ヴァスティラと因縁のあるエスバットの挑発でサーロイネンが暴走しかけるも、ミヒンパーとカカリストが抑え込んだ。
・因縁の相手スキュレーとの戦闘で窮地に陥るも、カカリストのとっさの叫びがミヒンパーの目を覚まし勝利した。

前話ざっくり相関図


Myhinpää・Ⅰ


陽がまた昇る。

昨日はそれは壮絶な戦いだった。あの時のことを思い出すと、まだ興奮で息があがり、胸が高鳴る。歌を始めたあの頃以来の感覚だった。
そうだ、いつの間に置き忘れていたのか、、、

ミヒンパーは、日の出のよく見える丘の上に一人腰を下ろしていた。
ハリューにも、ロイネンにも、ヴァスティラにも、思えばこちらからだった。オレの歌を聞かせたかったし、一緒に歌おうともした。

『お前は歌うんじゃないのか!』

そうさ今が、オレの旅立ちの瞬間なのさ!
目を閉じて、陽に湧き上がった空気を鼻から吸い込む。陽光がまぶたの上を躍る。
ミヒンパーはニィと不敵な笑みを浮かべその場を後にした。

オレは歌うぜ…




The Magician / 吊るされた男


Kakaristo・Ⅰ


その街には、世界樹という名の巨木がありました。
その街には、地上の民が住んでいました。
地上の民は、天空の民と分たれた存在でした。
地上の民と天空の民は、ふたつでひとつの「いのち」を成していました。
天空の民は、地上の民が持つ「鍵」によって元の「いのち」を取り戻せるのを待っていました。

地上の民は、天空の民と再会するため、世界樹の登頂に挑戦しました。
世界樹に巣食う魔物たちの前に、幾人もの人が倒れていきましたが、地上の民たちは長い年月をかけて、少しずつその歩みを進めていきました。

あるとき、ある地上の民が世界樹への挑戦の道半ばで斃れてしまいました。
しかし、彼女はどうしても自らの手で世界樹を登頂したいという強い魂を持っていました。その結果、人の形を失っても「いのち」を為そうとする怪物になってしまいました。

さあ大変です。よりにもよって、世界樹への強い思いを持っていた人が、人々の前に立ちはだかる怪物になってしまうというのですから。
街の人々は、この怪物を元の姿に戻せないか試しました。
ある者は薬で治せないか試しました。
ある者は術で治せないか試しました。
ある者は歌で治せないか試しました。
けれど、どんな手を使っても、怪物を元の姿に戻すことはできず、非情な決断を下すほかありませんでした。
人々は呪いのようなこのできごとを恐れ、だんだんと世界樹の探索から手を引くようになっていきました。

それでも、まだ世界樹への挑戦をやめない人もいました。
さらに月日が経った頃、彼らは、人々の恐れるようなこともばねにして、ついに世界樹の頂上にたどり着こうとしていました。

そこには天空の民がいました。これで、元の「いのち」を取り戻すことができる、天空の民はそう思って喜びました。

しかし、たどり着いた地上の民は天空の民に剣を向けました。
彼らは、元の「いのち」を取り戻すことをすっかり忘れていました。
長い長い年月が過ぎ、その間にいろいろなことが起き過ぎたのです。

天空の民は、約束の「鍵」を持つ者が現れるのを待ち続けていました。しかし、人々は歩みをやめず、ついには天空の民の管理していた「いのち」の原形までも脅かされようとしていました。

そのとき、大きな黒い魔物が現れ、侵入者たる地上の民を散らしていきました。

そのうちのひとりに、詩人の男がいました。彼は、世界樹の頂上を踏み、その冒険譚を歌にすることが夢でした。それは、ある少女との約束でもありました。
けれど、それはついにかなうことはありませんでした。
黒い魔物に仲間たちを倒され、命からがら逃げかえってきた彼は、約束の少女に合わせる顔がありませんでした。

黒い魔物は、「いのち」の原形を守るために、侵入者を容赦無く退けて行きました。

詩人の男は街から姿を消しました。
彼はもう世界樹に挑戦することはありませんでした。
彼はもう歌うことはありませんでした。

やがて地上の民は戦意を失い、世界樹の上層に近づくことはありませんでした。

それ以降、黒い魔物が世界樹に現れることはありませんでした。

それ以上、人々が高くへのぼることはありませんでした。

*編集済*

…and get me higher and…
…tonight it's only me and you…

カカリストは上機嫌で何か口ずさんでいたが、ふと我に帰ったかのように読んでいた本から目を逸らし、本を閉じた。
「けほっ、ごほごほ、、、」
・・・どうやら長いこと開いていなかった本だったようだ。
彼女はしばらく胸を叩いて咳き込んだり、胸を押さえ目を細めてぜーはーとゆっくり呼吸したりしていた。

それからおもむろに、引き出しからメモを取り出し、そこに記していた文章を確認した。

『我らに天への帰り道を開け』




Sahloinen・Ⅰ


第2階層の番人・炎の魔人戦に続き、今回のエスバットやスキュレーとの戦いも昏倒の中で終わってしまったが、目を覚ましてからのサーロイネンは少しばかり自信のある心持ちでいた。それと同時に、少し怖くもあった。
魔物化して戦っていた時は、ハリューやミヒンパーからの力が流れ込んできた。形は違えど、いずれも激しく「生」を求めるような衝動を与えた。

異なるものがぶつかるときには何かが生まれる。
この冒険を始めてから、何か信条めいたものをいくつか思い出してきている。天空の城の主:天の支配者によって植え付けられたものという可能性もよぎるが、それについて考えずにはいられなかった。

…ミヒンパーの歌は簡単だ。まるで「俺が絶対だ」とでもいうかのような自信に満ちた「生」だった。だからこそ、本当に受け入れられた時以外(例えば戦闘時以外などに無理やり聞かされるのだが)は効果が薄いように感じられた。まあ、これはこれで理解しやすくていい。

…一方、ハリューから流れ込んだ力は別の問題を抱えていた。
サーロイネンはおもむろに自分の銃を取り出した。
ハリューの場合、その「生」を求める力とでもいうべきもののトリガーは、少なくともサーロイネンの「命の危機」であった。
銃口を自分のこめかみに当てがった。そうだ。まさしくこれがトリガーだ。こんな、人を捨て、何を犠牲にするのも厭わないような「生」。これを植え付けた「奴」を否定することこそ使命と思ってきたが、、、
正しかったのだろうか・・・?
不吉な予感を打ち消すかのように、目を閉じ引き金を引いた。



・・・弾は入っていなかった。




Västilä・Ⅰ


異形の魔物スキュレーの予想外の攻撃に倒れ、カカリストに担がれたままで「そこ」に入ったのだが、目には見えなくとも、その匂い、温度、肌に感じる空気の圧力は、完全には忘れてはいなかった。
ヴァスティラは、ふたたび第4階層「桜ノ立橋」へと歩を進めたのだった。

魔物スキュレーにされてしまった、アーテリンデの姉。仲間の前で懺悔するかのように、彼女を救うと宣言しておきながら、自分は結局何もできなかった。。。
戦いが終わってから何も話さなかったが、カカリストの機転とミヒンパーの歌のおかげでなんとか危機を脱し、エスバットとの因縁も、彼女らなりに納得のいく形で収まったようだ。カカリストは、俺も含めた仲間たちにいつものように感謝と労いの言葉を投げかけてくれるだろう。それも本心から。彼女はそういう人間だとわかっている。
だからこそ、ヴァスティラの中にある黒い姿をした人格は、彼をまだ何もなしえていないものとして追い詰めていくのだった。

ヴァスティラは、カカリストからの手紙を受け取ったとき、自分にはできることがある、やらなくちゃいけないことが今ならできると信じていた。
炎の魔人、そしてスキュレーとの戦いで「黒い魔物」を見ることになるまでは。
ハリュー、サーロイネン、お前たちなのか・・・?
けれど、そのことについて触れようとすると突然胸の鼓動が強かに打ちつけ、身体中を冷気が駆け巡る。いまだそれに打ち勝つことはできないでいるのだった。


