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東海学生AWARDは本当に尊い。

お久しぶりです、かなです。
前回のnoteを書いてから半年ぐらい経った気がしていますが、どうしても言葉に残しておきたいことがあり、今回ここに戻ってきました。

2年前の2020年。私の人生を大きく変えたものに出会い多くの人のまえで自分を表現しました。そこから今の会社に出会い、今の私が形成され、主観的幸福論の大切さに気づき、自分の人生を愛せるように。
それが東海学生AWARDです。

2年ぶりに戻ってきたAWARDには、作り手一年目にも関わらず副実行委員長として7月から走ってきました。
右も左も分からない中、大切にしたいものを大切にしながら多くの人に助けてもらいここまで来れた気がします。

そんなAWARDが今年も無事に本番を終えました。

本当に尊かったです。あの場所はとてつもない価値がある。

そして本番が終わった今、このAWARDでもらったもの、今感じていることを言葉に残そうと思います。

私のトリセツを理解して成長させてくれた相方。

この7月からの5ヶ月弱、一番共に悩み考え励まし合って走ってきた人にまず心からの感謝をさせてください。
今期実行委員長の友喬のことは2年前から知っていて、なんとなくこんな人だってことは聞いていました。でもちゃんと話したことはなく、話すようになったきっかけは幼稚園の同窓会。
実は私たち幼稚園が同じで、同い年で、約18年ぶりの再会でした。
最初は不安なことしかありませんでした。お互いに二人で正副実行委員長としてやっていけるのか。希望は見えずらかったです。

でも散々話して、向き合い続けて夜通し話して、気づいたら朝日が登ってる時も。
実行委員を組成してやっていこう!ってなる前に友喬のことがわからなくて、友喬を知りたいと思って、最初の頃はほぼ毎日のように話していました。

そして、気づいたらいいコンビになっていた気がします。バディのように私にとっては大切な存在で、最初に感じていた不安は無くなっていて、お互いに「うちら良いコンビだよね」って言えるぐらいに。

私とは真逆な人です。本当に。
でもだからこそ、ちょうどパズルのピースが合って、お互いが苦手なところ、できないところを補い合ってここまできました。

もともと人との距離感がわからなくて、人を究極信じられなくて、頼れない。自分のことを大切にできない。愛せない。
そんな悩みをずっと抱えていて、もう無理だと諦めて、割り切って人生歩もうって思っていました。
でもそんな私を成長させてくれたのは紛れもなく友喬だったと思います。
背中で、人との関わり方、人に対する思考方法を見せてくれて、私に刺さりやすい言葉で色々なことを気づかせてくれたような気がします。
気づいたら前よりも人を大切にできるようになって、何より自分のことを大切にできるようになってきました。
私は私でいいと思えるようになり、先日、オーガナイザーに「私、愛知県の20歳で一番幸せだと思えるぐらい幸せです。」って言ってました。

本当に友喬は、人としてとてつもなく大切な人だと感じます。
一緒にここまで進んできてくれて本当ありがとう。

裏で動く人の美学とは。

少し話は変わりますが、副実行委員長は前に出ることはほとんどありません。私は私の役割を全うしようと、裏側に徹して、縁の下の力持ちになれるように走ってきました。
それは副実行委員長だけでなく、事務局もそうだと思います。

でも縁の下の力持ちと言われる人は、脚光を浴びたり、褒められたり、感謝されるためにやっているわけではありません。
逆に光を浴びなくても、私がいるから表の場がスムーズに行く、とっても素敵な場所になる、そんな状況が快感なのかもしれないですね笑

でも、時に人間ですから、感謝されたり褒められたり、光を浴びれたら幸せになることもあります。頑張ったことを素直に頑張ったねって言われたいって思うこともあります。

私が尊敬してて本当にこの人は大きい人だなって思う人がこんなことを言ってました。
「光を浴びることは少ない、でも本当に必要なことをしていてそのために努力してチャレンジしている人がちゃんと光を浴びることができる居場所を作りたい」と。

そうなんですよね。
わかりやすく光を浴びる人もいるけれど、逆に光の下にはいないけどこの人がいなかったら成立しないような、本当に重要で大切なことをしてチャレンジしている人もいます。

