南沢修哉

南沢修哉

最近の記事

無事では済まない

晩春の生ぬるい潮風に吹かれて、仕事の合間に立ち寄った漁港の建物は、柱に屋根を乗っけただけの簡素なつくりで、その打ち捨てられたアッタロスの柱廊のような空間に、現職の総理大臣の面を一目見ようと地元の漁民がたくさんあつまっていた。私もその一人だった。黒塗りのセダンで、優雅に、颯爽とあらわれた内閣総理大臣は、多くの護衛に囲まれていた。護衛たちはまるでイタリア人のように油性ポマードで髪をがちがちに固め、全員が黒いスーツ姿で黒のネクタイを締めていた。首相は現場の与党関係者と親しげに握手を

    • 私以外全員反社

      会社の会議室を使って行われる健康診断で、血液検査の列に並んでいると、荒々しい昇り龍の絵が私の目に飛び込んできた。それは男の背中に刻まれた巨大な刺青だった。彼は別部署の社員で、一、二度口をきいた程度だったが、暴力団員であることは知らなかった。知っていたらもっと適切な距離をとっていただろう。自分の務める会社がフロント企業⊂ブラック企業だと気づいてしまったからといって、いますぐ退職するわけにはいかない。こちらにも生活があるのだ。ふとまわりに目をやると、眉を顰めているのは私くらいで、

      • 蝦蟇が叫ぶ街4

        そのころ、私はひどい口内炎に悩まされていた。飲み食いする際、口を動かすたびに、右上の犬歯が頬の裏の口内炎に干渉し、泣きたくなるような激痛に襲われた。口内炎は一週間経っても治らず、それどころかむしろ大きくなっており、顔のかたちが変わるほどだった。これ以上腫れたらcensoredである。舌の先で腫れているところをそっと舐めてみると、何やら蠢いている感じがした。だいたいもうそうなると炎症が悪化し、破裂するのは目に見えていたし、破裂したところからカエルが跳び出してくることも容易に想像

        • 蝦蟇が叫ぶ街3

          マダム浙江省とその一派の中年女性が、公園の近くの広い道路で立ち話をしていた。マダムの側近である中年女性、磯野美園は、頬にできた赤いぶつぶつを気にしてみなに相談していた。美園は数日前、洗濯物を干すためベランダに出た。すると一匹の大きなヒキガエルが植木の横に鎮座していたので、カバっと素手で捕まえ、そのまま遠くに投げ捨てた。四肢を広げたカエルの身体が雲一つない青空に舞った。美園はその後、手を洗わず顔に触れ、ぶつぶつができたのだという。ぶつぶつは少しも治らず、むしろ顔全体に広がってい

          花見にて

          平日の真っ昼間にもかかわらず目黒川の桜を見にきているあの大勢の人は、いったい何をして生計を立てているのだろうか。「おまえは自分の生計の心配だけしていろ」交通整理をしているガードマンにそう言われた。多くの人であふれているこの場所は、例の圧死事故を招いた梨泰院の一歩手前のレベルにまできている。とんでもない数だ。人があつまるところには、ゴミが発生する。縁日で買った食べ物の食べ残しや、ロイヤルチーズバーガーの包装紙、使用済みの割り箸やプラスチックの容器などを道端に平然と捨ててゆく。な

          身辺雑記20

          先日、立憲の小西氏が国会審議で公開した総務省の内部文書は、目下総務省のホームページで全文ダウンロード可能な状態になっている。取扱厳重注意と朱書きされた書類には、会議の日時と場所と登場人物が毎回書かれており、その人たちの発言の記録になっていて、どこかシェイクスピアの戯曲を思わせる。放送法の解釈を官邸の圧力でねじ曲げた証拠と言われているこの文書の真偽や正確性については、賢い人ほど踏み込んだ発言をしていないので、賢い私もそれに倣おうと思う。単にアホなノンポリなので踏み込んだことを書

          身辺雑記20

          ご報告

          今年に入ってから私がnoteに投稿してきた記事は、すべてChatGPTが書いたものでした。身辺雑記から小説に至るまで、すべて人工知能が生成していたのです。私はそれに一切手を加えず投稿してまいりました。読者のみなさまには誤解を与えてしまい、まことに申し訳ありません。などと詫びつつ、この謝罪文もChatGPTに書かせているのですが。なーんだ、何から何まで人工知能が書いていたのか。どうりできみの書く小説は人間味がなくてつまらないわけだ。小説の体裁というものを完全に無視して、ただ自分

          身辺雑記19

          東雲運河にかかる橋の上から垂直都市のパノラマを眺める。建ち並ぶタワーマンションがファイト・クラブのラストシーンのように次々と倒壊してゆく。窓の明かりが消え、真夜中の深海に砂埃が踊る。水玉模様の鱏がアインシュタインも舌を巻くスピードで夜空を泳いでいる。戦争がはじまった。スーツケース・ピアノが眉間に刺されば、ギムレットの雨が降り注ぎ、逃げ惑う猿がマズルの閃光に暴かれる。木っ端微塵に弾け飛んだ頭には、騒々しい音楽が流れつづけている。アイムファイン。きみはロックしか聞かない。そんなこ

