見出し画像

散文 「蜜柑」

二つの蜜柑がね、
たくさんの雑多な物物に埋もれてね、
焦げ茶色の、手作りの棚の上にね、
ただ、ぽんっと置いてあったんだけど。

一つは綺麗なだいだい色でね、
ぴかぴかして、とても綺麗だったんだよ。

それでね、もう一つはね、
皮が黒ずんで、頭の上の葉っぱもぼろぼろでね、
暖色の電球に照らされても、
あんまりぴかぴかしなかった。

もちろん、ぴかぴかしてる方を取ったんだけど、
ぼくはどうも見栄っ張りだからね、
なんだか
ぼろぼろ葉っぱを気に掛けたくなってね、
やっぱりぴかぴか蜜柑を元に戻して、
ぼろぼろ葉っぱのほうを取ったのさ。

そしてね、その棚のあるキッチンから、
ひんやり冷たい蜜柑を持ってね、
なぜだか
ちょっと気分沈み気味に、部屋に行ったのよ。

椅子に座って、しばらく蜜柑を握りしめたり、
白いえるいーでーの光に当てたりしてね、
なんだか、綺麗な場所?この蜜柑の良いところ?
みたいなのを探し始めてさ、

ぽーん、ぽーんって蜜柑を頭上に放り投げてね、
両手を掲げて、
野球ボールをキャッチするみたいにして
ぱちぱちと音を立ててみたり、

右手でひょいっと、
こっち向きに転がる回転をかけて投げて
ばしっ、ばしっと取ってみたり

はたまた、再びぱっと投げてさ、
膝の上で、物乞いみたいな手の形を作って。
ぱす、ぱすって、小気味よい音と一緒に
両手の手のひらに落ちてくるのが
なんとも心地よかったのよ。

それでねそれでね、
こうやってそのことを今
書き書きしているわけだけど

そうしてるうちに、
「ひんやり蜜柑」がぬるくなってきたのさ。

そういえば果物が出てくるといえば、って
梶井基次郎さんの「檸檬」を思いつつね、
ああ、
この人の方が、上手く描いたんだろうなぁ、
なんてやっぱり思っちゃったけどね、

まあ、いっか、ってスマホを置いてね、
ティッシュを一枚ひゅっと取って、
机の上に、蜜柑と一緒に置いて、
いそいそと皮を剥き始めたのさ。

そいでそいでね、
一粒、その果実を口に入れてみたんだけどね、

やっぱりちょっと、ぬるかったんだ。
でも、ちょっと、ほっとした気がする。

いいなと思ったら応援しよう!