新しくなったCMMI
SPI(ソフトウェアプロセス改善)のコミュニティにおいて、組織のプロセス改善モデルとしてもっとも良く知られているモデルの一つが「CMMI(能力成熟度モデル統合)」である。1990年代の「ソフトウェアCMM」モデル以来、形を変えつつ四半世紀以上にわたって全世界で活用されてきた。そのCMMIが、2018年3月に新世代のV2.0として大幅に改訂された。2019年6月には日本語の公式訳もリリースされ、日本でも本格的に活用できるようになっている。JASPICは今回も日本語化の活動を支援しており、ホームページでも案内している。
今回の改訂の特徴は、アジャイル環境における記述の大幅拡充のような、V1.3の延長としての「V1.4」的な追加変更だけではなく、これからの改善活動に期待される特性を見直し、モデルの構造の大きな変更を含めた大規模改訂としての「V2.0」を目指したところにある。
成熟度レベルの追求の問題点
CMMIのV1.Xを使った活動では、「成熟度レベル」の向上を改善目標とすることが多かった。組織としての本来的な改善の目的(例えば、品質の向上)を動機としつつも、モデルが規定するプラクティスを組織で実践し、評定を通じてレベル達成の確認を行うことが標準的な改善活動であるとの認識も見られた。プラクティスの実行に重点が置かれ、プラクティスがもたらすはずの「価値」の実現が軽視された結果として、組織が持つ「能力」の向上にはつながらず、実績の向上としての成果につながらない(または副次的なものにとどまる)事例も少なくなかったであろう。当然ながら、このような事例は改善活動の原点である「成果の改善」からは遠いものであるが、調達におけるレベル要求や、組織内外のベンチマーキング競争の文脈においては避けることが難しい。特に、CMMIの広がりとともに低コスト・短期間でのレベル達成を目指す組織が増えるにつれ、この傾向が強まったようである。
能力向上の追求へ
V2.0に向けてのモデルの見直しにおいてもっとも大きな関心事は「モデルを用いた改善活動が成果につながる」仕組みをいかにして構築するかということであった。結果としての大きな判断が「能力向上/実績向上」を中心に持ってくることである。まずはプラクティス群の位置付け(グルーピングや、取り組みを推奨する順序)の大きな見直しにつながっている。V1.Xの時代での「成熟度レベル2のプロセス領域から取り組む」というスタイルではなく、「組織が向上すべき能力分野のプラクティスから取り組む」というスタイルを推奨している。例えばV1.Xではレベル2=「プロジェクト管理系の改善」から取り組むことが多かったと思われるが、V2.0においては12個の「能力領域」の中から対象となるプラクティス領域を選ぶことになる。V1.X時代で言う「連続表現形式」を用いたアプローチ(能力度レベルの向上)に似ているところもあるが、選択されるプラクティス群のグループ分けの考え方が異なり、能力向上を主眼としているところが大きく異なっている。また、プラクティスの要素として「プラクティスの価値」を記述している点も能力向上の支援の一環と言えよう。
実績向上の確認としての評定
実際に能力が向上しているのか、組織が必要とする水準に達しているかを確認する仕組みは、PDCAの基本である。そのような実績の確認をCMMI評定の一部または並行活動として行うべきかについては長い間議論が行われてきた。初期の成功事例の中では「能力/実績の測定と成熟度の測定は同時に行うべき」という意見が多かったように思うが、組織にまたがる能力/実績評価の難しさもあって、V1.Xの正式評定の仕組みでは実績評価は採用されなかった。V2.0では、ここでも大きな一歩を踏み出して、正式評定において「Performance Report(実績報告書)」の作成を必須とするように改訂された。実際の運用は始まったばかりであるが、改善成果のアピールの事例が増え、「CMMIの活用が成果につながっている」という認識が広がることが期待される。
成熟度レベルの呪縛はなくなるか?
V2.0において成熟度の概念が廃止されたわけではなく、ベンチマーキングの文脈では今後もレベル評定が行われるであろう。しかしながら、そのような呪縛が徐々に解かれ、SPIの本来の姿である「実績向上」が強調される時代が来たとも言える。「能力成熟度モデル」における「能力」が重視される時代と言ってもよい。事業価値に直結するSPIの実現という意味で、大きな前進と言ってよいだろう。同時に、長らくCMMIに関わってきた者から見れば、既視感を伴う「原点回帰」のようにも見える。20年来の問題が解決するのか、楽しみでもある。