元気をだして

多佳子はいつも風のなかにいた。

校舎の前の小さめの広場、校長先生待ちのとき、寮の玄関を出たとこで女子が集まる前とか、多佳子は大勢の人に囲まれながらもどこかひとりでいるみたいだった。
彼女の薄茶の瞳はビー玉みたいにつるんと光っていて、多佳子のことを友達だと思って話しかけてる子は多佳子の瞳を通すと違って見えていたのかもしれない。

新入生の中で誰より早く人間関係を築き、自由で楽しそうにみえた。大人っぽくて、なのに同時にハラハラさせる幼さを持ちあわせていて、社交的で誰とも仲良くしゃべれるのに誰といてもなぜかヒトリキリに見えた、多佳子。

白い肌には私と同じソバカスがあった子。
私にとって、一生わかり合えないすれ違うだけだった女の子だ。



多佳子は食堂に行く友達を待ってる夕方、玄関で手持ちぶさたにしてるとき、授業の合間の休憩時間、手すりから廊下を覗きこむようにもたれているとき、よく竹内まりや”の“元気を出して”を口ずさんでいた。

竹内まりやを知らなかった私は、“元気を出して”を多佳子の鼻歌で知った。 いい歌だな、と思ったのを覚えている。
“元気を出して”は私にとって多佳子のテーマソングだ。
優しくて寂しい応援ソング。
応援ソングなのに、なんで寂しいんだ? なんて、彼女にとってはとるに足らないことだろうに、私の主観で語るからこんな風になっちゃうだけなんだ。わかってる。

社交的で物怖じせず、男女の別なくいつも人の輪の中で楽しそうに笑っている多佳子は、私からみたらとても同い年とは思えなかった。先生に反発したり、クラス上位の男子に積極的にアピールしたり。入学してすぐ、誰がカッコいいとか気になるとか話題にしていて、すむ世界が違うというか、ついていけないというか。正直ニガテなタイブで大人なんだなって、私から近寄ることはなかった。

“多佳子は髪を染めてるよね。
高校入るのに親に無理やり戻されたらしいよ。”

なんて話は風にのって、当時カタツムリみたく心を閉ざしていた私のとこまでそよそよやってきたりした。
その話を聞いた私は、中学の時不良さんだったんだなって、やっぱしニガテなタイプだわと確信を深めたんだと思う。

多佳子は寂しがりやなのかまだしっかり固定していない女子のグループを、いくつか掛け持つように動き回っていた。 省エネ運転してた私とは真逆で、それはそれは精力的に自分の居場所を拡げつつあったのだ。

明るくて魅力的な多佳子なら女子グループ筆頭になれただろうに、気がつくと晶とふたりでいる光景をよく見かけるようになった。
東海出身の、外見も性格もお花のように優しい晶の元は居心地がよさそうだった。晶は社交家の多佳子の心を癒すことができる休憩室で、性格が真逆の二人は表裏一体みたいな関係なのかなって、思ったんだ私。

多佳子も晶も背が高くスラッとして見栄えがよかった。 多佳子はショートヘアでお目目クリクリ、勝ち気でおしゃべりはウィットに富んでいた。対して晶は肩までのふんわりボブ、色白でいつも笑顔を絶やさない癒し系かわいこちゃんだった。ふたり並んで歩いてるところはモデルさんみたいでちょっといい感じだった。

4月の終わり、あんなにあちこちに顔を出していた多佳子は、気がつけば晶のそばばかりにいるようになっていた。

もしかしたら、この頃から多佳子の良くない噂が水面下で囁かれていたのかもしれない。この頃、なんとなく不穏な空気が一年生女子の一部に存在していたのは事実であったから。

