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【第4話】世界樹の迷宮Ⅱ マイギルド創作話 【第3階層編】

※本記事は、世界樹の迷宮ⅡHDリマスターをプレイしたときの体験をもとに脳内設定を膨らませて書いたものです。

前話はこちら

※オリジナルの解釈や設定・改変があります


・前話ざっくり相関図

ギルメンと相関図
前衛:バード・ドクトルマグス
後衛:アルケミスト・カースメーカー・ガンナー

Infinite Being / 光源


死神・Ⅱ


舟が揺られる

…恥も外聞も、プライドも捨ててきた。……………もちろん、仲間すらも。


舟が揺られる

一面の黄金。 これが…夢…?わたしの夢…なのか…?


舟が揺られる

だから、ここに来たんだ。ただ、もっと生きていたかった…それだけだった…


こんなもの「生(せい)」じゃない

思わず後ずさりをしたら、片足が空を踏み抜いた。
透明な風が鳴いている…

だが、
…これで…いいか……
そう思って目を閉じかけたとき、
誰かに手を掴まれ、引き戻された。


舟が揺られるのに合わせて、歌が聞こえた気がした。

ある魔物の記憶

生とは程遠い、冷たい感覚が目元を刺した。
目を開けると、そこは一面の雪景色だった。第3階層『六花氷樹海』である。

サーロイネンはミヒンパーに背負われていた。2層の番人・炎の魔人との戦いで消耗していたのだ。
ミヒンパーは足を止め、鼻歌をやめて語りかけてくる。「お、気づいたか。さっきの戦いー」
ハリューは!?」ミヒンパーの言葉を遮って辺りを見回す。
前方には雪景色に溶け込みそうな白い髪、こちらに振り向きもしないままのカカリストが立っていた。後方ではハリューを抱えたヴァスティラがついてきていた。

思わず上体を起こすとミヒンパーはバランスを崩し、つられて背負われていたサーロイネンも雪の上に投げ出された。それにも構わず、ハリューの容態を問いかける。
「大丈夫、眠っているだけだよ。」ヴァスティラが優しく語りかける。その目はなぜかどこか悲しそうに見えた。

風が凪いだ。

安堵して気が抜けたのか、体を支えている手足に力が入らなくなる。
炎の魔人との戦いであんなことがあったんだ。無理すんな。」先程言いかけた言葉を言い直すミヒンパー。呆れた表情で近づいてくる。
「…くっ、 …す、すまない、
 恩に…着る…」

天空の城を目指す一番の動機の強さはメンバーの中で自分が一番、と言う自負があり、実際随所で急いで先に進もうとしていた自分が急に恥ずかしく思えて声が小さくなる。
ミヒンパーは構わずサーロイネンをおぶってつぶやく。「礼を言うのはこっちだって。俺の歌が届いたんだな。あの戦い、勝てたのはお前とハリューのおかげさ。」

歌…
確かに、わたしの目を覚まさせたのはこの「歌」だ…
だがこの感覚は何だ…

ああ、煩い…ざわざわと胸騒ぎがする
頭が割れそうだ…それも…ここの寒さの、せいか…


しかし、乗り掛かった舟は、暖かった。
あのとき乗っていた舟とは違うものを運んでくれる、あのときよりも、ずっと夢に見た景色に近いように感じた。




Kakaristo・Ⅰ


ハァーーーーッ………
極彩色の息を吐き出す。
・・・嗚呼、あついのは苦手だ。

アルケミストという職業は、空気中の元素を操作して炎、氷、雷の術式を扱う。その三態とはすなわち元素の運動の様子である。
アルケミストも人によって得意不得意がある。元素の動きを強制的に止めて冷気を発生させる氷属性は、一点への深い集中が要る作業だ。
逆に元素の動きを活発化させる炎の術式は、どうも霧散してしまうイメージが先行して苦手だ。集中も活発化も必要な雷の術式の方がまだ扱える。
ただ、一応、迷宮内でどのような魔物にも対応できるよう、炎も含めた全属性の術式を揃えてはいる。


・・・って、私は何を考えてるんだか。なぜこんな時に余計なことを…
嗚呼、あついあつい。まとまらない。

一面の雪景色に似合わない軽装の彼女を心配そうに眺めるミヒンパー。彼女は昔からああなんだよ、とヴァスティラが言った。
カカリストは寒さなどまるで気にしていないかのように、第3階層の樹海磁軸に向けてまっすぐ歩いていた。

カカリストは、大公宮へのミッション報告をどうしたものか考えていた。ハリューの放った呪言、ただのカースメーカーの技とは思えないものだった。。。あのときのことは正直には言うまい。
しかし討伐の物証はどうする?
炎の魔人は、最後は影も残さずに消え去ってしまった。したがって、フライングフィンの面々が第2階層の番人を倒したと立証できるのは、彼らが番人の守る場所を超えて第3階層までたどり着いたという状況証拠だけだった。

腹の中に温度を感じる。熱とは物質を構成する元素の運動の激しさだ。まだ何か蠢いている感じがする。
…軽く吐き気がしてきた。

スゥーーーーーーーーッ
わずかに口を開き、透明な空気をいっぱいに吸い込んだ。
フゥーーーーッ

ふと、樹海磁軸のそばにひとりの人影が見えた。街の衛兵のようだ。
彼はこちらに気づくと鎧兜の中からくぐもった明るい声で呼びかけた。
「フライングフィンの皆さんですね!おめでとうございます!炎の魔人を討伐されたんですね!」
どうやら話を聞くと、第2階層から第3階層への階段には、炎の魔人による結界が施されていて、それを破ってここまできたということはすなわちそれが討伐の証拠と認められるという。

カカリストは、ここ数年仕事場である研究棟に篭りきりで、第3階層まで足を運ぶ機会がなかったことをふと思い出した。
しばらくは迷宮探索からも離れていたからな…いつの間にルールが変わったのやら…

そうと決まれば大公宮へミッションの報告だが、サーロイネンとハリューを薬泉院で休ませなければならない。件の衛兵と、大公宮は性に合わないと言ってミヒンパーが付き添いとして先に樹海磁軸を通って街へ帰っていった。

「さて、私たちは大公宮へ報告に行くとしよう」ヴァスティラに微笑みかけるカカリスト。目標としてきた大公宮の依頼をこなしたというのに、彼女の心はまだ吹雪の中を彷徨っていた。


・ ・ ・


大公宮にて、正式に炎の魔人討伐ミッションの報告をした。
ハリューとサーロイネンの魔物化の件は、、、それぞれカースメーカーやガンナーとして成長したスキルを見せてくれた、として濁しておいた。
だが、

「これまで多大な尽力をしてくれたおヌシらの言うことを疑いたいわけではないのじゃが…衛兵からそのような話は入ってきてはおらぬ。」と大臣ダンフォードが困った声を上げる。
あの衛兵が大公宮への連絡を忘れていた?
「それに、魔人の…結界……?そのような話も初耳じゃ」

討伐の証明は昔と変わらず、戦利品を持ち帰ることか、公宮が認めた複数人に見届け人として証言してもらうことだった。
あいつ、嘘をついていた?じゃあ一緒についていったミヒンパーたちは…それに、そもそも3層以上に進めるのか…?

昇っていく体温を、聞き覚えのある高い声が冷ました。
「ご心配には及びません、閣下。炎の魔人の討伐、私たちがしかと見届けました。」振り返ると、ギルド "エスバット" の2人;巫医の少女アーテリンデと老銃士ライシュッツが立っていた。公宮も認めている実力者2人の証言もあって、ミッションは達成の運びとなった。
ダンフォードはまだ何か話そうとしていたが、ここはヴァスティラに引き継ぎ、ミヒンパーたちが気がかりでそのまま飛び出していってしまった。




Dim Dream / 幽かな夢


永劫・Ⅰ


何度北極星が入れ替わっただろう。


ほんの僅かでもそう願えば、簡単に命をつなぐことができた。
ただつなぐだけだった。
やめることなんて頭に無かった。そのうち本能的に終わりを拒絶するようになった。
まだだ、もう少し、この行く末を見届けねば、、、
それが自分への言い訳だった。
そのためにはいくらでもこの身を捧げた。
果たしてその甲斐はあったのか??