・ ・ ・


あれから第4階層「桜ノ立橋」の攻略を始めてはや数日。今日もミヒンパーが巫術を応用した歌を歌っている。ここまでの冒険を経て何か閃いたのか、自信がついたのか、また一段とよく通る声が響いていた。

ヴァスティラの職業はバード(吟遊詩人)、それは、音を奏で、パーティ全体の能力を向上させる職業。大抵のバードは楽器の演奏に自身の歌をのせることでスキルを発動するが、彼の場合は違っていた。
過去にこの階層で味わった経験から、彼のスキルから「歌」が消えたのだった。
彼は今、「歌」を持つミヒンパーの隣に立って、失ったものを覆うような勢いで、楽器での演奏のみに専念していた。
この間までまだ荒削りだと思っていたミヒンパーだが、第3階層での活躍といい、目を離さずにいられない。もちろん喜ばしいことだと分かってはいる。分かってはいるのだが、なぜか胸が抑圧される思いがする。
特に最近は、カカリストも彼のスキルを高く買っている言動を取るようになってきている。
…何かを戒めるかのごとく、ヴァスティラはゆっくりと肩を上下させ深く呼吸した。

他の仲間に見えないよう、腕の古傷にアームバンドをつけ直して休息を終えた。




The High Priestess / 死神


Harju・Ⅰ


まただ、「生」を叫ぶ声が聞こえる・・・!
気付けば、両の眼はひらひらと青空を横切る一匹の蝶を追っていた。
抗えない感覚に戸惑いつつも、一歩一歩確実にその蝶を追いに歩を進める。
いったいこの先に何が・・・

「おい、どうしたハリュー」後ろからサーロイネンの戸惑った声が聞こえてくる。
他の3人もサーロイネンの後に続いて来ていた。
道の突き当たりで目にしたのは、クモの巣にかかっている一匹の蝶だった。
ハリューには、先ほど横切った蝶は仲間を助けるために合図していたのだという不思議な確信があった。
弁明するかのような表情で振り返ると、サーロイネンたちも状況を理解したようで、その蝶を丁寧にクモの巣から逃してやった。
その蝶が仲間と合流し安全に飛び立つのを眺めていた一行だったが、ハリューはふと何かに気づき、半壊したクモの巣に振り返る。
そこではその巣の小さなあるじがせっせと修復作業に勤しんでいた。

・ ・ ・

今回の探索もだいぶいいところまで進み、休憩のために腰を下ろしたところだった。
サーロイネンに携行食料を渡されたハリューが一言「…いらない」
ハリューの異変には敏感なサーロイネンは隣に座り、他の3人に聞こえないようにしてからそのわけを問うた。

私がいることで、動くことで、生きることで、生きられたはずの命によくない影響を与えているかもしれない。こんな、本能のままに身勝手で選択的に生き死にを決めることが、自分に許されるのか・・・?

そんな内容の呟きを聞いていたサーロイネンは、ふうんと一言呟いてから、突然木の上に発砲し、蜂の巣を地面に落とした。いかにも中身の蜂蜜が詰まっていそうな、ずっしりとした感触が見て取れた。サーロイネンはそれを拾うと中の蜂蜜をきれいに採取してハリューに渡した。

「ハリュー、私は、自分でも何故だかわからないが、お前がいないと生きていくことすらできないと自覚している。これは多分、あの黒い魔物のことにも関係しているだろう。私は生きたいと思う。生きて少なくとも天空の城にいる仇を打ち倒す。そのためにはお前が必要だから、お前に降りかかる災厄は全力で打ち払うと誓う。」


瓶の内壁をつたう、すきとおった蜜が時を刻んでいる。


「黒い魔物に関係していると言う仮説が正しいなら、これは自分にしかできない、アイデンティティのようなものだと思っている。ハリューも、何か命の叫びを本能的に感じとってそれに従って行動したなら、それを自分にしかできないことと思ってみるのはどうだ?」

瓶の底に蜜が溜まりきった頃、先ほどの巣の住人か、あるいは蜜を横取りしようとしたのか、羽音が鳴り響き、数匹の蜂の魔物が現れた。

「ハリュー!」
いち早く異変に気づいたカカリストが駆け寄ってきて、貫撃の術式で撃ち落としていった。撃ち漏らした一匹がこちらに向かってきたが、サーロイネンが素早く銃を構え、精密射撃によって撃ち落とした。
いつもはいち早く睡眠の呪言などを仕掛けていたハリューは、ただ呆然として何もしなかった。帽子の影に隠れていたサーロイネンの表情がこちらに向いた。ハリューにはそれは穏やかな表情に見えていた。
「ほら、今だって、私も自分の考えでハリューを優先したんだ。これからだってそうだ。多分、カカリストも。それで予期できないことが起こるのなら起きてから対処するしかない。みんなそのつもりで世界樹を登ってるんだ。」
(私が…選択を…自分で…)

私は人間か?
私は魔物か?
私は…

”…永久に。”

何かがハリューに語りかけたような気がして彼はハッと天を仰ぎ見た。

雲は去った。

人間は選択し、奴隷は従う…永久に。

……

「うん、絶品だねぇこれは」「ん、結構いけるじゃねえか」と、ヴァスティラとミヒンパーが舌鼓を打つ。
「ほら若いのは食べろ食べろ。おじさんの分もあげるからさ。」ヴァスティラが携行食に採れた蜂蜜を塗っただけのものを、ハリューの口の中に押し込んできた。皆思い思いに蜂蜜を堪能していたが、ハリューにとってはただ腹を満たし疲れを癒すだけではない充足をにわかに感じたのだった。




Kakaristo・Ⅱ


今回の探索から帰還したカカリストは、同じく別階層の探索・採集に出していた人形兵のユバスキュラを傍に置きながら酒場の前を横切るところであった。

少し騒がしい。誰が有象無象を書き込むとも知れない掲示板にちらりと目をやった。が、すぐに視線を戻した。ユバスキュラは何も喋らない。

※あやしい冒険者について※
第4階層にて以下の一団から襲撃を受けたとの報告あり。悪徳な冒険者・犯罪者ギルドではないかと疑われる。情報求む。
・長髪の若い女性、刀を持ちながら、遠隔から攻撃を受けたとのこと。
・襲撃を受けた際、不思議な音を聞いたとの報告あり。音楽が聞こえたとの報告もあり。
・中には目つきの鋭く、目が赤く光って見えたと言うものもあり
・襲撃で受けた傷には呪術の類の痕跡があり

ハイ・ラガード公国 掲示684号


何が書いてあったのかなど知ることもなく、そのまま大公宮へと向かった。
世界樹の頂は近い。ついに”あの言葉”を試してみるか…




The Empire / サイフォン


Kakaristo・Ⅲ


『猛き戦いの舞曲』

さあ、私の名を呼んで!
あのときの言葉は覚えてる?
この手を取って応えてくれたなら、行けるでしょう!?

正直不安だったけど、結局ここまで来てくれた
空を切り、時を刻む、あなたを形作るこの宇宙
あなたの言葉は全て覚えているわ
いつまた聴かせてくれるかしら?

