落ちたパンの話

小学生の頃の楽しみと言えば、給食だったと思う。
好き嫌いもほとんどなかったし、牛乳も飲めた。
食器からなんとなく匂う消毒なのかプラスチックなのかの匂いが苦手だったくらいで。

高学年だった時のいつもの給食の時間だったと思う。
向かいに座っていた男子T君が、ちぎったパンのかけらを床に落とした。
T君はそれを拾って、なにかをぶつぶつ言いながら、まだたくさんスープが残っている食缶の中に入れた。入れたあとそれを軽く混ぜていたような気がする。
私はそれをなんとなく眺めていた。
T君はそれに満足したのか、自分の席に戻ってまた給食を食べ始めた。

しばらくすると担任のS先生(女)(けっこういいとし)(深い意味はない)が「おかわりしよー♪、今日はお腹ぺこぺこだったんだー☆」とか言いながら食缶を開けた。生徒はみんな1杯目を食べていて、S先生がおかわり一番乗りだった。るんるんしていた。
私はそれも黙って眺めた。その中を私は知っている。
まもなく「なにこれ！」と大声を出した。T君が入れたパンに気が付いたようだった。

その後の記憶は曖昧だが、S先生は虫の居所が悪かったのか
T君は泣きながら、教室の前に立たされて
クラスのみんなに向かって謝っていた。
「ぼ、ぼくが落としたパンをしょ、食缶に捨てて、みんなが、給食を、お、おかわりできなくて、ご、ごめんなさい」

S先生はわりと性格があれな先生だった。
だから今でもS先生が『もっとたくさん食べたかったのに、生徒のせいで食べられなかったので、頭にきたから泣くまで叱って、みんなの前で謝らせた』んだと思っている。覚えてないけど。見たわけじゃないけど。あの先生ならしそう。

そんなことを夫に話した。
夫はそれを笑って聞いてくれた。
私の中に、なんとなくわだかまっていることを
笑ってくれる人がいるというのはありがたいことだと思った。
あの頃の私はS先生が嫌いだったんだと思う。
でも『小学生の私』は、S先生が好きだった。
子供だったから。

今、一緒にいる人が
過去の私を助けることが
本当にあるんだと思った。
人は過去に影響する。