そんな人が光を浴びる機会があってもいいはず。
たまには光の下に立ったっていいと思うんです。

私は今回のAWARDで「裏で動く人の美学を追求する」とずっと言っていました。でも最初に捉えていた『美学』の仮説と今の仮説は少し違う気がします。
最初は結構安直というか、表面しか捉えられていなくて、物理的に美しいを追求していました。
ロジがきちんと回っていて、コンテンツの変更に応じてスムーズにロジを変更できる、そして裏でバッタバタしない。そんなことを美学と言っていました。
でも、そうじゃなかったのかもしれません。
裏で動く人の美学って、もっと深いところにある気がしています。

裏で動く人は脚光は浴びない。でも、逆に注目を浴びないことが最高の褒め言葉なのかもしれないなと。
裏で動いている人が注目を浴びるとき=本当はスムーズにいって当たり前のことがそうはいかなくて、バタバタしていることが見えてしまった時、表からわかってしまった時、そんな時裏で動いている人に声がかかりますよね。そこどうなってんの?あれ?大丈夫そ?みたいな。
だから注目を浴びないこと=スムーズに回っていることなのかもしれません。だからそんな状況が最高の褒め言葉なのかなと。

でも、先述したように、注目は浴びなくていいけど、たまには脚光を浴びたい時だってあります。誰にも何もいってもらえなかったら究極、自分でよく頑張ったと言うしかないんです。
それは時には辛い時もあります。

だから私も脚光は浴びないけど本当に努力をしてチャレンジをしている、そういう人が光の下に行ける場所を作りたいなって思います。

AWARDは尊い。

改めてAWARDのことを考えてみると、AWARDって魅力がなぜだか伝わりきらない気がしています笑 真の価値は、あの場を自分で感じて初めてその価値がわかる、みたいな感じです。

だからAWARDとはを一言で言うのも難しいです。いや、一言で表すことが時によってはマイナスになることもある気がします。

毎年AWARDは10月に作り手とプレゼンターが一堂に集まる『キックオフ合宿』を皮切りに進んでいきます。
プレゼンターはその後2ヶ月ぐらい、ぐるぐるし続けながらも考えて行動して、自分が本当に大切にしたいこと、やりたいこと、自分のど真ん中は何かを探し、それをどう社会に価値を届けていくか、を模索していきます。

『世界中の人にバカにされても、否定されても、私が私であり続ける限りやり続ける』そんなふうに思えることは何か、をAWARDで見つけて欲しいです。
それが自分のど真ん中を見つけることであり、今期コンセプトとして掲げている『青い炎を燈す』ことです。

だからプレゼンターの言葉には本当にアツいものがあるんです。信念のような。みんなアツくて一生懸命で本気なんです。だから応援したくなる。本当にかっこいいと思います。

AWARDの場所には毎年そんな、自分自身のど真ん中を語っている高校生・大学生が20名ほどいるんですよ。その子達が本当に一生懸命、心からの想いを語ってくれます。
そんな場所他にはないって本気でそう思います。
純度100%のその子の本気の想いが溢れている。会場はその熱気で包まれている。そんな空間って、尊いんですよね。本当に。
まだAWARDを見たことがない方はぜひ一度感じて欲しいです。実際にあの空間にいたら感じられる熱と尊さの価値を感じて欲しいなって思います。

本当に価値のある、本質を捉えた場所を今年作れて私は幸せです。

これからも。

AWARDは私の人生にとってかけがえのないものになりました。

2年前はプレゼンターとしてグランプリをいただき、去年はOGとして本番でエールを送り、今年は副実行委員長として作り手として関わって。
来期ももちろん関わっていきます。大切にしたいから。

このnoteを読んでくれた人には伝えたいです。
人生、自分が大切にしたいと思えるものを大切にしながら、自分が幸せだと言い切れたらそんな最高なことなはないんじゃないでしょうか。

周りの目とか、評価とか。
この世の中で生きていたらいろんなノイズがある。

でも人生は自分のもので一度きりだから、自分が胸を張って幸せだと言い切れるような人でいたいです。

周りのノイズは0になることはないと思います。でも自分の信念を信じ続けて、自分の幸せを自分で追求して幸せだと言い切れたらそれが本当に格好いいと心から思います。

凛とした私でいられるように、これからも大切なものを大切にして生きていこうと思います。




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