人間は選択し奴隷は従う。


恐怖に支配されての行動ならば、自分はどこにあると言うのか。

『命ず、輩を食らえ』




Sahloinen・Ⅲ


ハッと目を開けた。
比較的意識のはっきりしていた自分は、簡単な処置のみですぐにハリューの病室へ様子を見に行った。そこまでは覚えていたのだが、やはり少し無理をしていたのか、椅子に座ったまま眠ってしまっていたらしい。
(今聞こえた呪言は…?)

ちょうど、目の前のベッドに寝かされていたハリューも目を開け、身体を起こした。
「ロイネン?」
つい最近その名で呼ばれたことを思い出す。
自分の腹の辺りをさぐってみるが、気持ち悪さを微塵も感じないことが逆に不気味に思えた。
「大丈夫?」と、ハリューが不思議そうにサーロイネンの腹の辺りをぺたぺたと触りだす。

(あのとき、自分はハリューと一体になって魔物の姿になった…)
サーロイネンには、世界樹の頂点に居座る「奴」に出会うという冒険の意義があった。「奴」に出会い、魔物に化けるという自分の身に施したことの問いただし、場合によっては復讐までも…

…ではハリューは?もともと自分から分かたれた存在である彼、その出自から、最初は自分に同調してくれているのだと考えていたが、今は?
フライングフィンについてきてくれているわけを問うた。
眼下のハリューは手を止め応える。
「…最初は、君と私は同じ存在だった。だから、分離してからは、今まで自分だと思っていたものが全て離れていくように思えて、自分が空っぽに感じたんだ。それを埋めるためについていってみてもいいかもって…ね。」

(自分探しってことか…そのために迷宮探索とは普通に考えれば奇特なことだ。
しかし…やはりこの子には自分から分離した存在だからというだけではない、保護したいという欲望とさえ言えるものがある…)

いつの間にかハリューはとたとたと窓際に移動し世界樹を眺めていた。
「ロイネンはさ、冒険が終わったら、どうしたい?」
「どう…か…。うむ…」
(復讐の後、か、、、今はそのために樹海を登っている。冒険者以外の生き方などあまり知らない私だが、『その時になったら考える』なんて答えでは、なぜだかハリューに対して無責任だと思えて憚られる…)


ば ん


病室の扉が勢いよく開いた。「おまえたち、無事か!?」
そこには、目に不安の色を浮かべたカカリストがこちらの様子を確認して肩で息をしていた。

なんでも、付き添いの衛兵が不可解な言動をしており、私たちに危害が及んでいないか確認しにきたのだという。
「あ、ああ。私たちは薬泉院の医師たちに普通の検査を受けただけだと思うが、、、」
(いや待て、あの衛兵はどこに?眠ってしまった間に立ち去ったのか?)

「ああ、あの衛兵なら、さっきここを出ていくのを見たぜ。」と、カカリストの奥からミヒンパーが口を出す。
彼は衛兵とサーロイネンがハリューをみているからということで、施設利用の手続きにロビーに行っていたという。
カカリストがミヒンパーに詰め寄り、さらに情報を聞き出した。
「そ、そういやぁ、手続き待ちが長くて退屈だったんで、頭ん中で曲のイメトレしてたんだ。でそのとき、一度明らかに別の楽器の音がしたような・・・?なんだろ、鈴かなんかかな?」
カカリストは俯きがちに、曲げた人差し指の背にアゴを乗せ、いつものようにぶつぶつと呟く。
「鈴・・・まさか、睡眠の呪言か・・・?」

そのやりとりに、サーロイネンはぞくっとした。通常魔物に対して使う技が、害意を持って自分たちに使われたと想像して、喉元から脳天にかけて蒸気が飽和していく思いがした。こぶしに力が入るのを感じた。




Kakaristo・Ⅱ


取り乱してしまい、ここまで呪いの痕跡を見つけるのに全く気を配っていなかった。外の人混みに紛れては、もう見失ってしまっただろう…
睡眠の呪言…まさかあの時と同じヤツだというのか…?

その疑念は、より確信に近づいた。
フロースの宿でメンバー全員で合流し、ヴァスティラから、大公宮で新たに受領したミッションについて聞いた。
以前のミッションで大公宮へ持ち帰った「火トカゲの羽毛」、とある秘薬の材料となる代物だが、他にも必要な材料があるという。それが、第3階層・六花氷樹海の12階に咲くという「氷花」である。
さらに大ごとなことに、その秘薬を必要としているのがこのハイ・ラガード公国の大公さまであるという。もちろんこのことは国でも一部の人間にしか知らされていない。これまでの私たちの活躍と貢献を考慮しての通達だった。

問題はその後だ。
第3階層は公国の衛兵たちの実力では攻略ははっきりいって難しい。そこで、衛兵たちには必ず集団で行動をとらせるようにしているのだという。
つまり、迷宮の中で一人でいたあの衛兵がイレギュラーで、公宮の衛兵を騙っていたニセモノだということだ。なるほど。。。




……
………

何がなるほど、だ。せっかく大公宮から大事な任務を授かったというのに。

気に入らない。
嗚呼、あのあやしい衛兵のことの方が気になるなんて。




その日、久々に疲れを感じて早目に自室のソファに転がり込んだカカリストは夢を見た。

吹きすさぶ雪風、呪われた屍の山、その前に立つ二人の人影。巫医と銃士。

巫医は雪風にマントをたなびかせ、こちらを観察するかのようにしばらく立ち尽くしていた。そのうち、巫剣をくるりと一回転させ、シルエットを翻して遠くへ歩いていった。
銃士はこちらに何かを差し出す。うっとりするような青白い光を放つ、金属製の”それ”を受け取り、最初からそうするのが当然かのように、額にあてがった。


ば ん


引き金を引いた。視界は黒い影に塗りつぶされた。




…さて、その「氷花」だったか、昔の古い文献に発見した記録が残っているのだが、ここ最近開始された捜索隊からはまだ見つかった報告が上がってきていない。
捜索隊による花の捜索は日のでている時間帯だけで、夜間は第3階層の生態系のトップに君臨する「魔界の邪竜」という恐ろしいF.O.Eが活動するため、探索を控えているという。
となれば、私の「人形兵」たちの出番だな。第3階層まで持ち込むのは初めてで不安も残るが、遅かれ早かれ、だ。
まずは人形兵の夜間移動ルートを確保するため、自力で12階までの地図を作成する。それから魔界の邪竜との遭遇時に撤退する指示を人形兵に覚え込ませて、奴らの夜間の行動範囲を絞り込んでいくという計画だ。

12階までの道も、強斬の術式が様になってきたおかげで難なく攻略できていた。以前提案を受けていた、ハリューの「睡眠の呪言」で魔物を眠らせることで、いつもは霧散してしまいがちな物理系術式でも解析の時間を確保でき、効果を引き出すことができた。


・・・睡眠の呪言を使うというのが皮肉ではあるが。


Harju・Ⅱ


・・・「睡眠の呪言。」
動かなくなった魔物の群れを確認して、隣に立つカカリストが腰に下げた得物に手を回す。
一瞬刀身を抜いたかと思うと、魔物の群れのまわりにまるで空間ごと切り裂いたかのような斬撃の跡が浮かぶ。納刀に合わせ、魔物の群れは真っ白な雪煙と真っ赤な血飛沫を上げて崩れ去った。
あとはこの先の部屋を調べれば、12階で氷花の目撃例があった場所の地図は完成だ。
ここまでもまさしく場違いな強さを持つFOE「魔界の邪竜」には何体か遭遇したが、情報通り夜行性らしく、昼間には眠っていて襲ってくる気配は無かった。

