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聞こえない音楽を聞いてしまった。時速250キロで走行する新幹線の中で、僕は聞こえないはずの音楽を聞いた。聞くつもりはなかったし、まさかこんなところで演奏されているなんて思いもしなかった。どうやら、音楽は若い女性の車掌さんから漏れ出てくるらしかった。 「切符を拝見させていただきます」 そう告げた彼女を追いかけていた。今となってはどうでもいいような用件だけど、とにかく用があって車掌さんを探していたのだ。当然、最後尾に彼女はいるはずだった。客室を出て狭い通路をたどった先に明かり
プロローグ 「おい、そっちじゃないぜ」と早瀬は言った。 「整備室はこっちだ」と彼が指差した先には、客の流れから外れた場所に、飾り気のない事務的な灰色のドアがあった。窓から差し込む夏の日差しに焼かれた灰色のコンクリートに、そのドアは同化しているように見えた。僕の手には、最新の画像認識プログラムが入ったメモリーがあり、彼の手にはセキュリティカードがあった。僕たちは、この会場の五百人の観衆の中に潜む未来人を見つけ出す。この夏の僕たちの課題は「未来人狩り」だ。 1. 始まり 早瀬
「東京地下2階」イザベラの章「Dear Mama」を追加公開いたしました。ぜひご覧ください!
吉上亮・主著『泥の銃弾』は、お陰様で多くのご好評を頂いております。 本編の冒頭から第一章全文を、note.にて公開しています。 SNSなどで本書を知った皆さま、未来に迫る現在へ――「日本」と「難民」を描いた、吉上亮渾身の〈勝負作〉を、この機会にぜひご一読ください。 『泥の銃弾』〈上〉吉上亮ひとつの明々白々たる事実がある。人間はつねに自分が真実と認めたもののとりこになってしまうということだ。 『シーシュポスの神話』アルベール・カミュ/清水徹訳 序章 二〇一九年七月九