しかしその後、重苦しい空気は一大イベントにふっとばされる。

そうこうしていると入学して約一ヶ月、初めて帰省できるGWがやってきたのだ。

寮生活してると、

おしゃれできない
好きなもの食べれない
外出できない
親や友達に会えない
プライバシーない
電話自由に掛けれない
1日のスケジュールガチガチ!
お風呂入る時間、短いっ!
好きなTVもラジオも聞けない
上下関係厳しい
持ち物に細かい規定がある

などなど不満がたまる。

実際寮で共同生活すると、本当に細かな寮規則に縛られることになる。
それらはもちろん予めトラブルを回避するために必要なものもある。また、設備の面で仕方なくというのもあったが、高校生なんだからなんとなく…ってアバウトなものも結構あった気がする。

そして帰省とは、これらの不満要素から手っ取り早くエスケープできるまたとない機会なのだ。
ブラボー!なのだ!!


まるで囚人が一時釈放されるみたいに帰省前はみんなソワソワしてウカレる。
帰ったらこれするランキングとか、食べたいものリスト書いたりとか。地元の友達に手紙や電話で遊ぶ予定を入れたりとそれはそれはお祭り騒ぎになるのだった。

はたしてGWあけ、多佳子の姿はなかった。
次の日も、また次の日も彼女は帰っては来なかった。そして帰省後、おきまりの閉塞感がすごい勢いで私たちを飲み込んでいった。何倍もの重みを伴って。

帰省後、亜紀が筆頭の女子グループはごたついているように見えた。グループ内でなにかもめ事がおこっているようだった。

人のことなどどうでといい、とカッコつけたいところだけど、なにせ閉鎖された狭い世界、知りたくなくても耳に入ってくるし、本当のところ気にもなる。

多佳子が帰ってこれないほどの理由とは、いったいなんだったのか。。。

亜紀のグループはいったい何でもめているのか。。

私は多分、事件の詳細を聞いた。
それは、多佳子がいろんなところで、いろんな人にあることないことをでっち上げて吹聴して回った、それきっかけでもめ事が起こったという話であったと思う。

当時、まだ同級生を把握しきれていなかった私は、根気のいい子から何度も何度もレクチャーを受けた。
“A子のことを多佳子はこんな風に言ったけど、実は全然違った。でもそれを真に受けたB美は誤解してしまって、ほにゃらら…”的な。

多佳子の不在は、その時紛れもないトップニュースだった。

あんなにレクチャーを受けたのに、残業ながら私の記憶に詳細は一切残っていない。

推測だけれど、その内容は私の理解の範疇を超えていたのだろう。私の狭量な人生経験ではとても処理しきれない多佳子の言動、その後の展開。
本当とは思えないエピソードに真偽のほどを確かめる術もなく、そんなマユツバな話信じねえゾってデータ保存拒んだ私のシナプス。。。

でも、ひとつだけ覚えてる話がある。

後日、退学手続きのために両親と多佳子が来校した。
普通こんなときに退学する子とは話せないんだけど、多佳子の心の支えでいつづけた晶だけ特例で認められた、のだろう。

多佳子と晶は短いけれどそれはそれは濃密な時間を共有していたんだ。だからその時はきっと泣いてたと思う。

ここからは私が聞いた噂話。

最後に晶が、“ねえ、多佳子が私に話してくれたこと、ホントだったよね。” って聞いた。

多佳子は“ウソに決まってるやん!おもしろいなぁ。” って泣きながら言ったって。。。



ごめん。今でも許容オーバー。。。

その後の人生、ウソつきさんに出会ってるかもしれないけど、君主危うきに近寄らず。
実害を被る前にオサラバしているのか、確かめる術がないのか。 存在は確認しておりません。

てか、そもそも多佳子は本当にウソツキだったのか?
高校イヤだったから自ら自作自演したとか?

ナゾは深まるばかりだけど、
こんな考えてもしょうがないのはどうでもいいや。

でもって、多佳子、このnote読んだら昔の卒業アルバムの連絡先に電話して。

って、、、
ごめん。、
やっぱり昔話はもっと大人になってからにしよう。

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