豚になった少年
笑っちゃダメなことほど、笑ってしまったり、言っちゃいけないことほど、言いたくなってしまうのが「友達」だと思うのだが、皆さんはどうだろうか?
先日、中高の同級生にライブに来ないかと誘われた。彼は「serenade remember」というパンクバンドを組んでおり、新宿ロフトでの大きなライブに出演するのだという。
しかし、奇しくもその日、僕も同じ新宿でライブ(お笑い)があって行けなかった。非常に残念だった。
しかし、僕と同じように「serenade remember」のライブに誘われて、観に行っていた友達がいた。バンドマンには打ち上げで会えないので、彼は、僕のライブが終わるのを待っていてくれていた。合流して、二人で居酒屋へ行くことになった。
その友達の名前は「T」とする。
Tとは中1から一緒のクラスで中高6年間ずっと仲が良かった。当時から、「傍若無人」という四字熟語がぴったりな少年で、世の中や大人を舐めている感じが僕には新鮮だった。
中1にして先生と対等に会話をして、先生を笑わせたりするところは、当時の僕に衝撃を与えた。そもそも先生を笑わせるなんて子供の僕には発想がなかった。会話には、先生と生徒という上下関係などなく、対等なんだと僕に気付かせてくれた。
彼は小学生の時に相撲をしていたので、中1にして異常に体が大きかった。皮膚がつっぱり、破裂寸前といったパンパン具合で、画鋲でも踏んだら、四肢爆散するんじゃないかというほど太っていた。僕なんかは、いつ彼がパンっと弾けて、クラスに飛び散るかヒヤヒヤしながら生活していた。
ただ、Tは、高校生の時に身長が伸びて、ミートボールBOYから、一転、ガチムチBODYになり、一気に好青年になった。そして、生徒会長なんかもやっていた。
Tは、物怖じしない性格と詭弁を武器にAO入試で有名私立大学の法学部に入学した。友達みんなが彼はすごいと盛り上がった。「口が上手くて態度がデカい」だけなのに、大学に合格できるものなのかとみんな驚いた。もしかしたら、ああいうハッタリが社会で求められる能力なのかもしれないと僕も本気で思った。そういう意味でも規格外。常識外の男であるといえる。
しかし、大学入学後、どうやらそれはただの能力のうちの一つであることがわかる。
Tは、根性と単位が足りず留年を繰り返した。そして、大学に8年間も通ったものの、卒業できず、一昨年、ついに除籍となった。
僕は、Tの除籍をすごく面白いと思ってる。
8年通って、除籍とは、いくらなんでも面白すぎる。
しかし、面と向かってTの除籍を笑う人はどうやら少ないらしい。
大学は、ほとんどの生徒にとって、研究機関というより職業斡旋所のような一面が強い。学問を探求するというより、就職のために入学する場所であり、社会に出るために通う場所であるという位置付けだ。
僕も、ある程度真っ当な大学に行ってしまったので、気持ちがわかるのだが、真面目な道へ行けば行くほど、社会に近くなればなるほど、人の失敗を笑わない優しい人たちが多くなる印象だ。人格者が多い。彼らは、直接、人の失敗を笑うなんて不正義をしない。(まあ、陰で笑ってる可能性があるが)それも、本当の友達であればあるほど、直接バカにしたりしないで失敗を励ましてくれたりする。非常に優しい人が多いのだ。
Tに話を戻せば、除籍なんて、就職が当たり前の価値観の人からしたら、人生が破滅してもおかしくないくらいの事件だと思う。その感覚で言えば、Tのことを笑うという発想に至るわけがないのだ。Tの除籍について、本当に心配して、腫れ物扱いしてしまうのだ。
ただ、僕みたいな、「普通の人と違う人になりたい」なんていう拗らせ方をしている凡人は、Tのようなナチュラルに道から逸れてしまうクレイジーな人間が羨ましくてしょうがない。