アリアドネの糸で街に帰還してから、カカリストは人形兵たちの調整に取り掛かった。
夜が危険ということで調査が進んでいないのなら、人形兵を夜間の斥候に使うことでその穴を埋めるという算段だった。

今日も彼女は12階の地図、邪竜の足跡の記録とにらめっこしながら、人形兵に何やら術式を加えているようだった。

#Jyväskylä
...
go to 〜〜〜〜〜,
...
if 〜〜〜〜〜〜,
...
then 〜〜〜〜〜,
...
do 〜〜〜〜〜〜,
...
back to 〜〜〜〜〜,
...
...
...
end

結局、人形兵たちを12階層へ送り出せるまでに丸2日かかり、持ち帰った記録から氷花の咲く場所を割り出した。
「やはりな。昔に目撃の記録はあるのに、これだけ公宮の衛兵を動員しても1輪も見つからない。夜間にだけ咲く花だったわけだ。」カカリストは夜間の斥候を終えて帰還した人形兵の記録を書き下し、地図に場所をマークする。
結局、サラマンドラのときと同様、スムーズに氷花を採取し大公宮へと届けることができた。彼女のやることはなんでも簡単に思えてしまう。

大公宮へ氷花を献上するのと同時に、また新たなミッションを受けた。
大公様への秘薬の完成のためには、これまでに手に入れた火トカゲの羽毛、氷花、そしてもう一つ、伝承に語られる天空の城にあると言われる、「諸王の聖杯」が必要なのだという。つまり、元々天空の城を目標としていたカカリストやサーロイネンにしてみれば、彼らが世界樹を登る理由が1つ追加されたに過ぎないわけだ。
カカリストは大公宮を出たところでほほえんで語りかけた。
「これもみんなのおかげだ。特に、ハリューの呪言の習熟には大いに助けられている。君が我々の戦略の要だ。期待と感謝を。」

…わからない。私はこれに身を捧げていればいいのだろうか。
ミッションに真剣に取り組んでいたカカリストの姿は、掴みかけたものを離すまいとして急いでいるかのように、それと同時に、何かから必死に目を背けているかのように映った。

(事例1)



だが私は言えなかった。嘘をついた。
怖かった。
初めて魔物となったあのとき、古跡ノ樹海で、目の前に広がる一面の紅。そして"生きていないモノ"の匂い、うだるような暑さと生命を育む緑の中で、ハイ・コントラストな感覚が呼び起こされる。
大きな拒絶感を清算するかのように吐き出したモノには、色はなかった。


「ハリューが冒険に付き合ってくれているのは、本当はどんな理由なのだ?」


自他の「生」や「夢」への強力な執着・渇望のようなものを敏感に感じとるようになった。
時にその感覚は共鳴を起こし、自分でも制御が効かなくなることがある。
自分のこの力には何か意味がある、おそらく、空飛ぶ城の伝説とも…

…などと告白したら、、、
サーロイネン、ミヒンパーやヴァスティラも…いや、だめだ。気をつかわせる。もしかしたら冒険のモチベーションも落ちてしまうかもしれない…
カカリストに至っては何をしでかすかわかったものではない。せっかく見つけたこの場所をバラバラにしてしまう。


…嗚呼、結局自分本位、恐怖に飲まれたまで…

(仮説)



第3階層のさらに先、第4階層を目指し、この階層ももうひと息、というところ。
不意に何かに掻き立てられるような感情に襲われた。
おもむろに近くの雪面にしゃがみ込み、まじまじと地面を見つめる。この不思議な感覚の出所はここだ…

他の仲間には分からないのだろうか、様子を伺ってくる声をよそに雪をかき分けると、埋もれていた鳥の卵が出てきた。
ふと崖上を見上げると、この卵の元の居場所であったらしい巣が見つかった。
卵はかろうじて割れてはいないものの、放置しておけばどうなるかなど、言うまでも無い。卵の中からすら、生への渇望を感じ取っていたことにハリューは驚きつつ、その卵をそっと拾い上げる。
状況を理解した仲間たちが大事そうに見守るなか、ハリューは崖によじ登り、巣に卵を戻した。

そのとき、親鳥がちょうど戻ってきた。巣を荒らしにきたと誤解されないか、ハリューに緊張が走る。

どうやらハリューの試みは伝わったようで、親鳥は感謝を示すように身体を震わせると、一枚の美しい羽を落とした。

それを掴んで崖から降りてきたハリュー。仲間たちはしたたかなやつだと苦笑するが、ハリューの目には、その羽は自分のルーツのカギとして映り、しばらく大事に持っておいたのだった。

(事例2)



Crisis / 毒りんご


Kakaristo・Ⅲ


いつもなら見逃すはずがないのに。と自分を呪った。

熱を帯びた極彩色のゲルが、腹の中で鼓動を打つ。

氷花探索のミッションも終わり、油断があった。


魔物との戦闘を終え探索の準備を整えているフライングフィンの一行に、この辺りを警備していたのか、一人の衛兵がにこやかに語りかけてきた。

彼は冒険者たちをねぎらって、飲み水の入った袋を手渡してきた。その好意に甘えたヴァスティラが水袋を受け取って栓を抜き、水を含む。

ゔっ、が、かはァっ…ゔぐぅ…」その場に崩れ落ちるヴァスティラを見て、カカリストは急に目の前に憎むべき相手・フライングフィンを陥れようとした”ニセの衛兵”がいることに気がついた。

ミヒンパーとサーロイネンも武器を抜くが、衛兵は、その鎧をまとった姿に似つかわしくない身のこなしですでに遠くへと退避していた。

深追いするよりもヴァスティラの容態を確認する方が優先と判断し彼のもとに駆け寄る。
ヴァスティラは苦しそうにノドをおさえ、受け答えの声は少ししゃがれて聞こえた。
仮にも楽士であるヴァスティラのノドがやられたことに、カカリストはただ攻撃されただけではない激しい怒りを覚えるのだった。


・ ・ ・


街へと帰還したカカリストは、とにかく気を紛らわそうと酒場へ立ち寄った。
その瞬間、依頼掲示板に掛けられていたある1枚の紙が嫌でも目に入り、身震いした。間違いない。あのときの呪いの痕跡と同じだ。
依頼の内容は、”第3階層、人ひとりしか入れないような狭い横穴の奥に、お宝らしきものを見つけた、これを一人で取ってきてほしい。”
というものだった。
内容からして怪しさ満点で他の冒険者なら誰も受領しないようなものだろう。つまり、これは最初から特定の誰かを誘い出すためのものだということだ。
カカリストの目の色が変わった。

「ヴァスティラ、今日は大変だったろう。あのニセ衛兵に気付けずすまなかった。明日の探索は中止にして、ゆっくり静養してくれ。他のみんなも、明日一日中は英気を養っていてくれ。」


・ ・ ・


次の日、カカリストは迷宮第3階層;六花氷樹海の13階にいた。例の依頼で指定されていた場所だ。
辺りを見ると、確かに人ひとりしか入れなさそうな横穴が空いている。
そこへ一人の衛兵が歩いてやってくる。
「やぁ、待っていたよ。酒場で依頼を受けー」
衛兵が言葉を言い終わるのを待たずしてカカリストは腰に下げた得物に手を回した。
それに気づいた衛兵も瞬時に後ずさり、懐から何やら鈴のようなものを取り出して不快な音を鳴らし始めた。

呪言の直撃を恐れて防御姿勢をとるカカリストだが、殺気を感じた方向は彼女の真上だった。
見るからに固そうな甲羅を纏った魔物「はさみカブト」が、巨体でカカリストを押し潰しにかかろうとしていた。
彼女は横に転がって避け、上方を確認する。はさみカブトの群れがこちらへの攻撃の機会を伺っているのがわかった。