後日Kの自室から見つかった紙切れ


カカリストはヴァスティラの手を取って走っている。
フライングフィンの一行は、F.O.E.「幻惑の飛南瓜」から逃げている最中だった。
第2階層で遭遇した三頭飛南瓜と同様、マップ上で確認できないF.O.E.だったため、迷宮の曲がり角の先でばったり鉢合わせてしまったのだ。
迷宮の壁に抜け道を見つけ、そこに転がり込んでF.O.Eを撒いた。

ぜえ。はあ。ぜえ。はあ。

カカリストは膝に手をついて呼吸を整えている。
この間にも不思議と高揚感を感じていた。体の内に感じる熱も、このときは心地よかった。とにかく何かこの時が楽しくて仕方がなかった。
その視線の先にはヴァスティラがいた。


・ ・ ・


数分間休憩をとり、出発の合図をかけたがサーロイネンに呼び止められた。ハリューの様子がおかしい。いつまで経っても息が上がったままのようだ。様子を見に近づこうとしたところ、今度は呪言の触媒として使っているらしい装身具や鎖がひとりでに揺れ始め、カタカタと音を立てた。


Västilä・Ⅱ


その状況にヴァスティラは何かの気配を感じ取った。ロクに使い道のないと思っていた自分の喉だが、そこをやられたことには屈辱が残っていた。
間違いない、第3階層で一悶着のあったあのニセ衛士が仕掛けてきた…!
仲間達の間に緊張が走る…

突如薄紅の茂みから飛び出してくる硬質な緑。サソリ型の魔物数匹が躍り出てきた。
一瞬判断の遅れたヴァスティラに容赦なく降りかかる鋏をミヒンパーの巫剣が弾いた。
ミヒンパーは勢いのまま巫剣をくるりと回して地に突き立て、巫剣の先に取り付けた宝珠を顏前に当てがい叫ぶ。それが開戦の合図となった。
ヴァスティラも遅れまいと楽器を勢いよく掻き鳴らし、カカリストの雷の術式やサーロイネンのサンダーショットが乱れ飛ぶ。ハリューはまだ息を整えていたが、少しずつ落ち着きを取り戻しているようだ。きっとミヒンパーの歌が効いているのだろう。

鋭利な蠍の針をかすりながら勢いよく向かってくる魔物の群れにも音を浴びせかかる。”雷幕の幻想曲”、準備中のハリューの穴を埋めようと演奏にも力が入る。不意に、昔冒険者をやっていたときの奏法やフレーズが呼び起こされる。カカリストを見やった。その合図を待っていたかのようにカカリストが幻刀を地に突き刺し、稲妻がほとばしった。
サソリ達が一掃されると、続いてクモ型の魔物ベノムスパイダーや、大きなクチバシを持った鳥の魔物ディアトリマなどがぞろぞろと攻勢に出てきた。

歌のおかげですっかり回復したハリューがすかさず呪言で状態異常をかける。
しかし次々に押し寄せる魔物の軍団。思ってもいなかった長期戦を強いられると判断し、ミヒンパーが選曲を変えた。

"Light the FIREEEE!!!! / 火を灯せー!"

それまで睡眠やテラー状態の呪言を唱えていたハリューの動きが変わった。放たれたのは、敵を呪い状態にする罪咎の呪言。そして仲間たちはそれまでの攻勢からは一転して防御寄りの戦法を取り始めた。
罪咎の呪言が決まったのを確認すると、今度はミヒンパーではなくカカリストが歌い出した。さらに次のパートをサーロイネンが歌い繋ぎ、その間にミヒンパーは呪い状態の敵に斬撃を浴びせている。
これこそ、第1階層での3日間の哨戒任務のときからカカリストが考えていたという作戦で、呪い状態にした的の精神力を巫剣の斬撃・『呪吸大斬』で吸い取り、『巫術:転化』によって仲間に分け与えることで長期の探索を可能にする、ドクトルマグスとカースメーカーというあまり多くない職業の両方がいないと成立しないことから活用例は少ないものの、その有用性は広く知られている戦法だった。
普通のドクトルマグスとは異なる巫術や巫剣の使い方をするミヒンパーでも、歌のパートを転化相手に渡すことで同様のことができるようだ。

これなら心強いと思った矢先、例のニセ衛士の影が走った。前回のことから姿をあらわすのはリスクが高いとしてどちらかの根が切れるまで隠れて魔物を呼び寄せると踏んでいたのだが、何か妙だ。
その違和感の正体は向こう側からやってきた。これまでに対処してきた比較的小型〜中型の魔物だけでなく、ビッグモスや巨大な邪花といった大型の魔物が乱入してきた。こちらに攻撃するだけでなく、近くの小型の魔物を捕食するなど戦況は混迷を極めていた。
ベノムスパイダーやディアトリマはあのニセ衛士に操られている魔物達だろうが、乱入してきた大型の魔物達はそれとは違い、捕食対象につられてやってきたように見える。このまま長期戦では分が悪いと思われたが、それはニセ衛士の側も同じなようで、招かれざる客への対処に苦慮しているようであった。

歌に乗せた巫術:転化による気力回復は、攻撃役で消耗しやすいカカリスト・サーロイネンに優先的に回していたが、招かれざる客の乱入によって長期戦の見込みが薄くなったことで一旦中断となった。バードであるヴァスティラの演奏による強化術は効力が非常に長く、もともと長期戦向きのスキルである。ついに自分にまで転化の番が回ってこなかったことにヴァスティラは安堵と惜しい気持ちを同時に覚えたのだった。

突如、ニセ衛士が姿をあらわしたが、その姿は天地逆さになっていた。邪花のツタに捕らえられて醜態を晒していた。すかさずハリューの呪言で動きを封じ、サーロイネンが邪花の中心を弾丸で貫いた。鮮やかな青をした巨花は天を仰いで動かなくなる。
地面に突っ伏したニセ衛士は息を切らしながら、足掻くように口を開いた。

「みろこの惨状を。これが呪いの力だ、お前らの中にいるだろ、この力を使える奴が、そして、利用しようとしているやつが。その結果がこれだ。樹海の生態系にも、人にも害を成す、そんな力使っているやつなんかくたばっちまえってんだ…!」

ニセ衛士のその言葉に、ヴァスティラは悪い予感が当たったような気がした。
冒険者にも色々いる。開拓を進め資源を次から次へと掘り当てる者が増えると少しずつ競争が激しくなり、他の冒険者の穴場としていた採集場所も脅かされると考えるものも出てくる。
今は、まだそういった話も第2階層以下で時たま耳にする程度だが、人間の歩みは強かだ。いつしかこの世界樹の謎を全て解き明かし、全ての資源を利用することになるのかもしれない。
もたらす恵みと災いから信仰の対象とされることもある世界樹だ。それをよく思わない者が出てくるのも当然だ。
ましてやそれが、一人の人間の作りし自動人形、人ではないというのなら尚更だろう。中には、人でないのなら何をしてもいいという考えのものすらいる。
雇い主に吹き込まれたにせよ本人もそう考えているのだろうが、ニセ衛士の身勝手さに辟易しつつも、内心ではカカリストと彼女の研究のことを考えていて頭がいっぱいだった。

話し終わるやいなや、満足かとでも言いたげにカカリストが斬撃の術式を浴びせた。思わず目を伏せるが、斬撃は奴を縛っていたツタを切り裂いて後方へ飛んでいった。自由になったニセ衛士は状況が理解できないかのようにこちらを見ていた。
カカリストの焦点は、ニセ衛士には合っていなかった。まるでそこにはじめから人がいなかったかのような表情をしていた。

カカリストが人に直に危害を与える気がないことに安心したものの、それも束の間、突如として走った稲妻と打ち消しあってカカリストの斬撃は消えた。その稲妻のぬしであるF.O.E.「樹海の雷王」が現れた。この第4階層でも最上位クラス・頂点捕食者と言って差し支えないレベルの魔物である。

これに対処するにはやはり、ハリューのテラー状態にする呪言「恐れよ、我を」に頼るしかない。やつの言っていたことは詭弁だと理解していつつも、ハリューの力に頼ることにヴァスティラはひとり歯痒さを覚えていた。

しかし、手負いのニセ衛士はすでにこの場を離脱して何処かへ逃亡してしまった。
今、他の魔物と違って頂点捕食者たる樹海の雷王も打ち負かすことができれば、それはすなわち長く続いたこの戦いを終わらせることができるということを意味していた。