僕はどこまで行っても、「変なことをやりたい、普通の人」である。大学も頑張って卒業してしまった。それに対して、Tのような、異世界転生も、チート能力もないのに、いや、逆に、ある意味、能力がないが故に「あれ?また俺なんか、やっちゃいました?」という騒動を現実世界で起こせる異常者に、憧れを抱いてしまう。
僕の思う「面白い」は、常識の外にあるものなので、もし、Tが除籍したことをあのまま、申し訳ないと感じ反省していたら、普通すぎて当たり前すぎて、それはもう僕の中では、全く面白くない。
Tの良さは、圧倒的に社会をなめてるところである。失敗した自分を棚に上げて、社会や環境が悪いとほざいて欲しい。もちろん自分が悪いと理解しながら、俺らの前では、自分が悪いなんて露ほども顔に出して欲しくない。全部を人のせいにして、僕らに「いや、お前が悪いだろ!」とツッコませてほしい。
まあ、僕も失敗した時、反省しすぎて、自分でも面白くないほど落ち込むことはあるので、何とも言えないのだが、、、。
しかし、この失敗をあえて笑うという感覚の持ち主が、僕の身近にもう一人いた。僕の奥さんである。
僕の奥さんはTとも同級生で仲が良かった。
昨年の9月ごろ、奥さんがTに数年ぶりに会った時の話である。
奥さんは開口一番「除籍になったんでしょ」とTを笑ってあげたらしい。
多分、5年以上会ってないはずだ。
すると、Tは、いきなりのことで動揺したようで、「う、うん」と奥歯にものが詰まったような反応をしたという。
奥さん的には、「あんなに面白かったTなら笑いにしてくれるだろう」と思っての発言だったため、とんでもない肩透かしにあったという。そんな調子でモジモジする気持ちの悪い、Tをみて奥さんは「つまんねええええ」と心の底から思ったらしい。
そして、「あ、周りに真面目な人ばかりで、いじってくれる人もいないんだ」とTのことを不憫に思ったそう。
ここまで書いていて、ああ、なんて気が合う女なのかと嬉しくなる。
だから、奥さんは、その後も果敢にTをバカにしたという。「学費もったいないね」「せっかく良い大学行ったのに」などのラッシュである。
我が嫁ながら、最高に性格が悪い。(僕も、この性格の悪い嫁に何度となく口論を挑み、何度となく泣かされている。)
ただ、Tは、この奥さんの口撃にどうやら、面白い自分を取り戻したようだった。最終的には吹っ切れて「他のみんな、聞いちゃいけないことみたいに除籍のこと扱うから、こんなズケズケ言われることないんだよ!こんなヤツいないよ!」と嬉しそうに笑っていたらしい。
この話を聞いて、僕は、嬉しかった。反省してるTなぞ、みたくないのだ。
「よくいじってあげたよ」と僕がお奥さんを褒めてやると「だって、面白くないTは、ただの豚でしょ?面白いからTなのに。」と、一言で切り捨てていた。
切れ味鋭すぎて、スライスになっちゃう。
そして、先日に話は戻る。
そのTは、除籍後の今、地元で豚を育てているというのだ。
施設でブランド豚を作ろうとしていて、研究をしているという。話によると豚は3ヶ月で出荷できる大きさに成長するらしい。豚は急激に太るのだ。全く知らなかった。
それに対して、Tは、ゆっくり時間をかけて太っているようだった。高校生の時はあんなに痩せてたのに、大学8年間と、今の生活で、しっかりと不摂生をして、じっくり体重を増やしているようだった。
服がおしゃれだったのでパッと見はわからなかったが、現在は体重がなんと100キロを超えているという。
出荷できる豚も100キロは超えてる。
「豚が豚を育てている」というソーセージ並みにジューシーな皮肉だった。
痩せてさえいれば、こんなことにはならなかったのに。
そこに注文していた、アツアツの焼き鳥も運ばれてきた。
こちらも負けないくらい、こんがりとした、いい皮肉の匂いがしていた。
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