「…カンが鋭いな…だがこの手の魔物の群れ、お前のような職業一人で捌き切れまい」とニセ衛兵は呟く。
(こいつらで私を始末するつもりか。私の職業を外見からブシドーと判断しての計画だったのだろうが…)
カカリストは武器を振り上げた。

氷の術式を穿つ。続いて周りのカブトの群れに電撃が伸びる。雷の術式。
第2階層のF.O.E「三頭飛南瓜」の素材から作られた武器「ミラージュロッド」は、幻影を作り出し持ち主を守る。今彼女が身につけているのは、どこからどう見ても鞘入りの刀にしか見えないが、それは幻影で作られた幻刀であり、実体はれっきとした術師用の杖だった。

予想外の攻撃にニセ衛兵はたじろぐが、それが彼を逆上させてしまったようだ。鈴が打ち鳴らされ、はさみカブトたちは異常な大群と呼べるほどに集まってきた。
斬撃の術式以外は単体攻撃が主であるカカリストは、これを捌くのに苦労していた。体の所々にかすり傷を作っており、そこへカブトたちのいらつく羽音が重なり、だんだんと思考も定まらなくなりつつあった。


傷だらけのカカリストはすでに肩で息をしていた。
はぁ…はぁ…これ以上、邪魔をさせてたまるか…
周囲のはさみカブトたちが一斉に彼女に襲いかかる。

カカリストは腰を落としてふたたび幻刀の柄に手を掛ける。その鯉口を切ると、不自然なくらい鮮やかな青色に光る刀身が顔を覗かせた。

(やむを得ない、ここいら一帯を…)
カカリストがその術式を発動しようとしたそのとき、頭上で鳴っていた羽音が止んだ。
というより、何かにかき消された。




Myhinpää・Ⅰ


その日はなぜか、何かがヘンで、いつもと違う空気だった。

カカリストの言い出しっぺで、先日ヴァスティラが受けた怪我を気遣って、1日探索を休むことにしていた。
こういう時は、ミヒンパーは決まって鋼の棘魚亭に足を運び、練習も兼ねて歌を披露しているのだった。
そこでいつもと違う外套を纏った彼女を見つけた。俺の歌などまるで耳に入っていないかのように、掲示板に掛けられた依頼を一心に見つめている。
やがてカカリストは、掛かっていた依頼の紙のうち一枚を音もなくひったくると、酒場を後にした。


・ ・ ・


ミヒンパーは昼のうちに予定を切り上げて彼女を追った。向かった先は第3階層の13階。一人で来たのと、カカリストがやたら撒くような複雑な道を通ってきたのでいつの間にか夜になってしまっていた。
しばらくして、誰かが交戦している音と、聞き覚えのある鈴の音が聞こえてきた。

そこで目にしたものは、はさみカブトの群れと、少し隔てた場所に立つ例のニセ衛兵の姿。そして、魔物の群れの中に一人うずくまるカカリストがいた。
彼女の劣勢かに見えて加勢しようとするが、不吉な青い光が目に入った。
瞬時にミヒンパーはカカリストがただうずくまっていただけではないと判断し、対応を変えた。

人同士で争いやがって!俺の歌を聴けぇ!!

群がっていたはさみカブトたちは、羽音や鈴の音とも違う、聞いたことのない異質な音に困惑し、一瞬で散っていった。
ミヒンパーはその勢いのまま歌による巫術を発動し、近寄る魔物たちに巫剣で攻撃していく。

物理でも属性攻撃でもない、無属性の巫剣ははさみカブトたちに効率的にダメージを与えていった。
背中合わせにするように、カカリストは後ろから襲ってくる残党を氷や雷の術式で蹴散らしていった。

気のせいか? 一瞬舌打ちが聞こえたような…?

ニセ衛兵はミヒンパーの声量に対抗して鈴を打ち鳴らそうと腕を前に突き出すが、撤退していくはさみカブトの群れに気圧されてぎこちない動きになっていた。

(あいつ、また魔物を…!)
はさみカブトの群れに紛れてミヒンパーがニセ衛兵のもとに飛び出してゆく。やがて彼の目の前に躍り出たミヒンパーは巫剣を振りかぶるが、直前でそれに気づいたニセ衛兵は、とっさに腕を折りたたみ防御する姿勢をとった。
それを見てミヒンパーの判断が一瞬遅れた。振り抜いた巫剣は、衛兵の持っていた鈴を鈍い音とともに払い落とした。
ミヒンパーは振り抜いた姿のまま少しの間固まっていた。
対峙するニセ衛兵は状況が理解できないままでいたが、やがてこれを好機とみて逃げていった。

後ろで残党を相手どっていたカカリストは、鞘に収めたままの幻刀を、すでに息のないはさみカブトに何度も何度も叩きつけていた。魔物の甲羅はべこべこにひしゃげ、気のせいか焦げ臭い匂いがした。
溜めの一撃を振り下ろしたあと、今度は踏み込んで幻刀を下から振り上げ、魔物の死骸を茂みの中に吹っ飛ばしていった。

ニセ衛兵が逃げていったのを確認したカカリストは息を整える。
「フゥ、情けないところを見せてしまったな。心配させてすまない。もう大丈夫だ。」
そう言って雪面に転がった鈴の方へ歩き始める。
「…やめとけ。俺がやる。」
ミヒンパーはカカリストを制止し、鈴の上に立つと、巫剣を突き立て、鈴を破壊した。

「…すまなかった。冷静になれていなかったよ。他の3人に接触されるのはまずいと思っていたが、お前にだけでも相談するべきだった。」
カカリストはばつが悪そうにそう言ったが、あのとき見せた殺気には、口にした言葉の裏にある恐ろしい企てを想像させた。

「ったく、人を殴っちまうところだったじゃねーか」
その言葉は、ミヒンパーの本心を表すとともに、カカリストへの牽制を兼ねたものだった。


二人とも言葉少なに街へと帰還した。




Västilä・Ⅰ


その日の朝には、ヴァスティラのノドはすっかり良くなっていた。
俺ならもう大丈夫だ、と探索再開を掛け合いにカカリストの仕事場である研究棟を訪ねたが、留守だった。
鍵が開いている。
ヴァスティラは嫌な汗をかいていた。彼女の身を案じて中を覗いてみると、一目見て散らかっているとわかるような様子ではないものの、いつもの彼女ならしないような本の置き方、わずかに乱れたクロスの端、触媒のビンの並び方に規則性が無い。

「…心配だよなあ、やっぱり…」
とはいうものの何かができるわけでもない…昼下がり、ヴァスティラはあてどなく酒場へやってきていた。

店主のアントニオがいつものように威勢よく話しかけてくる。
「おう、フライングフィンの楽士サマじゃねえか!ミヒンパーの奴から聞いたけどよ、今日は非番なんだってな!?」
「ああ、今日は一回休みさ。 いつもので」
「…はいよ。」

・・・
ヴァスティラの前にノンアルコールのカクテルが出される。
「こいつは、頼んじゃいないぜ?」
アントニオは仰々しい仕草で応える。
「あちらのお客様からです なんつってな。」


(やれやれ、オレはなんでこういうのを断れないんだか・・・)




・・・次の日の朝、 鋼の棘魚亭。
カウンター越しにヴァスティラとアントニオが話をしている。


「こいつは、頼んじゃいないぜ」
「アイツの分だよ。 もうすぐ…だろ?」
「ああ… そう…だな…」


「アイツ?一体誰のことだ? てかおっさんたち何やってんだ?」


「「ハードボイルドごっこ!!」」


ガツン


「…痛あーい😭」
「はあ、朝からバカなことやって、マスターを困らせるんじゃない」とカカリスト。
「オイオイ、相変わらずヴァスティラには手厳しいじゃねえの。まさか、ヤキモチってか??そりゃねえか、ははは。」
アントニオの言葉にカカリストは面白くなさそうな顔をするが、つづく言葉に彼女の顔はさらに歪んだのだった。

