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『悪人伝』イ・ウォンテ
ヤクザの組長チャン・ドンスがある夜見知らぬ男に襲われ重傷を負うのだがそもそもこの恐るべきヤクザの組長を闇討ちする奴などいるはずがなくその犯人はヤクザ関係者ではなくたまたまチャン・ドンスを襲ってしまった連続殺人鬼であり連続殺人鬼である関係上これを追う刑事がいるのでその刑事はチャン・ドンスから連続殺人鬼の目撃証言を聞き出そうとするが当然自らの手で連続殺人鬼を八つ裂きにしようとしていたチャン・ドンスは相手にしようとしないのだがこの刑事がまた警察も扱いかねている暴力刑事でしかも頭は切れ行動力もありヤクザを恐れない上に正義に異様に執着している面白い男でそれに警察であるから科学技術へのコネもあろうというので手を組むことを申し出るのでこれによってヤクザと刑事がコンビになって連続殺人鬼を追うことになる。
※以下、ネタバレ有※
そもそも不意打ちでしかも刃物対丸腰であったのにほとんど引き分けるという時点ですでにおかしくマ・ドンソクの肉体の説得力がなければその時点でドラマは終わるのだが終わらずにむしろ加速するというのがのっけからすごい。というか車に轢かれなければたぶん重傷にもなってないんじゃないかあれ。しかもこの車に轢かれるチャン・ドンスはもう一回同じ映画で見られてそれは刑事に轢かれるのである。主要キャラクターが三人で一人がほか二人から轢かれるというのもかなり面白いがこの重傷ごとにチャン・ドンスはチャン・ドンスになっていくのでまた愉快である。
言うなればこれは抑圧されている一人の男が自分を見つけるドラマでそういう意味ではゴーゴリの『外套』みたいだ。チャン・ドンスの登場は暴力によって修飾されるがこの暴力は部下によって結界された場所で反撃のない男に対しボクシンググローブによってふるわれる。チャン・ドンスは別の組と厄介ごとを抱えているし右腕も商談にしゃしゃり出てくるしイライライライラだから俺は運転して一人で帰るなのでありそこに運命的に連続殺人鬼が現れるのであろう。チャン・ドンスはずっと会長に連絡をとらなければならずしたくもない食事会をして皆に酌もしないといけない。そしてその間ずーっと完璧なスーツにその凶悪な肉体を押し殺している。イライライライラ。この男を二人の男が解放する。それが組織の論理を無視する刑事であり暴力を自由に振るう殺人鬼だ。
組織の論理と暴力の不自由に縛られるチャン・ドンスはそれらを持たないこの二人にいいようにあしらわれ続け結果として二回も轢かれる。この重傷は言うなれば死であってそこから復活するたびに束縛を解きほぐしていくことになる。ウザい仕事相手は殺してしまうし部下は死んでくれるししかもヤクザを辞められてそしてあの完璧なスーツは法廷での裸を経由して護送車での拘束服になるのであってそのときのまた嬉しそうな楽しそうな顔といったらない! そして最後にはシャワー室に至りヤクザというしがらみを捨てた本物の悪人がそこに立って映画は終わるのだ。
つまりこれはマ・ドンソクが笑顔になっていく映画である。あるいはマ・ドンソクの肉体が露わになっていく映画である。それはすなわちマ・ドンソクがマ・ドンソクとして立ち上がっていくマ・ドンソクの映画であるということだ。
と言ったりするもののマ・ドンソク分を脇に置いても十分に楽しかった。キャラクターはみんないいししかもみんなすぐに喧嘩を売りしかも必ずすぐに喧嘩を買ってくれる。ヤクザもので連続殺人鬼ものであるだけですでにぐちゃぐちゃなのに唐突に誘拐ものになったりといったことをする。他映画の引用もガンガンしててそれに悪びれる様子はなくむしろ楽しそうである。乱闘シーンはイケてるしカーチェイスまで見られる。つまりとても面白かったのである。