Q.佐渡島さん、福岡で何してるんですか?
夕日が綺麗な場所で過ごしたい。
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伊藤 なんで福岡だったんですか?
佐渡島 僕は自然がすごく好きで。自然が味わえる場所に住みたいなあと思いつつ、かと言って、やっぱり人と会うのも必要だし、文化的な感度みたいなものは、僕がずっとこの会社をやっている限りは必要で。東京との移動のこと、自然が近いこと、そして文化的であることを考えると、札幌、仙台、名古屋、金沢、大阪、京都、神戸、広島、福岡に絞られるんですよね。でも、札幌は冬がしんどいし、北海道は自然を楽しめる場所が札幌から遠くて移動が大変。仙台は新幹線が一時間に一本しかない。はやぶさに乗らない限り、すごい時間かかるし、結構混んでいて、乗れなかったりする。また、東北の自然を味わおうと思っても、東北内はそう簡単に移動できない。名古屋と大阪だったら、東京の方が良いかなあと思っていて。神戸は実家なので候補に入れたんですけど、兵庫県も自然が味わえるんだけど、移動に時間がかかるし行っても混んでるしで。広島も同様な悩みがあって、北から順に考えて候補がなくなり、福岡しかないなって思えた。都心に近いし、コンパクトだし、教育もしっかりしてるし。とくに子供の教育環境が良い場所ってそんなにないんです。だから、福岡かもって。
伊藤 拠点を移そうと思ったのはいつぐらいですか?
佐渡島 2020年の夏くらいからですね。
伊藤 実際に移してみて、どうですか?
佐渡島 僕はもう最高(笑)。
伊藤 最高、いただきました(笑)。今は週の半分ぐらい福岡ですか?
佐渡島 4日福岡、3日東京にしている。金土日月が福岡。火曜日の朝に行って、金曜日の朝に帰ってくる。
伊藤 具体的に、福岡はどう“最高”なんでしょう?仕事をしに来たのではなく、環境や生活のことを考えて来たんですもんね。
佐渡島 仕事をするようになってもいいんですよ。福岡はまだまだクリエイティブ面、ソフト面を作る人が少ないので、興味を持ってもらえると思うから。でも、それよりもやっぱり週末の移動のしやすさ、家族で過ごす時間の楽さが全然違う。この前も志賀島に行ったんだけど、志賀島の素敵な場所で視界の中にうちの家族しかいなかったですもん。一体、福岡の人たちはどこで過ごしてるの?って思っちゃった(笑)。吉野ヶ里遺跡に行っても、海の中道の海浜公園に行っても、僕らしかいなかった。都市の真ん中の天神とかで過ごそうと全然思ってないから、本当に最高です。
伊藤 自然や環境を重視する生き方って、昔からですか?
佐渡島 僕、大学の時に海洋調査探検部に在籍していたんです。
伊藤 そうなんですね。それは知らなかった。
佐渡島 大学の時、5万円で2週間過ごす旅みたいなことをよくやっていた。格安チケット買って、1800円とかの素泊まりの宿に泊まったりして。船で移動して、無人島みたいな島に渡って、テントに泊まって、食パンにキャベツ挟むだけのサンドイッチで暮らしたりとか。そんなサークルにいたんです。2週間だと16、7冊ぐらい本持って行って、毎日ずっと本読んで。「夕日きれいだねー」とか言って、キャンプファイヤーして、誰かがギター弾いたりして。それが基本だから、プライベートで旅行する時も言うほどお金はかからない。
伊藤 じゃあ、自然がある場所を求めるのは自明なことですね。
佐渡島 じゃないと、すぐに夕日が綺麗な場所で過ごしたくなっちゃう。
伊藤 パブリックイメージとギャップがありますね。
佐渡島 そうですね。でも、僕、本を作っているから、文化的なイメージはあるでしょ(笑)。
楽しむために生きる。
仕事もその中のひとつ。
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伊藤 東京と福岡の2拠点生活で、佐渡島さんの仕事の内容に変化はありましたか?
佐渡島 そんなに変わってないですよ。基本的には《CORK》です。
《CORK》の仕事が気持ちの部分も含めて99%くらい。なんだけど、時間の使い方はどうなってるの?と聞かれると、講談社のサラリーマンの時から変わらず、興味があることは全部やっています。講談社時代はどういうスタンスだったかと言うと、「講談社から給料をもらっているんでタダでいいですよ」って言って、いろいろとやっていた。と言っても、講談社の仕事として活かしたものもいくつもあります。基本、全部タダで首を突っ込むタイプ。タダだったら、自分が加わっても誰も損しないみたいな感じでいろんなプロジェクトに参加していた。でも、《CORK》を作った直後、僕が精神的に余裕がなかったから、自分で稼がないといけないと思っちゃって、プロジェクトがあると「これとこれで稼ごう」って思ってやってしまっていた時期もある。だけど《CORK》も9年目に入って、会社としては社員が頑張ってくれるようになって来ているし、「面白そうだからやります」みたいな仕事もまた増えてきた。だから今は“仕事のために生きていないし”みたいなテンションなんですよ。楽しむために生きていて、仕事もその中のひとつ。お金になるかならないかわからないけど、別にやりたければやるし、やりたくなければやらないみたいな感じで、興味のあるプロジェクトすべてに顔を突っ込んでいます(笑)。
伊藤 外部の僕たちが認識していない《CORK》の仕事もありますよね?