「昨日はお前らも昼で帰っちまうしよお。ヴァスティラにはうちの依頼受けてもらった上に夜営業で演奏までしてもらって、大活躍だったんだぜ?昨日の依頼主の嬢ちゃんなんか、こいつの美声に聴き惚れちまったって話だぜ??」

・・・全く、あることないこと言ってくれるじゃないの。
「ちーがうって、公宮の衛士隊の楽士に欠員が出たからって、演奏のサポートに行っただけだよ。」

それを聞いて無意識にほっとしたカカリストは、自分の感情に気づいてそれを内心で恥じるのだったが、ヴァスティラには知る由もない事であった。

ヴァスティラは、カカリストの顔が緩んだのを確認して、自分のグラスに視線を落とした。
本当は、昨日の依頼で衛士隊に協力したとき、演奏だけでなく、バックコーラス気味には少し歌っていた。

その嘘で一体何を守れたのだろう。
ヴァスティラは、自分は果たして目の前にいる、他の誰でもない彼女に呼び戻されるような存在だったのだろうか。と自問していた。

カカリストには知る由もない事であった。




Incompleteness / 闇


女帝・Ⅳ

すぐに例の衛兵だと気づき、ヴァスティラが手にした水袋を横一文字に切断する。
「な…!」思わずのけぞるヴァスティラから目を逸らし、再び斬撃の術式を発動する。ニセ衛兵の喉元を斬撃が掠めた。

血走った目で奴を追っていたカカリストと彼女についていった仲間たちは、いつの間にか周囲が水辺の景色に変わり、危険な場所に誘い込まれたことに気付けなかった。


重量のある鋏の一撃に、ヴァスティラが倒れた。
対峙するは、私たちのレベルでは対処が難しいと思えるF.O.E、蟹型の魔物「水辺の処刑者」だった。
悪態をつきつつも、ニセ衛兵を追っているどころではなくなり、F.O.Eとの交戦に入る。

前衛で残ったミヒンパーが攻撃を耐えつつ後列の3人で攻撃を浴びせていくが、彼が倒れるのも時間の問題だった。
膝をつくミヒンパーへハサミが振り下ろされる。それを阻止せんとサーロイネンが果敢に飛び出していき、零距離射撃を食らわせた。
さすがのF.O.Eもこれには一瞬たじろぎ、少し距離をとった。
すかさず幻刀を振るい、電流がほとばしる。魔物の容姿の特徴どおり、電撃の術式がよく効く相手のようだった。
ハリューは長期間の探索で呪言を使う力が底をついてしまい、自信なさげに術使用の杖を両手で握って構えていた。この事態なので、彼も少しでも攻撃力の足しになれば、という思いで、鉄のような蟹の甲羅を「ぽこ」と叩いた。

それが魔物を怒らせたのだろう。突然激昂してきたのを見て、必死の思いでハリューの体を押し除けた。
やわらかな雪面に倒れ込んだハリューが次に目にしたものは、鋭利な鋏に貫かれた和装の錬金術師の姿だった。吐かれた血が周りの白景色を赤く染めてゆく。

魔物は、動かなくなった彼女の体をそのまま持ち上げ、鬱憤を晴らし誇示するかのように掲げた。
だがそれがその魔物の運の尽きとなった。サーロイネンの打ち込んだ弾丸が、動きを止めた魔物の片眼からその脳を貫いた。
魔物はカカリストの体を掲げたまま絶命し、バランスを崩し始めた。

唖然として倒れ込んでいたハリューだったが、彼の中で渦巻く感情がその手足を動かした。魔物へのダメ押しの一撃とばかりに、再び杖で打撃を加えたのだ。
魔物は雪面に倒れるかと思われたが、その地面は魔物の倒れ込んだ衝撃でばりばりと割れていった。湖面に張った氷の上に雪が積もっただけだったようだ。


カカリストは暗い闇の底に消えた。

彼女の視界はどんどん狭く、暗くなってゆく。
憧れのブシドーとは、死に美徳を見出すことと聞く。
あの人なら、こうしたのかもな…

いつもなら見逃すはずがないのに、と自分を呪ってもどうしようもない。
あの人は、真実を知ってどう思ったんだろうな…

腹に持っていた極彩色のゲルはもう無くなった感じがした。

やがて彼女は何も感じなくなった。
この記録のことさえも。

ある女史の記憶


割れた湖を前に両手を雪面につく。けれどもちっとも冷たさを感じることはなく、核熱のような激しい熱が体を覆った。

彼女から感じた「生」や「夢」の感覚は、以前とは明らかに異質になっていた。弱まっている、薄まっている方向にありつつも、いずれ方向を違えたまま、その絶対値は大きくなるばかりに思えた。
大きすぎる感情とはほとんどの場合災いを生むもの。その果ては一体…?

(事例3・corrupted)



ひそひそ…
(ねえ、聞いた?最近第3階層の奥地に出現するようになった謎の魔物の話…)
(ああ、なんでも、呪いの力で斬り付けられたような跡と、銃弾に撃たれたような跡が見つかってるらしいぜ…魔物どころかタチの悪い人間の仕業なんて噂もあるぜ…)
(呪術、斬撃、銃撃、あのギルドなんか、全部当てはまりそうだけどな…)
(いやー?同じギルドを考えてるなら、あの男はそんなことに加担しないと思うけどなあ…?)
(あら?でもリーダーの彼女なんかいかにもって感じじゃない?最近では大公宮にも顔が効くようになってきてるみたいだけど、ああいうのは裏で何しでかしてるかなんてわかったもんじゃないワ。)
(お前がいうと説得力があるなw)
(ちょっとそれどーゆー意味よ。)



Myhinpää・Ⅱ


六花氷樹海 15階、第3階層の最奥部、この一帯を抜ければもう第4階層は目前というところ、順調に歩を進めるフライングフィンの面々は足を止める。目の前には、ギルド "エスバット" の2人、巫医の才女アーテリンデと、魔弾の老銃士ライシュッツが再び立ちはだかった。

「…なんだあ?まあた大公宮に戻ってミッション受けてこいってか??」
かったるそうに両手を上げて肩をすくめるミヒンパー。その態度とは対照的に、神妙な面持ちで二人は話し始める。
「…そうね、今回もあなたたちにはある試練を受けてもらうわ。。。まずは話を聞いてくれるかしら」


・・・昔、とある巫医が仲間とともに世界樹の迷宮に挑み、この第3階層で命を落としたこと。
ミヒンパーは大公宮よりはマシという態度で巫剣を弄りながら話を聞いている。


・・・空飛ぶ城の伝説を裏付ける話。城の主人・天空の支配者と、彼の狂気の研究。
カカリストは腕を組んだまま顔色一つ変えない。


・・・かつてここで命を落とした巫医は、エスバットの二人だけでなく街の人々からも慕われた、アーテリンデの大切な家族だったこと。
ヴァスティラは気の毒そうにうつむく。


・・・そして、命を落とした彼女は天空の支配者の手にかかり、魔物として永遠の命を背負うことになってしまったこと。
サーロイネンは銃口を下げたままおもむろに引き金へと指をかけ、ハリューは無意識に小さく開いた口から慎重に息を吸った。


「このまま進めば、変わり果てた彼女と戦うことになる…」

「あんたたち、どうしても進むというのなら、この先にふさわしいか、私たちが試してあげる」
エスバットの二人は殺気を増している。
「…仕方ない、行けるか?」カカリストが問いかける。
「…いいぜ、聞かせてやる。」と巫剣の宝珠を口元にあてがうミヒンパー。