          身辺雑記19

          idiot

          ぼくは毎朝、乾布摩擦をしているんだ。ゴシッ、ゴシッ、ゴシッ、ゴシッ。擦れば擦るほど身体が小さくなっていって、いまでは三センチくらいになってしまった。それでもぼくは、生まれてから一度も風邪をひいたことがないんだ。ゴシッ、ゴシッ。みんなは、ぼくがバカだから風邪をひかないなんて言うけれど、みんなは乾布摩擦をしていないじゃないか。だから身体ばかり大きいくせに風邪をひくんだ。ぼくはバカじゃない。バカはみんなのほうだ。それが真実だ。だからぼくはバカにされてもへっちゃらだ。けれど乾布摩擦を

          本人登場

          ガソリンを入れるためにスタンドに寄ったら、整備士らしき女性にタイヤを交換したほうがよいと勧めれたので、その場で前後左右すべて替えてもらうことにした。交換しているあいだ、事務所のようなところで待たされ、熱いコーヒーを提供された。さきほどの整備士らしき女性がやってきて、本日は当店でタイヤをご購入いただきありがとうございますと大きな声でお礼を言いはじめた。いったい何事かと思う間もなく、その女性はお礼に一曲歌いますと言ってマイクロフォンを握り、右に左に揺れはじめた。同時に、聞き覚えの

          蝦蟇が叫ぶ街2

          近所の公園にヒキガエルが大量発生してから、小学生たちがそれを捕まえにやってくるようになった。捕まえたカエルを飼育するのではなく、アスファルトに叩きつけて殺すのである。メンコのように力いっぱい地面に叩きつけられたカエルはひとたまりもなく、長い舌をべろっと伸ばし、仰向けになったままピクリとも動かない。そのようなカエルの死骸がそこらじゅうに転がっており、陽が射すと干からびて干物になる。生命を粗末にするなと注意すべきところであるが、カエルの大量発生に頭を悩ませていた大人たちは、小学生

          蝦蟇が叫ぶ街2

          何もかも黒く、何もかもブルー

          心は永遠の真夜中を彷徨っている。果てしない暗闇の彼方に、光の届かない世界の向こうに、いつかの、誰かの優しさを、二度と会えない人の尊さを、一瞬のきらめきを、触れたくなる瞬間を、今日も探している。遠すぎる記憶は、慈しむべき過去は、あなたと笑い合ったカラフルな日々は、なかったことと同じだ。心は深い海の底に鎖で縛られている。十年前、十年後、いまよりもっと暗い世界で、報われず流した涙を意地になってせせら笑っていたおまえを、誰とも繋がれず一つところに立ち尽くし、かけがえのない美しさに踏み

          何もかも黒く、何もかもブルー

          身辺雑記18

          あなたの笑顔を想うだけで心の傷が瘉えるほど幸福でもなければ、誰かとよろこびや悲しみを頒かち合う余裕もないのです。あなたが幸福であればあるほど、自分が惨めな敗残者であるように思えてなりません。私以外の人はみんな多かれ少なかれ幸福であるように見えます。それはそれで、めでたい認知なのかもしれません。私のことをめでたい奴だと思うなら、どうか祝ってください。同情もして、お金も恵んでください。ところでみなさんは、こどものおもちゃをご存知ですか? 二、三十年前に流行った小花美穂の漫画です。

          身辺雑記18

          蝦蟇が叫ぶ街

          二年前、うちの近所で殺人事件があった。一人暮らしの女子大生が殺され、バラバラに切断されて公園の池に捨てられたのである。公園には警察の規制テープが張られ、鑑識の人たちはシュノーケルを装着して池に潜ったり、池の底のヘドロのようなかたまりを手網ですくい上げたりしていた。殺されてから発見されるまでの時間が長かったので、死体は池の魚や亀に食べられてほとんど残っていなかったそうだ。鑑識の人たちは被害者の骨や歯を探していたのかもしれない。私はその様子を集合住宅の四階の共用廊下から見下ろして

          蝦蟇が叫ぶ街

          身辺雑記17

          私が加護ちゃんに親近感を持つのは、煙草で高校を停学になったせいかもしれない。さいわい二度目が見つかってクビになることはなかったのだけれど。YouTubeの加護チャンネルを見ていると、昔TVや何かでよく流れていた流行歌を加護ちゃんが歌っている。カラオケ音源ではなく、ちゃんとバンドが演奏していて、バンド用に編曲もなされている。bonnie pinkのa perfect skyを聞いたときは懐かしくて涙が出そうになった。加護ちゃんの衣装は毎回異なり、それを順番に見るだけでも楽しい。

          身辺雑記17

          ハワイにて

          おれがハワイで親父に教わったことといえば、働きながらまともな小説を書くのは無理、ということだけだった。そんなことはハワイで親父から教わるまでもなく社会に出て働きはじめりゃどんなに勘の鈍いガキでもすぐに気がつくことだし、そもそもおれはハワイに行ったこともなければ、ヒコーキや船に乗った経験もないし、親父は、人にものを教えるタイプの人間ではなかった。いったいおまえは何が言いたいんだよ。おれにどうしろって言うんだよ。そんなこと言われたって、わっかんねーよ。彼は泣いてうなだれ、己の頭の

          ハワイにて