カカリストの指示とともに各々大技フォーススキルの準備に入る。第1階層の哨戒任務の経験が生き、探索と戦闘の長期化に慣れていたことでフォーススキルの発動に足る士気が高まっていたのだ。
「ヴァスティラ、最終決戦の軍歌を頼む、サーロイネン、至高の魔弾で足止めをしてくれ。その間にハリューはテラーを掛けられるか。手が空いた者は万が一のため私と一緒に退路の確認だ。いいか、ハリューのテラーが成功するまでは下手に攻撃せず様子を伺うんだ。」
カカリストの指示通り、サーロイネン跳び上がって「至高の魔弾」を放ち、雷王の歩みを止めた。
さらにヴァスティラが「最終決戦の軍歌」をかき鳴らして攻撃への耐性を高め、ハリューは呪言「恐れよ、我を」を唱えはじめる。
退路を探すミヒンパーだったが、樹海の雷王の咆哮とともに稲妻の檻に閉じ込められた。一歩も動かない樹海の雷王だが、この雷を操る力を備えた竜は決して油断できない相手だ。

しばらく雷の荒れ狂う檻を逃げ回るが、次第に雷の激しさは落ち着き、ついにはピタリとやんだ。
樹海の雷王は歩みを止めたまま睨みをきかせていたが、おもむろにカカリストが幻刀の鯉口を切る構えをとる。彼女は、後退のためにわずかに動いた雷王の四肢の筋肉の動きを見逃さなかった。樹海の雷王は、人間とも魔物とも異なる得体の知れないハリューの呪詛に完全に恐怖していた。

……"Dance with Lunacy"

…?一瞬、ハリューの姿が白く光ったような…?

カカリストは幻刀を構えて腰を落とし、一瞬ミヒンパーに目配せする。
ミヒンパーは小さく頷き、「よし、行け!」とゴーサインを出す。
すると、次の瞬間樹海の雷王の周りに数体のカカリストの姿をした像が浮かんだ。彼女の得意とする氷の術式による鏡像。さながら分身したかのような動きにただ見とれていた。
そしてカカリスト本人の姿が消えたかと思うと、各々の分身から毒々しいほど鮮やかな青い光線が伸び、敵を貫いた。
いつの間にかカカリスト本人の姿が現れ、幻刀をゆっくりと鞘に納める。浮かんでいた分身たちが砕け消えると同時に、樹海の雷王が崩れ落ちる。
非常に長く感じたが、一瞬のうちに繰り出された「超核熱の術式」に全員の目が釘付けになっていた。

天地をも揺るがす衝撃とダメージにテラーの効果も解けたものの、残る樹海の雷王は瀕死の状態だった。
トドメをさしに動いた瞬間、樹海の雷王から憤怒の雷撃が放たれ、ヴァスティラに直撃した。返しの炎の術式とフレイムショットが打ち込まれ、樹海の雷王は息絶えたが、差し伸べられたカカリストの手をヴァスティラは自分でもわけのわからないまま払ってしまった。

立ち直って後から思い返してみると、ミヒンパーがカカリストと何かの信頼関係を得たように思えたり、サーロイネンやハリューと連携することで手に余る力を付けてどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかという恐怖の種はあったのかも知れない。

少し落ち着いてから、戦いの後処理を始めた。各々倒した魔物の素材を品定めなどしているようだが、ミヒンパーが一人佇んでいる。様子を見てみると、彼の目の前に鳥型の魔物の雛が投げ出されている。先程の騒動で他の仲間と離れ離れに、あるいは仲間を失い一匹でいるのかも知れない。このまま放っておけば先の惨状のように他の魔物の餌食になってしまうだろう。
ミヒンパーは、両手で魔物の雛をすくいとった。雛はミヒンパーの手の皮を弱々しくもついばむが、ミヒンパーが何やら子守唄のような歌を聞かせてやると落ち着き、立ち上がる元気を取り戻した。おそらく回復の巫術を使ってやったのだろう。そのまま雛を人目につかないところへ運んでやり、持っていた携帯食を分けてやった。
ヴァスティラは、半魔の存在であるサーロイネンに何の躊躇いも疑いもなく協力できるミヒンパーならそうするだろうなと思い感心するのと同時に、その力も精神も世界樹の頂点に立つにふさわしい、と託すような、半ば諦めを表すような眼で見ていた。

「あっ」とハリューが叫んだ。またいつの間にふらふらと姿を消したのか。全員で声のする方に行ってみるとそこにはニセ衛士が倒れており、既に息は無いようであった。おそらく、満身創痍で魔物を操る暇もないまま寄ってきていた大型の魔物たちにやられたのだろう。
「死んでしまったか・・・ミヒンパー、すまない、大丈夫か??」カカリストが呟く。
ミヒンパーがニセ衛士の遺体を担いで言った。
「仕方ないさ、あのときはF.O.E.に対処するので一杯だった…それより、こいつを自由にしてやってくれて、ありがとな。
…ま、とりあえずこいつは冒険者ギルドに引き渡すか。」

幾ら向こうからの勝手なものとはいえ因縁のある相手との幕引きが存外あっさりしたものだったため、思わずカカリストに奴の素性が気にならないのかを尋ねてしまった。
「こいつがどんな目的で誰の差し金か…?
ふむ…まあ、今はいいよ。他にやることもあるし、さ。そんなことより、今はミヒンパーを手伝ってやろう。」
カカリストの活躍やハリューたちの力をよく思わない人間がいるかも知れないと言うのに、彼女が選んだのは「無視」であった。いや、無視すらも生ぬるい、これまで生きてきた中で一体何匹の小さな虫を潰し、払いのけてきたか覚えているものなどいない。明らかに他のことに集中していて、ふりかかるススをも燃やし尽くす熱量を持っていた。
きっと奴を殺すのに十分な機会が与えられたとしてもそのまま放っておいたのだろう。そこに必要な思考や感情なら他に回したいから。

ヴァスティラはなぜだかカカリストのそんな姿勢を正確に読み取ることができた。しかし、その先にあるものを受け入れることはまだ許してはいなかった。
ヴァスティラはカカリストの思いを知って、体にぽっかり穴が開いた心地がした。

穴が開いているのに感じる心があるものか。

ならば頭か。頭痛がひどくなってきた。幻聴のような威圧的な声まで聞こえてくる…

土の民よ!ここから先は我らが大地。この狼藉ぶりはなんたることか。またも鍵持たぬ者の先に進まんとするか?

突如として一陣の風が巻き起こりミヒンパーをおそう!
吹き飛ばされ尻餅をつくミヒンパー。気がつくと背負っていたニセ衛士の遺体が消えていた。

見上げると、一人の翼持つ者・天空の民がフライングフィンの行く手を阻むように現れる。その腕にはニセ衛士の遺体が横たえられていた。

「鍵」と聞いてカカリストはぴくんと反応を示す。

そして同じように反応を示すものがもう二人、
ヴァスティラとサーロイネンには動揺の色が見て取れた。

思わず銃に手をかけようとするサーロイネンを抑止するようにカカリストが声をあげた。

我らに天への帰り道を開け!

天空の民が羽ばたかせる、その両翼のリズムが一瞬狂うのがわかった。

「ここでの狼藉は詫びるが、その遺体は返してもらえないだろうか??待っていただろう?この言葉を。ほかにこの鍵を持っている地上の民はいない。それともう一つ鍵。いにしえの飾りを持ってくることも約束する。2日後、それを持って今一度ここへ戻る。さあ、そいつを引き渡してもらえないか。」

サーロイネンやハリュー、スキュレーといった人智を超えた存在の前には有翼人も霞むか、臆することもなく堂々と渡り合おうとするカカリスト。

「…いいだろう。我々もかねてより待ちわびていた。古き盟約の鍵を持つ者の登場を。今また天へと戻ることを望むというのなら、、、」そう言って天空の民は遺体を置いて飛び去った。

「あ、あいつは?」流石に連戦の後の騒動でこたえたのか、息を整えながらミヒンパーが立ち上がり質問した。
「ああ、あれは…」
ヴァスティラが何か言うのを遮るようにカカリストが答えた。
「天空の民。一般には知られていないが、この世界樹に昔から住んでいると言われている。」
ミヒンパーはさして驚いた様子もなく自然に受け取っているようだ。「へえ、各地の世界樹にはいろんな亜人がいるって噂があんだけど、直に見るのは初めてだぜ。」そう言って持っている巫剣に視線を移した。


