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【識者の眼】「増加が止まらない児童虐待」本田秀夫

本田秀夫 (信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授)
Web医事新報登録日: 2021-11-05

平成16年度から、厚生労働省では毎年11月を「児童虐待防止推進月間」と定め、社会全般にわたって児童虐待問題に対する深い関心と理解を得ることができるよう、広報・啓発活動など種々な取組みを集中的に実施している。しかし、児童虐待の件数は増加の一途をたどっているのが現状である。

今年の8月に厚生労働省が発表した速報値によれば、令和2年度の児童相談所による児童虐待相談対応件数は20万5029件で、前年度より1万1249件(5.5%)増え、過去最多を更新した。相談の内容別件数では、心理的虐待が全体の約6割を占め、次いで身体的虐待、ネグレクト、性的虐待の順であった。

我々医療従事者は、児童虐待に直接的・間接的に関わる機会が多い。身体的虐待の被害に遭った子どもに対する処置が必要なことは言うまでもない。さらに、乳幼児期に虐待を受けた子どもたちの中に、長期にわたる情緒・行動の問題や深刻な精神医学的後遺症を示すケースが少なからず存在する。少年の非行、自傷、自殺などの背景に虐待されて育ってきたことの影響がうかがわれることは、珍しくない。成人でも、自分に自信が持てず、他者と親密な対人関係を築くことがうまくできない人の診察を進めていく中で、児童期の被虐待体験が明らかになることがしばしばある。

さらに言えば、自己肯定感の低下、不安定な対人関係、社会的ひきこもりなどを示す人たちの一部に、明らかな虐待といえるかどうか微妙ながらも児童期に安心できる親子関係が築けなかったことが人格形成に大きく影響したと思われる人たちが存在する。このような裾野まで含めた「マルトリートメント(不適切な養育)」は、想像以上にわが国の多くの家庭に及んでいる可能性がある。

虐待は、密室化され閉じた人間関係の中で起こりやすい。したがって、子どものいる家庭が地域から見えやすく、子育てについて親が家庭外の他者に相談しやすいような地域づくりが求められる。そのためには、親の育児への負担感を軽減させ、地域ぐるみで子育てを支援していく風土の形成が不可欠である。医療従事者は、ともすると「子育てはこうあらねばならない」と親に求めがちであるが、そのような態度は時に親を追い込むことになる。親が子どもに関する相談で気軽に訪れることができるよう、医療機関の門戸を開いておくことが重要である。

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