ダメ男のトレーニングが平和を崩す
9月から筋トレを始めて、1ヶ月以上経った。
それまで僕は、筋トレを一切せずに、自分がムキムキのコラ画像を作成し、毎日見続けるというトレーニングをこなしていた。
しかし、驚くことに、全く効果が現れなかったので、トレーニングを始めることにした。
前から、僕の体が、薄型テレビより薄いことを、奥さんや友達や芸人仲間、バイト先の人に心配され続けていた。
生きることに真剣になると、痩せていってしまうのだ。
薄型テレビみたいな体ではなく、ブラウン管テレビのような、ぶっ叩いてむしろ、映りが良くなっちゃう、そんな、たくましさを兼ね備えたボディを手に入れようと決意した。
そして、トレーニングを始め、1ヶ月経った。
されど、たかが1ヶ月である。体型には、さして変化はない。
しかし、生活には、ある変化があった。
ここ最近、奥さんと毎日、喧嘩しているのだ。
もともと、奥さんとは、ほぼ毎日言い合いをしており、喧嘩などは日常茶飯事なのだが、なぜだか、この頃の喧嘩は前より消耗も激しく、精神がすり減ってくるまで、とことん、やり合ってしまう。
そして、驚くべきことに、喧嘩がヒートアップしていくと、不意に、カッとなって奥さんに手が出そうになるのだ。必死にその衝動を抑えるのだが、これには、自分でも初めてのことで驚きを隠せない。
僕は幼少期から母親に「女の子に暴力を振るうのは最低だからね」と言い聞かせられていたし、そもそも自分がパワー系の人間ではない自覚があるので、幼少期から行動の選択に「暴力」なんてものは存在していなかった。
しかし、突然、暴力という選択が、それこそ、「カッと」芽生えてしまうわけだから、流石に怖くなってしまった。
今までの人生、暴力に対しては、持ち前のユーモアを武器に戦ってきたつもりだ。
喧嘩で勝つより、みんなが笑ってた方がいいじゃないかという考えである。
ユーモアの魅力はやっぱり軽さである。
「軽やかさ」こそが武器だ。にもかかわらず、「カッと」なった時、急にズシリと重い拳銃を握ってしまったような感触が手のひらに広がる。
経験がないのだから、握られた拳の持つ恐ろしい激情ををどう扱っていいのかさえわからない。
戦々恐々としながらも、喧嘩は毎日のように勃発する。
そう。勃発してしまうのだ。
寝る前に、喧嘩になろうものなら、奥さんが「アタシを怒らせといて、勝手に寝ようとするなんて許さないわ♡」と夜中までサドンデス状態にもつれ込んでしまう。
しかし、奥さんにも仕事があるし、僕も朝からバイトに行けなければならない。
寝不足のまま、バイト先に向かう。そういう日に限って、夜にライブがあるので本当につらい。
僕がバイトをしている区民プールには、主婦の方が何人もいる。
僕はよく、主婦の方々に喧嘩したことを聞いてもらっている。もしくは、主婦の方の私も喧嘩したなんて話を聞いている。
そんなある日。2人の娘さんを持つ主婦の方と、昨夜も僕が喧嘩したという話をして、最近、謝れなくなってるんですと、ぼやくと
「もしかして、兼子さん、最近トレーニングしてない?」と聞かれた。
「え?してますけど、、、」と返すと
「やっぱり!!!」とその場に大きな声が響いた。
「え?そんなの関係あるんですか」と疑問を口にする。
なんとその方の、旦那さんも筋トレを始めてから、口ごたえをするようになったとのことらしい。
そして、筋トレをやめた途端、元の口ごたえをしない旦那さんに戻ったというのだ。
お分かりの通り、「口ごたえ」という、言葉一つでその夫婦のパワーバランスが丸裸になってしまうのはご愛嬌である。
どうにも、その旦那さんは元々、かなり温和な性格らしい。
そして、筋トレをしていた時期は喧嘩した後「俺は、昔からこんな怒ったりしないんだけどなあ」とぼやいていたという。
これには驚いた。なんと、僕も、数日前の喧嘩の直後「俺はこんな怒ったりするタイプじゃないのに!」と全く同じセリフを声高に叫んでいたのである。
そして、主婦の方が言うには、僕とその旦那さんの言動が似ているという話になった。
旦那さんは元バンドマンだと言う。僕は芸人。
どちらも、夢みがちで現実を見たくないと言う点では、何か、似ているかもしれない。失礼か。笑
そして、僕の奥さんに対する「口ごたえ」をきいていた、主婦の方はだんだんと、
「なんか、言ってることがうちの旦那にそっくりで、イライラしてきたわ♡」と言い始めた。
挙げ句の果てに「イライラするから帰ったら旦那のこと怒ろう♡」と言っていた。
思わぬところに、うちの家庭の喧嘩が飛び火してしまって、申し訳ない気持ちになった。
しかし、僕も、その主婦の方と話していて、半分、自分の奥さんに怒られていると錯覚するほど、同じようなことを言われていたので、許していただきたい。
旦那さんに、心の中でそっと手を合わせ、合掌した。
もしかしたら、筋トレと夫婦喧嘩には関係があるのかもしれない。
ホルモンのせいかもしれない
筋トレをすると男性ホルモンがドバドバ出るという。
男性ホルモンは「闘い」のホルモンであり、挑戦と勝利のホルモンである。
それが分泌されることにより、どうにも、負けることを許さないような気持ちや闘志が湧いてきてしまうのかもしれない。
だから、前は素直に謝れていたのに、つい、言い返してしまうのだ。負けたくないのだ。
こう言う部分を、最近は、奥さんに「器が小さい」「ちっちゃい男」と言われている。それでまた怒ったりしている。
そう考えると、人間は「ホルモン」という脳内物質の奴隷だと思った。
ちょっと筋トレしただけで、急に謝れなくなって、生まれてから経験したことのない暴力的な衝動に駆られてしまったりしてしまう。
なんて愚かな。
それに、女性は、ホルモンバランスのせいで、月に3回性格が変わるなんてよく言う。
僕も理不尽に怒られたりしている。
人間はホルモンによって、性格や行動が変わってしまう。
ホルモンに支配されている。
カッとなって、刺した。カッとなって、首を絞めた。
そんなのは困る。
人間はホルモンとうまく付き合っていくしか道がないということになる。
僕がこのまま、筋トレを続けるなら、その男性ホルモンから湧き上がる勝利へのパワーを、奥さんとの喧嘩のためにではなく「仕事」や「やりたいこと」への原動力へ変えなければならないはずだ。
ただ、筋トレをしない、薄型テレビボディでも、「素直に謝れる平和を愛する戦士」として魅力はあると思った。
ただ、ひとつ笑えるのは、「もっと体大きくしたら?」と言ったのは奥さんで
旦那さんに、「痩せたら」と言って、ジムへ通わせる後押ししたのは、その主婦の方ということである。
やっぱ女の人は、男らしい、かっこいい体が好きなんじゃないか。
どうするんだ。
明日も生きていかねば。
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