ヴァスティラは、天空の民よりもカカリストの言動に驚きを示していた。

最近ではミヒンパーに協力し、彼の能力を高めることに力を入れているようにも見えるカカリスト。

過去には彼女を含めハイ・ラガードの民に自分の歌を聞かせ風靡していたヴァスティラだが、今やそれはミヒンパーのものになりつつある。
もやもやするときがないといえば嘘になるが、そのときには決まってミヒンパーの成熟を目の当たりにしたこと、自分の成したことの寡ないこと、自分の喉を縛る赤黒い鎖に抗えないことが思い当たるのだった。

それからミヒンパーの大成、それによるカカリストの幸せ、自分の痕跡の緩やかな死、といったことが頭の中を徐々に支配していった。





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The Hierophant / 崩落する展望塔


Västilä・Ⅲ


ニセ衛士の遺体を冒険者ギルドに引き渡した後、フライングフィンの一行は酒場に来ていた。

「遺体引き渡した後に酒場とは、まったく元気だねぇ…」ヴァスティラが呆れた様子で呟いた。
「仕方ないだろ、ハリューが行きたいって言うんだから。」とカカリストがハリューの方を見やる。
「"サイ肉のとろとろシチュー"。」
ハリューの前に乳白色の煮込み料理が運ばれてきた。肉や野菜から染み出したエキスが絶妙に混ざり合い、思わず頬が緩むような香りが湯気とともに立ち昇っている。

カカリストはメニューとは別のものを眺めていた。「ほう、ドクトルマグスの会合か、ミヒンパー、勉強してきたらどうだ?」彼女は依頼掲示板から振り返る。
ミヒンパーの巫術の使い方は、はっきり言ってかなり特殊だ。それに、彼は自分の特殊さを自覚しつつも自分の道を突き進んでいるように見える。そんな彼に真面目な巫道を今更学ばせることに効果があるのだろうか・・・?

「別に、彼の技術は信頼してるさ。今更基礎に立ち返れっていうつもりも無い。むしろ、その特異な技術を伸ばしてもらいたい。」
「どういうことだ?」とヴァスティラ。
カカリストはめんどくさそうにしているミヒンパーに向き直る。「一般的な同業者がどんなことをやっているのかよく見てみろ、お前との間にいったいどんな”差”があるのか、あるいは、無いのか。それをどう活かすかはお前次第だし、別に活かさなくても良し。
ただ、そもそも知らないというのと知った上で今まで通りにするのとでは違う、と私は思っている。」

「そ、そうか、そこまで言うなら行ってみるか??」
そう言ってにわかに乗り気になったミヒンパーは店主アントニオに連れられて店の奥に姿を消した。

ハリューがもくもくとシチューを食べているのと同じテーブルに座るカカリストとヴァスティラ。
「”差”かぁ…彼、本当に頼もしくなったねぇ。最初はドクトルマグスなのにバードみたいなことしてるなあって思ってたけど、もうバードの役まで十分こなせそうだ。おじさんも楽させてもらえちゃうね、これは。」にこやかに喋りながらヴァスティラはやれやれといった風で頭を掻いている。

カカリストの前にいつの間にか巨大な白い塊が置かれていた。カカリストはその塊を柄の長いフォークでつつきながら眺めている。
「な、なんだこのドデカいのは?」思わず驚嘆の声を上げるヴァスティラ。
「大苺大福。苺もさながらに蜂蜜を使った餡が絶品らしい、一口どうだ?」
カカリストは掘り返した大きな大福のかけらをフォークに刺して、ヴァスティラに差し出した。
「んじゃお言葉に甘えて。」身を乗り出したヴァスティラは差し出されたフォークを取って自分の手で大福を口に運んだ。
「あっ」「なんだ?いまさらやっぱかえせっても無理だぞ」空のスプーンをカカリストに返すヴァスティラ。「い、いや何でもない。」そう応えたカカリストの声は少し不満げであった。

「”最終決戦の軍歌”、それに雷王の雷撃を全て受けてくれたのはお前だろう。。。」カカリストがぼそっと呟いた。
「え?」と聞き返すヴァスティラ。
「せっかく呼んだんだから、まだ付き合ってもらうと言ったのさ。お前だって、数年前のあのままじゃ終われないだろ?」苺大福を食べながらカカリストが応える。
「う、そこ突くんだ…」
「それだけじゃない、今までもいろいろ経験を活かして攻略の役に立ててくれてるじゃないか。」
「でもねえ、これからは、むしろ誰も到達したことのない天空の城に行くって言うんなら、尚更俺にできることなんてそう多くないって、あんま期待しないでよね、ハハ。」
その言葉を待ってたかのようにカカリストが次の言葉を紡いだ。「なら、そろそろ新しい歌を作ってみないか?」

ヴァスティラはしばらく唖然として固まっていた。まるでこの空気に流れる長文をゆっくりと咀嚼しようとして噛みきれないでいるかのような時間だった。

カカリストはただ目の前の白い塊のかさを減らしている。

カラン、というスプーンの音が静寂を破った。
「お、食べ終わったか。えらいぞ。」
ハリューが、平らげたシチューの皿を一時的に店主不在のカウンターまで下げに行った。見るといつの間にかサーロイネンが皿洗いをしている。ハリューが皿洗いを引き継ぎ、サーロイネンが客の注文をとりに行った。
「なんだキョトンとしやがって、あいつら俺が留守のとき、たまに店番手伝ってくれるんだよ。」ミヒンパーを見送りに行っていたアントニオが戻ってきた。
「最初は何考えてるのか訝しんだもんだが、結構真面目にこなしてくれて助かってるぜ。まあ、俺ほどじゃないけどな。ガハハ、ハ、、はぁ。俺ぁちょっと疲れた。てか、なんなんだあの会合は…」
いつもの威勢は何処へやら、年相応の疲れた中年のように振る舞い始めるアントニオ。

「ミヒンパーのヤツ変に意気投合しちまったみたいでヨォ、ったく、終わったら戻ってくるよう言ってあるから、ちょっと休んでるくわ…適当に店見といてくれ……うぇっぷ」アントニオは店の奥に姿を消した。

ミヒンパーも、サーロイネンもハリューも変わったと言うことなのか、しかも俺が街に戻ってから今までのこの短い間に。俺は…

「…って、もう平らげたのかよ。」さっきまで皿の上で存在感を放っていた大福はすでに跡形もなくなっていた。
「あ。これいいな、亀の甲羅焼き肉。食べるか??」メニュー表に目を落とすカカリスト。
「いやあ、遠慮しとくけど、、、お前、これから肉食う気なのかよ…」とさらに引き気味に応えるヴァスティラ。
「そっか、、、じゃあ、一人分だけ頼もうかな」少し寂しげに応えるカカリスト。
「わるい、今日はちょっと先に帰るわ…歌の件は、考えとくよ。店主のおっちゃんによろしく。」作った笑いで席を立つヴァスティラ。
「ああ。気をつけて。」とカカリストが送り出した。


・ ・ ・


ハリューとサーロイネンももう寝ると言って宿に戻り、しばらくしてミヒンパーがドクトルマグスの会合から戻ってきた。
ヴァスティラの座っていた場所にどかっと腰掛ける。
「ふー、戻ったぜー。最初は面食らっちまったけど、意外と話せるヤツらでさあ、向こうのギルドの話とか技術もこれがなかなか面白くって、つい長くなっちまったぜ。今度はオレの歌をアイツらにぃ…
…って、カカリスト、お前そんなに腹減ってたのか!?ハハッ、すげえな!」
カカリストは先ほど頼んだ肉料理を口に運んでいたが、傍には空になった同じ皿がもう1枚置かれていた。
「あー、迷宮ではだいぶ消耗したからな、空腹だったところにハリューが提案してくれて助けられたよ。」と弁明気味にカカリストが応える。