不敵な笑みを浮かべるアーテリンデは大きく雪煙を上げて跳び上がった。それが開戦の合図となった。彼女はミヒンパーめがけて巫剣を振りかぶり襲い掛かる。

ミヒンパーは微動だにしない。だが、アーテリンデの巫剣は彼に届く前にワンテンポ早いタイミングで振り抜かれた。彼女の巫剣は、ミヒンパーの後方から放たれた銃弾を弾いたのだった。
銃口から煙が上がったままのサーロイネンはアーテリンデを睨んでいたが、すぐに体を大きくよじる。なびいた髪の毛のカーテンに穴があいた。
「…お嬢様、彼奴は我が。」押し黙っていたライシュッツも、二丁の銃を構え、戦闘態勢に入った。

アーテリンデは武器を持ち直し巫術を唱えようとするも、カカリストが術式を散らして牽制する。
仮にも同じドクトルマグスとして、他者を弱らせるような高位の巫術を予見したミヒンパーは声を荒げる。
「おい!これ、あくまで模擬戦だよな?ルールはどうすんだ!?」
「そうね…どっちかが死ぬまでやるってのはどう?」

それを聞いたカカリストは目の色を変える。片手に持った幻刀を振り払うと、ゆっくりと宙に浮き始めた。
そのまま空中を飛び回りながら、アーテリンデに氷や斬撃の術式を浴びせていく。周囲の冷気を瞬時に固めて足場や攻撃手段として利用している、極寒の第3階層ならではの戦法を展開した。
アーテリンデも巫剣を使って氷弾を打ち返したり、踊るような巫剣さばきで攻撃をいなしていった。全ての攻撃を捌き切ることはできないものの、彼女はドクトルマグスであり回復の巫術にも長けていたため膠着状態になりつつあった。
ただ周囲を見惚れさせるほどの華麗な攻防戦が延々と繰り広げられるかに思えた。


Sahloinen・Ⅳ


サーロイネンとライシュッツは雪面を蹴り激しい銃撃戦を繰り広げている。
突然サーロイネンが足を止めると、その背後からハリューが弱体化の呪言を発動し、その一つ一つが一条の影となってライシュッツの元に伸びていく。
ライシュッツは老人とは思えない身のこなしで伸びてくる影をかわしながら、二丁拳銃による銃弾を雪面へと浴びせていく。雪煙に包まれたおかげで影の道が閉ざされ、呪言は行き場を失った。

そこへサーロイネンが弾をばら撒きながら、ライシュッツの元へ駆けていく。
舞い上がった雪煙の中から銃口を突き出したが、二丁の拳銃にいなされた。サーロイネンは突き出した銃をすぐに引き抜くと、その勢いで半回転する。敵に背を向けたかに思えたが、銃はライシュッツの方を向いたまま完全に引き抜いてはおらず、腕の下から後ろ向きに発砲した。弾はライシュッツの耳を掠めた。

たじろぐライシュッツにサーロイネンは向き直り銃を突き出すが、ライシュッツも追撃を許すまいとまたも二丁拳銃を交差させて受け止める。
ちょうど鍔迫り合いのような格好になったことで、サーロイネンは人間を相手取った事による闘争本能の湧き立ちを感じて戸惑いを覚えた。
老銃士は一瞬の隙を見逃さなかった。右の拳銃から力を抜き、サーロイネンの銃身を左の拳銃と自身の右肩で受け止めると、自由になった右の拳銃でサーロイネンの左耳を狙った。


バツン、 ーーーーーッッー……


一瞬聴覚を失い、朦朧とするサーロイネン。追撃を覚悟するも、ライシュッツは距離をとった。雪煙にあいた風穴から黒い影が伸び、呪言となってライシュッツを掠めたのだった。

はっきり聞こえるようになってきた耳に、ミヒンパーの歌声が入ってくる。立ち直ったサーロイネンは、俊足化の歌のおかげで先ほどよりも早いスピードでライシュッツを翻弄していった。銃撃を全てかわして彼の首に銃口を当て、警告した。
「お前の負けだ。天空の城への道…邪魔をしてくれるな。」

「…フン、甘いわ」
後ろ手に片方の拳銃で発砲したライシュッツ。その先には、ハリューが雪に伏せ倒れ、ミヒンパーも膝をついていた。
顔色を変えるサーロイネンが駆け出すのもままならず、ライシュッツはサーロイネンの側頭部を拳銃で殴りつけ振り払う。

ダメージを負ったもののまだ意識のあったハリューがこの階層で最後に見たものは、二丁拳銃の目にも止まらぬ射撃に蜂の巣にされ、目の前に仰向けに倒れるサーロイネンの姿だった。




黒い影が舞い降りた。


「魔物め、本性を現しおったか」
ライシュッツのその言葉どおり、先ほどまでサーロイネンが立っていた場所には、人の背丈ほどもある巨大な2丁の銃、血塗られた鎖と黒いローブを纏った死神のような、大型の魔物の姿があった。
それは紛れもなく、ハリューと融合し魔物となったサーロイネンの姿だった。

命ず、輩を食らえ・・・

そこにはもう、ただただ本能とでもいうべきものしか残っていなかった。立ちはだかるもの全てを排除してでも、なんとしても生き延びるのだという使命のみ。。。

風雪は勢いを増し、散った雪が陽光を乱反射させる。
それと同時に、無数の影がライシュッツに向けて伸びていった。
先ほどと同様に雪面を撃ち、雪煙で影の経路を塞ごうとするが、その数と速度には敵わなかった。
1本、また1本と、その影はライシュッツへと痛みなく突き刺さる。


雪煙が晴れた。
サーロイネンは終始そこに佇んでいるだけだった。何も仕掛けないのが不気味に思えたが、すでに行動は済んでいた。
「…っ…!」
ライシュッツはサーロイネンに向けて銃撃を浴びせるが、そこには先ほどのような余裕はなく、焦燥や、何か脅迫めいたものが感じられた。

おもむろに空を仰ぎ、片手に持った巨銃を天へと発砲する魔物。
突如として、サーロイネンの前にオレンジ色の球体が現れた。それは輪郭がはっきりしておらず、周囲のものを引き寄せるかのように周りの空間を歪ませて見えた。
ライシュッツの放った銃弾は、サーロイネンに届くことなく、全てその球体に吸い込まれていった。
ジャラジャラと音をたてながら、纏った鎖を振り上げ、何やら認識できない呪言のようなものを呟くのが聞こえた。

オレンジ色の球体は音もなくライシュッツのもとへ飛んでいき、爆発を起こした。


Västilä・Ⅱ


ヴァスティラは目の前の光景に手が止まっていた。
ミヒンパーは体勢を立て直し巫剣を手に取る。
ライシュッツは俯いたまま膝をつき、銃を構えることもままならないでいた。
サーロイネンはゆっくりとライシュッツに近づき、片方の巨銃を振り下ろした。


しかし、それはライシュッツには届かなかった。左右の肩に背負うように巫剣を横に構えたミヒンパーが、巨銃を受け止めて歯を食いしばっていた。

「爺っ!」
カカリストは、アーテリンデに焦りが生まれた隙を見逃さなかった。幻刀の収まっている硬質な鞘で彼女の巫剣をはじくと、柄を握り直し、鞘のまま勢いのある突きを放った。アーテリンデもすぐに巫剣を縦に構えなおそうとするが、受けた荷重を捌ききれず、巫剣は吹っ飛ばされる。

魔物の姿のままのサーロイネンとミヒンパーの競り合いはまだ続いているが、サーロイネンはもう片方の銃で無防備になったアーテリンデに向けて、数発の魔弾を放った。
思わず目をつぶるアーテリンデだったが、彼女が聞いたのは弾が有機的な肉体組織を破壊する音ではなく、無機的な金属と衝突する音だった。
カカリストが、弾丸を斬撃の術式によって斬り伏せたのだった。


風が唸り、髪がなびく。
暫時、状況が理解できないかのように動きを止めていたサーロイネン。その足元ではミヒンパーが荷重に耐えながら何か呟いている。

"RIDER…"

ああ、鼓動が激しくなっていくのを感じる。
ヴァスティラは目を閉じ演奏を始める。

"RIDER…"

弦を弾くその指は、天空の城へと導くかのように動く。

"RIDER…"

「もう少しであなたたちの勝ちなのに、、、どういうつもり?」と問うアーテリンデ。
「いや。なに、もっと他にやるべきことがあっただけさ。」
(だろ?お前たち…)

カカリストの心の声がそのまま聞こえていたかのように、ミヒンパーは声を張り上げ、サーロイネンの巨銃を振り払う。


「お前らとの争いなんてくだらねえ!
俺の歌をきけ!!」


ヴァスティラは演奏の激しさを増していった。

そうだ、今はこの舟に乗っているんだ。
俺たちの目的は、ここよりもっと上の階層にあるはずだ・・・!

