【創作】水底
外は雨の香りがする。
玄関の扉を開けて、深く息を吸い込むと、湿った空気が体の中に染み渡ってゆく。真夜中の冷たい雨。さあさあと流れる音の中を僕は行く。目を瞑って腕を広げる。
ここは、水底だ。暗く冷たく陽の光の届かない海の底。水は僕の身体に重く圧し掛かる。広げた手のひらで水を切り、ただ、進む。ゆらゆらとふらふらと。首に下げた小さな懐中電灯が、カチリ。カチリ。点いて消えて、ピカピカと光る。
必死に誘っているようだ。真っ暗闇の中、1つの光に誘われて、誰かが来てくれないかと願いながら。僕は今日も頭の中の水底に沈み込む。
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