何か面白いものを観察するかのように不敵に笑みを浮かべるミヒンパー。「あーそうだ、アントニオのおっちゃんいるか?あのギルドの奴らから預かってきたんだけどよお、」
店番に復帰したアントニオがあからさまに焦りだし顔をしかめる。

「…なあんだいらねえのか、じゃお前さんにやるよ、この黒焼き。回復の効果を高めたり、状態異常の予防、二日酔いなんかにも効くってハナシだぜ。アンタ結構飲むだろ??」
「はっ、バレてたか…じゃ、お言葉に甘えてもらっておこうかな。」
その声は気のせいか、少し鼻声気味に聞こえた。
(明日は大公宮に用があるからな…あれを受け取る手筈は整ってる…
…でも……)

「詩だけでも…」


・ ・ ・


"Take me… take… me higher……"
誰かの歌にも似た呟きが夜の街に消えた。




女帝・Ⅳ


世界樹の頂点で美しく咲き誇る桜の花。擁するこの神樹の下には死体が埋まっている。
永遠に美しい園はけがれを知らず、不届きな侵入者を容赦無く喰い、その美しさを増していく。
死んだ夢は紅き花咲き乱れる坂を降り、燃え落ちて土に還る。

鮮やかな薄紅が視界の端を刺した。

「ヴァスティラ!!」衝動的に、先頭を歩いていた彼の名を叫ぶ。
彼が何か口ずさんだのは耐邪の鎮魂歌か、彼に降りかかる花粉を払い除けていた。
しかしその歌が届く前に花粉にやられ、意識が薄くなる。
手にした幻刀を地面に突き立て、体を支える。

視界が白んできた。世界樹の登頂を始めてからこれまでの研究での疲れが一気に押し寄せたように襲いかかる。
遂に目の前は一色になり、感じるのは己が打つ鼓動の次第に緩やかになることのみ。
(ヴァスティー…)
声にならない言葉が頭の中を抵抗もなく通過していく。


・・・彼の声だ!!
わずかに色が戻った気がした。韋駄天の舞曲が微かに聞こえる。


手を引かれて走った。まだ前は見えないが不安は無かった。どこへ逃げるかは問題ではない。彼方へ飛んで行った鳥が再びこの手に舞い戻ってきたことが何よりも重要だったのだ。

やがて足は止まる。鼓動が早い。やわらかな彼の声が聞こえる。
「…い、…いじょうぶ…、…っかりし…、カカ…」
疲れからその場に座り込んでしまった。危険かもしれないが、少し休んだ方がいい。このままだと戦うどころか歩くことすら危うい。


体が重い。
どこからか不思議な黒いローブがかけられて目を閉じた。


どん、と、弾丸が何かを貫く音がして、視界は再び一色となった。

ある女史の記憶




Sahloinen・Ⅱ


もう一つの鍵となるいにしえの飾りとやらをどこからか持ってきたというカカリスト。
それを持って先日の約束どおり4層の中腹までやってきたわけだが、あの有翼人は現れない。「約束忘れちまったのか?てか、いつもここにいるって訳でもないんじゃねーのか?」とミヒンパーがぼやく。

いや、サーロイネンには、盟約の言葉を反故にするわけがないこと・ここが天空の民の住処の一つであることをなぜか確信していた。薄紅と空色の淡いコントラストのせいだろうか、どこか懐かしい感覚すら覚えていた。
何か違和感を覚えた。よくない感じだ・・・!
このまま頂上まで急いだほうがいい、と仲間たちに助言する。

何か迫真めいたものを感じたのか、「ああ、そうだな、だが急ぎつつ、念のためフォースを貯めておけるようなら貯めながら進もう」というカカリストの言葉に、ミヒンパーの顔つきも変わった。

世界樹の作り出す天然の迷宮に惑いながらも、街に戻りながら日を費やして登るほどの余裕も無いと考え、ミヒンパーの転化を利用して世界樹の頂上へと登っていく。次第に空色の面積が増えていった。
それに伴ってか、敵の数もいやに減っていっている。
より正確には、倒さねばならない敵の数、だ。既に誰か、それも、普通の冒険者とは思えない者達が激しい戦闘を繰り広げた跡であることを示す、数多くの魔物の死体が転がっていた。

その中に見知ったものがいた。先日出くわした天空の民が、同じような格好をした数人とうなだれているのが見えた。カカリストとミヒンパーが率先して駆け寄り、治癒術を施す。周りを警戒していると彼が口を開いた。
「奴だ…天空の女王、我ら空の民を殺す魔鳥」
「ハルピュイア、か…」カカリストが呟いた。
「お前、どこでその名を…」ヴァスティラは怪訝そうな顔をしてカカリストを見つめる。
「いや、今はそれどころじゃないな、その何とかってのが原因の魔物なんだろ??」とミヒンパー。
天空の民は話を続ける。「汝らがこの階層に現れた頃からだ…天空の女王の活動が明らかに活発になり、我らにも被害が出ている。汝らに神の座への道を案内する手筈だったが、もはや収束を待つほかあるまい…」
ミヒンパーが彼の前に立て膝をつく「『我ら』って、、、ほかの仲間達は避難したのか??」
空の民はなんとか立ち上がれるまで回復し、世界樹の頂上を見やる。「いや、同胞達は神の座への道、我らの聖地が壊されないよう応戦しているが、芳しくはないだろう・・・だが今の長クアナーン様は聡明なお方…いたずらに犠牲を増やすようなことはしないと信じている。」

噂をすれば、空の民の視線の先から一人の有翼人。立派な角と飾りを身につけ、どこか威厳のある風格を醸し出している。
「クアナーン様!」そう叫んだ空の民のもとに、長クアナーンは舞い降りた。
長は口を開く。「我らの聖地、神の座への道をこれ以上侵させまいと応戦を試みたが、、、やはり一度退くしかあるまい。命無くしては再び神の声を聞くことも叶わぬ。」
一転してフライングフィンの一行に目を移すと、少し驚いたような表情を浮かべて話し始めた。「汝らが古き盟約の言葉を持つ土の民か?なるほど、天空の女王が暴れ出した因果としては、頷ける。それにその手に持つもの…それはいにしえの飾り。確かに汝らこそ我らが待ち望んだものたちかも知れぬ。」

順番を待っていたかのようにカカリストが口を開いた。「天空の民の長、クアナーン殿、貴方の考えと同じならば、天空の女王たるハルピュイア、彼方か、我々のどちらかが斃れるまでは大人しくなることはないのでは?であれば、その脅威の排除、我々に請負わせてはくれないだろうか?」まるで紹介するかのようにサーロイネンの隣に立つカカリスト。
クアナーンは、こちらを認めるとも試すとも取れるような表情で応答する。「ああ、汝らの中にはこの場所に因縁のある者が多いようだ。その因果を果たすのも、全能なるヌゥフの導きなのかもしれぬ…いいだろう。父為るイシュと、母なるイシャの仔、空の民の長として許可する。神の声を再び聞くことも叶うというもの。」

ひとり口を半開きにして腑抜けた顔をしているミヒンパー。「な、なんか異種だの医者だの、因縁がどうとかよくわかんねーけど、要はそのハルピュイアを倒せば、天空の城への道が開かれるっていうんだろ?なら、こういうのはどうだ?」
そう言ってミヒンパーは懐から2本の小瓶を取り出した。

これは?と尋ねると、待ってましたとばかりにミヒンパーが答える。「こないだの巫術師のギルドから貰ったんだが、アクセラって言って、飲めばフォースを上昇させる効果があるって話だ。ほら、ここまで街に戻らずきたからフォースは貯まってるだろうが、まだフォーススキル使えるほどじゃないからな。」
そう言って、2本の小瓶をサーロイネンとカカリストに渡した。

ハーブ類を彷彿とさせるいかにも滋養強壮のありそうな、鋭く刺す味と香り、そして飲み終わると体が温まり昂揚感と脈が早まるのを感じる飲み物。
サーロイネンは一気に飲み干し他が顔色一つ変えず、カカリストが何回かに分けて飲みき干すのを待っていた。