サーロイネンは未だ魔物の姿のままであったが、殺気はすでに消えていた。


エスバットの二人は負けを認め、武器を引き渡した。

「お前たち、最初から死ぬ気なんてなかったのだろう」とカカリストが問い詰める。
「バレてたか…」と呟くアーテリンデ。「お嬢様…ここは我が」ライシュッツが庇うように語り始める。

「そうだ。文字どおり試させてもらった。今のフライングフィンの考えていることと、おヌシらの歌をな。」
「爺…ごめんなさい、貴方まで巻き込んでしまって…」「元より我らの合意の上での行いです。我はずっと、お嬢様のそばにおります。」

カカリストはそんな二人のやり取りを歯牙にも掛けない様子で話し始める。
「炎の魔人討伐の報告時からおかしいとは思っていた。我々に話を合わせただけかもしれないと思ったが、本当にあの戦いを見ていたのなら、魔物となったハリューとサーロイネンのことを黙ったままにしておくことが引っ掛かった。
我々を排除したいなら、フライングフィンの中に憎むべき魔物がいると吹聴して懸賞金でもかければいいからな。そうしなかったのは、彼女と対峙したときどうするのか、見極めたかったんじゃないか?」
「…そうだ。だが、最後に1つだけ確認させて欲しい。」
かつての態度から一転しおらしくなった老銃士は、一人の楽士を指差す。

「ヴァスティラよ。なぜまたここまで舞い戻ってきた?今のフライングフィンに、お前はなにができるのだ?」

「私が呼んだんだ。彼は大事な働きをしてくれている。」
カカリストが言ったその言葉は、無理にでも言い切るような言い方ではあったが、同時に、嘘偽りを孕んでいない真正なものであるという口調でもあった。
だが、ライシュッツはまるで「お前に聞いているのではない」と顔に書いてあるかのようにカカリストを一瞥した。アーテリンデも同じ雰囲気で佇んでいた。


ヴァスティラは懺悔するかのように、数年前の出来事を話し始めた。
「アーテリンデ、君たちも昔はよく俺の歌を聞きにきてくれていたな…だから、君の姉さんが魔物になってからすぐの頃、歌を歌ってやれば正気を取り戻してくれるんじゃないかと思っていた。」
「…でも、ダメだった…」

「あのときは、ただ生き延びたい一心で曲を変えた。彼女を救えなくてすまないと思っている。けど、今はこいつらがいる。俺にこんなこと言う資格ないのかもしれないが、今のフライングフィンに一度やらせてほしいんだ。」
ヴァスティラは俯いていた顔を持ち上げる。

アーテリンデは半分諦めたように応えた。
「…そう…わかったわ。彼女を殺し続けてきた日々が、少しでも報われるといいのだけれど…」
「お嬢様…! 承知しました。フライングフィンよ、おヌシらはこの先に進むにふさわしい。かつての我らの仲間・氷姫スキュレーとの戦いに臨むためにも、まずは一度街に戻り、体勢を立て直すがよかろう。」


そのとき、樹海全体に衝撃が走ったような感覚が襲った。
アーテリンデは何かを察知し、なにやら霧状のものを垂れ流す袋をフライングフィンに向けて投げ渡した。続け様に、彼らに向けて回復の巫術を発動した。

次の瞬間、エスバットの二人は分厚い氷の殻に閉じ込められていた。

アーテリンデから渡された袋から流れ出る霧があたりに立ち込める。周りの視界がなくなり、3人と1体は武器を構える。
次第に声が聞こえてきた。ミヒンパーの叫びとはかけ離れた、悲壮を際立たせたような、思わず耳を塞ぎたくなるような叫び声だった。

霧が晴れると、そこには青肌の美しい女性の上半身と、下半身部分に触手や貝、カニのハサミといった、水生の魔物をつぎはぎしたようなグロテスクな見た目をした魔物が威圧感を放っていた。
氷越しに見えるエスバットの、残った力で必死に何かを訴えかけるような表情は、その魔物こそ変わり果てたかつてのエスバットの仲間・スキュレーであることを物語っていた。




The Swordsman / 倒れ逝くその時までは


Västilä・continued


正気を取り戻していないはずだが、かつての仲間の危機を本能的に感じ取ったのだろうか、まるでエスバットを守るかのようにスキュレーは立ちはだかった。第3階層の最後の戦いが始まった。

フライングフィンの面々は所々に傷を負い息も荒くなっていた。スキュレーの登場とともに聞こえていた彼女の叫び「クライソウル」が空気を震わせ刃となって彼らを切り刻んだのである。
直前にアーテリンデの投げて寄越したものは、斬撃の威力を吸収する「耐斬ミスト」だった。それでもこの威力。とっさに彼女の放った回復巫術がなければ即戦闘不能になっていたであろう。スキュレーとの対峙をフライングフィンに託すという彼女の言葉には偽りは無かったようだ。

いきなり手痛い攻撃を受けたが、スキュレーがもう一度叫びをあげるまではまだ時間がある。その上、今は魔物化したサーロイネンとも心が通じ合っている。

ミヒンパーは巫剣を構える。「…やるぞ…!」
まずは昂るスキュレーの猛攻を鎮めるため、カカリストとサーロイネンが遠隔攻撃を繰り広げていく。ミヒンパーとヴァスティラは歌と演奏で彼女らのサポートを担う。
スキュレーの巨体は見た目通り回避には向かないようで、こちらの攻撃で着実にダメージが蓄積されていくが、向こうも黙って見ているだけでは無かった。

スキュレーがその太い触手を振り上げる。
「ロイネンっ!」
叩きつけようとしてくるのに合わせてミヒンパーが叫ぶと、サーロイネンが巨銃で触手を受け止め、払い退けた。

”恐れよ…我を”
歌と演奏に合わせ、サーロイネンから黒い影が伸び、スキュレーを縛っていった。
続け様に天へと銃砲を鳴らすと、ライシュッツに使ったものと同じ、オレンジ色の球体がサーロイネンの前に現れた。
”命ず…自ら滅せよ”
影に縛られたスキュレーは、まるでそうするのが自然かのようにその球体目がけて冷気の刃を飛ばす。球体は攻撃を受けて壊れるどころか、餌を与えられたかのごとく、むしろその大きさを増していった。
間奏に入ったところでミヒンパーが巫剣で球体を打ち、スキュレーの足元で炸裂させた。

スキュレーから放たれる魔物特有の殺気は勢いが幾分削がれていた。
「少しはこっちの歌を聴く気になったか?」と息巻くミヒンパー。
(いいぞ。魔物化したサーロイネンとも連携が取れている。この事実を目の前のスキュレーに見せつけてやれ)

