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東京タワーに登る。実は、東京に暮らす人々に特にオススメかも🗼

小学生のときに両親に連れられて来たぶりに東京タワーに登った。
おそらく20年近くぶり。。すごい年月だ。

土曜日の夕方の東京タワー。多くのインバウンドと思しき観光客、デートと思われる人たちや友達同士、家族連れ。
そんな中、私は1人でフラッと展望台を一周した。

みんな展望台から何枚も写真や動画を一生懸命撮っていたが、私は敢えて写真を1枚だけにした。
自分の目で観て感じることを覚えておきたいと思ったから。

20年前の当時と比べて違うのは、やはり目の前に広がる東京の街並みがfamiliarになったことだ。

小学生の当時の自分にとっては東京は親が連れて行ってくれなければもちろん行かない、遠い場所で、観光地。
高い建物がたくさんあって、人がたくさんいて。

対して、今では、目の前に広がる建物を見ていくと、目に留まるのは、
友達と会ったり買い物に行く渋谷の駅ビル。
かつてアルバイトをしていたスカイツリー。
普段仕事をしている中目黒のオフィスビル。
出張や旅行で使う羽田空港。
休みの日に”行く”場所だった東京は、
普段の生活で自然と”使う”場所になっていた。

当たり前だけど新鮮に感じたことがあった。普段は駅名やエリア名で”切り取る”東京な街は、あそこもあそこも、どれとどれも”一つ”の地続きの場所であるということ。
そして、ハイソな雰囲気やその高さに気後れしてしまうような建物や場所も、ここからは見下ろす対象になるということ。しょせん、東京タワーに登れば見下ろすことのできる建物なのだ。

よく高い建物から見下ろすと「私の悩みなんて小さく感じるな」ということを言う人がいるが、それってどういうことなのかよく分からなかった。
だけど、地上から150m高い場所(ビルの50階に相当する)から街を俯瞰したことで、私が今日感じたことがおそらくみんなの言うそれなのかなと思った。なんというか、圧倒的に高い視点から見下ろすことでとても客観視ができるような、距離を取ることで落ち着いてとらえなおせるような感覚だ。

東京タワーの展望台に登って街並みを見下ろすこと。
実は、東京で日々生活する人々にとってとても必要なことなのかもしれない。
今日はフラッと東京タワー登ろうかなと思って、夕方だしもっと時間がある時に改めて来ようかなと思ったけどこのタイミングで行けてよかったと思った。
定期的にセラピーとして、東京を再認識するのにとってもおすすめなことの一つだ。


東京タワーから見て南西の方角。手前に広がるのは芝公園、プリンス・パークタワー、視線を伸ばすとお台場の海。その先には、地元の千葉・房総半島が遠くに見える。




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