「至高の魔弾」と「超核熱の術式」の準備は整った。

「この先に、天空の女王がいる、我らの聖域がある。気を付けろ。奴は美しい歌声で惑わしてくる。」クアナーンの忠告を確と受け止め、世界樹の頂上に再び足を踏み入れた。


世界樹の頂上という標高にありながら重い気圧を感じた。
どこからハルピュイアが現れてもいいよう、敵の動きを止めるサーロイネンの「至高の魔弾」と、状態異常への耐性を高めるヴァスティラの「耐邪の鎮魂歌」を準備しつつ、広場の中央へ歩いていく。ハリューも「恐れよ、我を」を準備しようとしていたが、カカリストの助言で敵の攻撃力を下げる「力祓いの呪言」に切り替えた。ハルピュイアにはテラーが効かないということか?どこまで調べ上げているのかと感心しつつ周りを観察する。
薄紅の花弁。黒い羽。薄紅の羽。
それぞれ世界樹のもの、天空の民のもの、ハルピュイアのもの出会ったことが窺える。
ハルピュイアはまるでここへ来たる何者かに対抗して猛り力を見せつけんと暴れているようにサーロイネンには思えた。

その答え合わせをするかのように、ハルピュイアは突然サーロイネンの前に現れた。
2つの叫びが世界樹の頂上に響き渡る。1つはハルピュイアの歌声、もう1つはミヒンパーの巫術によるものだ。まるで歌合戦とでもいうようなミヒンパーに、ヴァスティラの奏でる「耐邪の鎮魂歌」が加勢に入る。
この隙に準備していた「至高の魔弾」を放つ。とびきりの重量を誇る銃撃にハルピュイアもたまらず地に伏せる。そこへカカリストが幻刀を構え、一閃を解き放つ。鞘から放たれた氷弾にカカリストの姿が映る。そのそれぞれから、空よりも青白い何条もの光線が一瞬のうちにハルピュイアに突き刺さった。カチッという納刀の音とともにハルピュイアは姿勢を大きく崩した。「超核熱の術式」が決まったことを意味していた。
樹海の雷王をも瀕死に追い込んだ二撃を喰らってもまだ立ってはいるものの、予想外の威力に出鼻をくじかれたハルピュイアには、苛立ちを隠せないような顔で歯を食いしばっている様子が見て取れた。今度は相手の番か、と警戒するが、ハルピュイアは高く飛び上がり、フライングフィンの上空を飛び回りながら歌声を浴びせてきた。

「あいつ、こちらから攻撃の届きにくいところから…!」悪態をつきつつ雷の術式で応戦するカカリスト。耐邪の鎮魂歌が効いているとはいえ、ハルピュイアの歌声による状態異常を完全に防ぎ切れる保証はない。
「なら、威力は幾分落ちるがこの方法だ…!」サーロイネンはいつもの高威力の弾丸とは違う弾を銃に込める。そこから放たれた精密射撃は悠々と空を飛ぶハルピュイアの喉元を貫いた。
体格に比べると小さな銃弾で、威力も並みのものだったが、さらなる窮地に陥らせたその攻撃はハルピュイアの怒りを引き出すのには十分だった。先ほどまでとは異なる、美しさの中にも狂気や怨嗟の混じったような歌声が重くのしかかった。

突然、耐邪の鎮魂歌が止んだ。
それとともに、ヴァスティラがサーロイネンに向かって斬りかかった。次の精密射撃を準備しようとしたが思わず握っていた弾を捨てて飛び退いた。
まずい、混乱状態か。ヴァスティラは焦点の定まっていない目をして再び斬りかかってくる。
さらにそこへハリューが割って入り、ヴァスティラに呪言を唱えんとする構えでいる。「ハリュー!やめろ、お前まで混乱に…!?」そのとき、背後の上空からハルピュイアが急降下して襲ってきた。
とっさの判断でミヒンパーがヴァスティラの背後から近づき彼の体を抑えた。サーロイネンもハリューの体を抑えて身をかがめた。思わず目を閉じたとき、何かが聞こえた。

"Null thy Strength"

ハルピュイアの攻撃をまともに食らって吹き飛ばされてしまったが、想定していたよりはずっと軽微なダメージで済んだことに驚いた。今のは…力祓いの呪言か!?見ると、白く光る木の形にも似たオーラを纏い、不気味とも神秘的ともとれる白い目をしている、明らかに様子が違うハリューがいた。しかし、その目ははっきりとハルピュイアを捕捉しており、倒すべき敵が誰なのかははっきりと理解していると確信できた。
一瞬戸惑いを覚えるサーロイネンだったが、ミヒンパーの歌でも、自分に流れる魔物の力でも何でも使えるものは使ってきたんだと奮い立たせ、カカリストとともに戦線に復帰していった。

ハリューの得体の知れない攻撃にハルピュイアは戸惑うものの、ヴァスティラに混乱が効いていることを理解すると不敵に笑い、銃弾や術式を躱しながら、その傷ついた喉でさらなる歌声の圧をヴァスティラ目掛けて浴びせかけた。
思わずミヒンパーの注意が逸れ、ヴァスティラはミヒンパーを振り解いて剣を手にした。その際、ハルピュイアの歌声の影響か、無理な動きをしたようで、アームバンドが破けてその下の古傷があらわになった。

カカリストの動きが一瞬止まった。

ヴァスティラの剣がカカリストに振りかかった。




塔・Ⅳ


あの黒い影を見た。

その瞬間に、頭の中の五線譜はほどけて消えていった。
それが崩落の引き金だった。崩れさせまいと必死に手を伸ばした。
黒い影は呪いの言葉を呟いて天へと飛び立った。

何者かに引き止められて、手は黒い影に届かずに終わった。

この身体を縛るのは、この目を閉ざすのは、この口を塞ぐのは、歌。歌。歌。

…歌が聞こえる。
認めるしかあるまい。自分が失ってしまったものも、諦めてしまったものも、すぐ隣であいつが拾ってくれる。あいつならもっと高くへ昇華させられる。彼女もそれを願っている。
だから、全てを失ったこの場所まで戻ってこれたら、そこからはあいつの時代なんだ。
老兵は潔く去ろう。


・ ・ ・


それでも彼女はこっちを見ている。いつまでも、
いつから…?それはもう覚えていないほど前のことだったが、この地を離れていたときでもいつでもそう感じたものだ。
でも、もう潮時だろう。
もう一度返り咲けたら、もう一度頂上まで登れたら…そう言った思いも確かにあった。
しかしこれ以上は……俺なんかにはふさわしくないんだ……

だからもう視線を外してくれたらどんなに楽だっただろう。

これでもう終わりだ。そう思って楽器に手を伸ばした。




Kakaristo・Ⅴ


カカリストは左手でヴァスティラの振るった剣を直に受け止めていた。
その手からは周りのどの景色よりも鮮やかな赤い血がつつつと流れている。
1秒にも満たないわずかな時間だったが、カカリストにとっては数秒間の時が流れたように感じた。そのあいだ彼女はただ惚けたように目を丸くしていた。


・ ・ ・


天からのつんざく歌声が静寂を破った。ヴァスティラに押し倒され、首元に刃が突き付けられる。

「おっさん、正気にもどれ!!」と、ミヒンパーがヴァスティラを引き剥がし、再び抑え込みにかかった。
カカリストは立て膝をついて起き上がり幻刀を掴むが、いまさら左手の痛みを思い出して反射的に手を離した。周囲の喧騒の中にあって地面と鞘の奏でたかわいた音がやけにはっきりと聞こえた。
怪我した左手を抑えてうずくまるカカリストにサーロイネンが叫ぶ。「おい、カカリスト!そろそろ弾切れになりそうだ!術式の援護を頼む!」
飛び回るハルピュイアに弾を撃ち込んでいるサーロイネンだが、ハルピュイアもダメージを負った影響か、さっきよりも不規則な飛び方になり、効果的な部位になかなか射撃を当てられないでいる。

このままではこちらが先に消耗する…
ハルピュイアは変拍子のダンスを踊るように身を大きくくねらせたあと、急降下してきた。
彼方も性格に位置を捉えきるまではいかず、その足の下敷きになることは避けられたものの、風圧で吹き飛ばされてしまうカカリストとサーロイネン。

ハルピュイアは再び空へ舞い上がり、次の攻撃の準備をしている。

そんな魔鳥の巻き起こす不吉な風の中、ローブをはためかせハリューが立ちはだかった。まるでこの不吉な風をも味方につけんとするかのように、彼に力が集まっていく…!