しかしそれと同時に、少しずつ、だが着実に、ヴァスティラの頭の中にはアーテリンデの放った言葉が影響力を強めていた。
(『彼女を殺し続けてきた日々』…天空の支配者に魔物にされた者は、何度でも蘇る。
俺があのあとハイ・ラガードから離れていた間、救済の手段を探しつつも、街や冒険者への被害が出ないよう、その手で人ならざるものとなったかつての仲間を殺し続けてきたということだ…
俺にそんなことができるのか…?例えば、今そばに立っている美しい白髪の錬金術師など。。。)

そのとき、演奏と歌のタイミングが一瞬ずれた。


Harju・Ⅲ


ミヒンパーの目の前に巨銃が振り下ろされ、雪煙をあげる。突然の出来事に、ミヒンパーは思わず歌を中断して飛び退いた。
「どうした、ロイネン!?」
スキュレーを拘束していた影は緩みかかっていた。その影を通じてか、何かの声がサーロイネンの中に響いた。
『彼女に、…アーテリンデに手を出さないで!!』
エスバットの二人が何度も殺してきた魔物。そしてフライングフィンは先ほどエスバットに勝利した。このままであればスキュレーは私たちに討伐されるだろう。それでもなお、別の命のために立ち上がってくる生命に相対し、ハリューは何をすべきなのか分からなくなっていた。

サーロイネンは頭が割れそうになりその場にうずくまる。
先ほどのミヒンパーの挑発に対抗するかのように、息を吸い「クライソウル」を放とうとするスキュレーを見て、巨体を本能的に前へと動かした。




Kakaristo・Ⅴ


寒い。

寒さには強いと思っていた私だが、時折己の無力を痛感するような時は別なようだ。

隣には倒れているヴァスティラの姿。私も彼同様に立てそうにない。


…何か聞こえる。

「ロイネンっ!ハリュー!どこだ!」
ミヒンパーが不安をにじませた声で叫んでいた。
おそらく彼を庇ったのだろうが、流石の魔物化サーロイネンでもクライソウルの直撃にはひとたまりもなかったようだ。辺りにはその黒い魔物の姿はもちろん、人間の姿のサーロイネンも、ハリューも見えなくなっていた。

スキュレーはただ一人立っているミヒンパーに向けて容赦なく冷気の刃を飛ばしていく。
「ぐっ、くそっ!」
悪態をつきながら攻撃をかわし、巫剣で捌いていくが、やがて体勢を崩し転倒してしまう。
カカリストの目の前にネクタルの小瓶が転がってきた。力を振り絞ってその瓶を掴んだ。


ミヒンパーは肩で息をしながら巫剣をついて身体を立て直し、一人スキュレーに飛びかかって行った。

サーロイネンたちの攻撃で彼方の体力も残り少ない。このまま攻撃して削りきるつもりか…?


…!いや、ダメだ!
カカリストの眼前に、今はっきりと「ノー」が突きつけられた!

ミヒンパーの巫剣がスキュレーの首元に届こうかというその瞬間、その間に電流がほとばしった。
ミヒンパーは慌てて飛び退く。彼が後ろを振り返ると、カカリストが幻刀を突き出していた。
「おい!何すんだ!俺に当たるところだったじゃねぇか!」


…五月蝿い。

「ミヒンパー!お前は歌うんじゃないのか!!」


ミヒンパーはハッと我に返ったようだ。一瞬驚いたような表情を浮かべたあと、ニイと口角を上げ、歌い始めた。

そうだ、それでいい。スキュレーもフライングフィンも関係ない。お前の魂の歌を聞かせてくれ。

依然としてスキュレーは攻撃を続けるが、歌で活力が戻ったのか、カカリストの術式による応戦も間に合い、ミヒンパーは迷いのない表情で思いっきり歌った。カカリストもそれに追従するかのように歌詞を口ずさんでいた。


”突撃っ!!”

次の階層へ、天空の城へ、いいや、もっと遠く、何億光年の彼方へも…!

突如、スキュレーの攻撃の手が緩んだ。カカリストの電撃の術式が次々に直撃していくが、スキュレーの顔には苦悶ではなく、驚きや興味をあらわすような表情を浮かべていた。
やがて電撃が直撃したスキュレーは動かなくなった。次第にその体が光り始め、満足そうな顔をしてその光の中に消えていった。

フライングフィンの二人とエスバットの二人は、一糸纏わぬ女性の霊を幻視する。彼女は微笑んで天へと昇っていく。その先では薄紅の花弁が舞い散っていた。

ふと気がつくと、エスバットを取り囲んでいた氷は消えていた。二人は、意識を失ったサーロイネンとハリューを抱えていた。気づいた時にはすでにその場にいたという。彼らはそのままミヒンパーとカカリストに歩み寄ってくる。
「ありがとう…いい歌ね。姉さん、今までで一番いい顔だったわ。」
結果的にスキュレーは討伐され、時がめぐればまた怪物の姿で復活する。それにも関わらずアーテリンデは晴れやかな顔で感謝を述べていた。
「おヌシらの歌、我らに希望を見せてくれた…感謝してもしきれない…言える立場にないのはわかっているが、どうか、天空の支配者のもとへたどり着いてほしい。」
カカリストとミヒンパーも順に応える。
「言われるまでもない。元からそのつもりだからな」「へへっ、俺の歌が聴きたくなったらいつでも酒場に来な」

街への帰還のため、ここから最も近い第4階層に入ってすぐの樹海磁軸の元まで向かった。アーテリンデの案内で、ミヒンパーがサーロイネンを、カカリストがヴァスティラを、ライシュッツがハリューをそれぞれ抱えて歩いていった。

カカリストがぼそっと呟く。
「あー、ミヒンパー? 色々と、すまなかったな。」
「あぁ?何か言ったか?」
「…なんでもない。」

あたたかい。
腹の中に温度を感じるが、清々しい感覚であった。こんな感覚になったのはいつ以来だろう、とカカリストは反芻する。
やっとここまで来た。
なあ、ヴァスティラ?今度は私がお前を高みに連れて行って…それから…

帰還するため全員で樹海磁軸に触れようというとき、ライシュッツが呟く。
「フライングフィンよ、良いメンバーを持ったな。
天の支配者のもとへ行くのならば…必ず、守れよ…」
「たりめーだろ。俺の大事なリスナーたちだぜ?」
「ああ、私の大事な人だ…」




死神・Ⅰ


”メディックやドクトルマグスじゃないんだ、一介の楽士には荷が重すぎたんだよ。”

ヴァスティラは手に持った蝋燭の明かりを頼りに道を進む。彼の周りにはいくつもの蝋燭がついていた。どれも、彼が火を移して灯したものだった。

手に持った火はすでに弱々しくなっていたが、歩みを止めるわけにはいかなかった。


この火が尽きてでも、最後に彼女にだけは…!


足元がぐらつく。
ふらつきながらも光源の方へ歩を進める。
やがて、窓の下までたどり着いた。これを開ければ、外に出られる。
早くしなければ。彼女が待っている…

窓を開けると、黒い風が吹き込んできた。気圧の変化に足元が大きく揺れ、ヴァスティラはその場に倒れ込んだ。
目の前には持っていた蝋燭が横たわっている。


立つことができないヴァスティラの頭上には死神が佇んでいた。


頭上から細い手が伸び、蝋燭の炎を握り潰した。


「…あぁ…… 消え……る……」


ヴァスティラが動かなくなったあと、死神は開いた窓から飛び降りた。


・・・つづく



References


・前回

・前回の話で考えてたこと

・プレイヤー目線の記録

・次の話


余談&実体験

実際にゲームをプレイしていた時の着想元などです

・動画にはしてないけど一人ではさみカブトと戦うクエストのやつ、物理効かない相手だからって最初アルケミストで行ったら普通にhageたので画像の通りドクトルマグスで巫剣中心に攻略しました…

↑このクリップの状況をどうしても文章にしたかった。

・大なり小なりオマージュ元:マクロス7・新世界樹の迷宮2・バイオショック・東方旧作の曲名・死神(落語)

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