"Pity the Weak"

ハリューの周囲の地面から白いイバラのようなものが突如として生え、その数本が衝撃もなくハルピュイアに突き刺さった。だんだんとハルピュイアの顔が青ざめていく。
あれは…今度は軟身の呪言の効果か??いや、なんでもいい、ここで押し切るしかない。鞘を持つ左手は使えないが、右手で無造作に幻刀を掴み取り、ハルピュイア目がけて思いっきり投げつけた。

風に煽られた幻刀は力なくハルピュイアから外れるものの、それも計算に入れていたのか、カカリストが叫ぶ。

ロイネン!


!!

その叫びに突き動かされ、サーロイネンが精密射撃を繰り出した。

射撃は宙を舞う幻刀の鍔に当たり、鞘から刀身が引き出された。
上空に舞う幻刀からするどい光が差し込んだ。
雷の術式。

その瞬間、空を支配した歌の主は意識外の方角からの電流に貫かれて、地上へと燃え堕ちていった。
フライングフィンの面々が天空の城に入る権利を得た瞬間だった。

「まったく無茶なことを言う。」と愚痴るサーロイネン。
「"ロイネン"ならやってくれると信じてたからさ。」カカリストはさっきまでの戦いが嘘のように平然としている。
「ヤロー。」サーロイネンはほくそ笑んで、ヴァスティラに肩を貸して歩いてくるミヒンパーを出迎えた。





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The Lovers / 星を見上げたものたち


Sahloinen・Ⅲ


ハルピュイアを下して数十分後。正気に戻ったヴァスティラは外の景色がよく見える崖に腰掛けて休んでいた。背後にサーロイネンが姿をあらわした。
その気配を感じ取ったヴァスティラは観念したように口を開く。
「ああ、さっきは申し訳なかったな…完全に足を引っ張ってたよ…もっとうまくやれるはずだったのに。ここに来ると思い出しちまうらしい。まだ夢ばかり見ていた頃をさ。ここに来てまでこんな調子なんじゃ、ここより上は無理だよなあ。」

…歌は歌わないくせによく喋るな…
「別に、問題ない。アンタの腕力で倒されるような奴なんかこのギルドにいないからな。」
「…ハハ、手厳しいねぇ」ヴァスティラはさらけ出された腕をさすっている。
「だいたい、混乱状態になって迷惑かけたくらいで大げさじゃないか?そんなことしなきゃいけないのなら、私はみんなに何したらいいってんだ。」
ヴァスティラはサーロイネンの方に振り返らぬまま言を続ける。「いや、お前さんは戦闘でも十分活躍してるじゃないか」
「ならアンタもそれでいいだろう、耐邪の鎮魂歌のおかげでアンタ以外は混乱せずに済んでたんだ。」

「だとしても、だ。別に俺の曲にはミヒンパーのみたいにみんなを動かせる特別な力もない、この先何があるかわからないんだし、それじゃあ厳しいって。あいつの歌の方が凄いって、カカリストもサーロイネンもわかってるだろう?」

その物言いがサーロイネンの癪に障ったようだ。はぁ、と息を吐いてサーロイネンが話す。
「勝手にすればいいけど、アンタずっと隣にいておいて、あいつの歌ちゃんと聞いてたのか?」

「えっ。それはどういう…」
ヴァスティラが振り返ると、そこには黒い魔物がいた
…ように見えた。少なくとも一瞬、ヴァスティラの目にはそう映ったそうだ。

サーロイネンはヴァスティラと少し距離を空けて同じ崖に腰掛ける。
「あいつが歌ってないところなんて、想像できるか?」
「それは…想像できないねぇ…」
「初めて会った時からそうだった。最初は鬱陶しくも思ったものだが、あいつはいつでもどこでも、誰がいても、いなくても歌うんだろうな。私と会ってなくても今でも歌い続けてるだろう。無論、ハリューも、カカリストも、アンタがいなくても、だ。
それでも彼女はここにアンタを呼んだんだ。だから彼女は、

・・・って、私はなんでこんな話をしているんだ?
と言うか、アンタには他に話すべき相手がいるだろ?」

興味をなくしたように死神は立ち去った。


Västilä・Ⅴ


ヴァスティラは去っていくサーロイネンの姿をしばらくの間見つめていた。怯えていた囚人が突然解放されたように、ただ唖然としていた。

(俺が・・・いいのか・・・?いや、そんな資格は・・・
でも・・・)

何かを求めようとする手の形をした影が昇ってくる。反射的に口を抑えた。
口に手をやったまま肩を上下させ呼吸を繰り返し、落ち着いてきた頃、もう一度天を仰いだ。

"あ…Ah……"

弦を弾く。その喉にはまだ果たすべき役目があった。
空はだんだんと白んできていた。

"高くへ連れていってくれ…
魂が叫んでいる、君の愛がほしい…"

"そう 、伝えるよ Take me, take me higher…
君のそばにいる、この愛を捧げるよ…"

カカリストが20Fで聞いた歌声


ヴァスティラには知る由もないことだが、カカリストは桜の木の影で一人、歌の聴こえる後ろ姿をじっと見つめていた。


・ ・ ・


"People listen to my word!!"

"Hay - hay - hay- hay!"

"People welcome to my world!!"

"Hay - hay - hay- hay!"

広場に戻ると、たくさんの天空の民に囲まれてミヒンパーが勢いよく歌を披露していた。天空の民にもいろいろいるようで、最前列にはリズムに合わせて体を動かすノリのいい者もおり、さながら宴のようだった。

「ほら、あいつは歌うんだよ。」得意な顔を隠し切れないでいるサーロイネンが歩み寄ってくる。

俺が昔打ち解けられなかった天空の民と、会ったばかりだってのにもうあんなに・・・
「いい歌歌うじゃないか、まったく、あいつには敵わないな。」と独りごちた。表面上は今までと変わらない言動だが、その内には火が灯っているのを感じた。

……

『『BOOOOOOM!!!!!』』

突然、ミヒンパーの歌のフィニッシュに合わせてその背後で爆発が起こった。演出かと思ったが、当のミヒンパーも困惑している。
煙が晴れると、髪やローブが焦げてボロボロになったハリューがとぼけた顔をして歩いてきた。

サーロイネンが急行して何があったのか聞くと、ハリューはきょとんとした顔で、「木の実を触ったら、爆発した。」と一言。
とはいえ苦悶の表情もなく、たいした怪我も無いと見ると、そのシュールさにミヒンパーもサーロイネンも吹き出してしまった。これまで生命を司るような不思議な力を見せてきたハリューのこと、滅多なことでは倒れないという先入観もあったのだろうが。
「…ッハハ、ハハハ」
ヴァスティラは久しぶりに自然に笑えた気がした。







研究棟の自室に戻ったカカリストは、解剖結果からハルピュイアにテラーは無効では無いと知りショックを受けたという。

ユバスキュラは表情ひとつかえずそこに佇んでいた。



References


・前回

・前回の話で考えてたこと

・プレイヤー目線の記録


余談&実体験

実際にゲームをプレイしていた時の着想元などです

※やテ全・・・「やはりテラーは全てを解決する」の意

・大なり小なりオマージュ元:マクロス7、マクロスF、新世界樹の迷宮2、バイオショック、バイオショックインフィニット、Undertale

・歌詞のオマージュ元:
Dynamite Explosion / Fire Bomber
Empress / Odyssey Eurobeat
Light the Fire Up in the Night / ペルソナQ
Take me higher / Dave Rodgers
Boom Boom Fire / D.essex

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