佐渡島 ありますよ。例えば《CORK LAB》というオンラインサロンをやっていたりします。これもビジネス的にはすごく何かになっているわけではないんだけど、収益よりも実験的なことを重視してやっている感じ。収益の半分は、新人たちに投資して、半分は運営に戻して、そのお金を自分たちでどう使えるか。街の予算みたいな感じで自治をどう働かせるかっていうことをやっている。
伊藤 一応、佐渡島さんは確認するわけですよね?例えば、お金の使い方とか。
佐渡島 いや、僕には意思決定権がないです。
伊藤 佐渡島さんに決定権はないんですか?
佐渡島 ない。みんなで決める。これの面白いのが、みんなはお金というよりは仕事が欲しくてやっているわけで、「自分たちで決めていいよ」って言っても、誰も受け取ろうとしないんです。みんなで行く旅行で会計をやりたがらないのと同じ。自治にお金があるよって言ってもやりたがらない。でもそれをやってもらっている。そういうのって面白いなと思っていて。
伊藤 その感じで福岡でも仕事を?
佐渡島 福岡に来てみると、いろいろ声をかけてくれる人がいます。《CORK》だと絶対に受けられない仕事も「あ、いいっすよ」って言うと、「いくらなんですか?」と聞かれるので、一応は正規の値段を言うと、大体が予算オーバーしていて、「じゃ、無理ですね」ってなるんだけど、僕は「いいですよ」って言って、相手の言い値でやってみるんです。言い値でやるんだけど、飽きるとスッといなくなっちゃう。
伊藤 怖い(苦笑)。
佐渡島 でも、面白かったら、ずっとやりますから、大丈夫ですよ(笑)。
クリエイティブも
地産地消をした方がいい。
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伊藤 さきほど福岡はクリエイティブ面、ソフト面を作る人がいないという話が出ましたが、福岡では行政や街開発する人たちの中で「福岡をクリエイティブな都市に」的なメッセージを出していたりします。それに関して、僕はギャップを感じてしまう部分があるのですが、佐渡島さん的にはどう見ていますか?
佐渡島 才能ってほぼ“やり切る力”なんですよね。その“やり切る力”は経験を積んでいけば育つものだと思っています。九州出身で東京で働く人はいっぱいいるじゃないですか。でも、九州出身の人たちがどこかへ発注するとなると、どうしても東京に頼みがちですよね。東京の会社の九州支社だったら、九州のクリエイターに頼みそうだからまだいいんだろうけど。九州大学芸術工学部をはじめ、結構良い才能はいると思うんですよ。なのに外に頼んじゃうっていう状態だから。10年ぐらい我慢して、九州の人を使い続ければ変わると思うんですけどね。
伊藤 ちょっと僕も胸が痛いかも……。その我慢ができる人は少ないかもしれませんね。
佐渡島 僕が福岡に来て、何を思ったかと言うと、福岡はセンスが良い。例えば、街を見てみるとわかるんですが、名古屋や大阪に比べて、街にチェーン店が少ないですよね。福岡で吉野家食いたい!ってなった時、意外とない。牛丼だけでなく、他のチェーン系のお店も少ないんです。最近、スタバは増えている感じはあるけど、地元の喫茶店やコーヒースタンドが頑張っているんですよね。定食屋も頑張っている。これは地方都市の中で頑張っている方だと思いますよ。なぜなら個人のセンスが良いからなんです。だから、本当に、10年頑張ってみればいいと思うんです。食材に関して地産地消って言うじゃないですか。クリエイティブも地産地消した方がいいと思いますよ。
伊藤 なるほど。クリエイティブの地産地消。
佐渡島 編集者って、何の仕事かというと発注を決める仕事じゃないですか。その人たちがそこそこでも大きい仕事を九州で、福岡でちゃんと地産地消することが重要だと思います。僕は福岡にせっかく来たんだから、それをやりたい。僕がこっち来て、東京の知り合いに発注するみたいな感じだとちょっと違うなって思います。
伊藤 でも、佐渡島さんからの発注に適う人って、福岡にいますか?
佐渡島 才能はあるんだけど、しっかりとした仕事を頼まれなくて、「自分なんて実力がないから下請けしかできないんだ」っていう気持ちのまま、長い時間を過ごしてしまっている人は多いと思います。そして、その気持ちだと花咲かない感じになっている。
伊藤 これは耳が痛い人多いだろうな……。もう少し突っ込んで聞きたいのですが、それは編集者の仕事だということは理解しますが、何で地産地消をした方がいいと思いますか?嫌な言い方をすると、我慢をしなくてはいけない意味はどこにあると思いますか?場所のため?地域のため?人のため?福岡が活性化すればいいなと素直に思うのだけど、じゃあ、改めて、何のために育てるってことをやらないといけないか?って聞かれると何でだと思いますか?
佐渡島 正直、センスがいいものを東京から福岡に持って来ることは簡単です。有名な建築家の建物はどこに行ってもその人の建物。お金を払った人もその人の作品を買ったっていう満足感。でもそれって、一瞬で劣化していくというか。センスのいいものって時代とともにぐるぐる変わるから、東京から持って来る時に、常に東京から持って来続けることでセンスを保つって感じになると……。僕はどこまでガラパゴス化させるかがすごい重要だと思っているんです。九州で育った人だからこそ思いついたデザインとか、発想とか。「東京だとこうだけど、九州だとそうだよね」みたいなデザインとかものが生まれると思うんです。ガラパゴス化するがゆえに長期的にみると価値になることが起きると思っている。本当にしっくりきたものを作ると考えた時、福岡は東京とも札幌とも違う。
伊藤 佐渡島さんはこれからそういうことをやっていこうとしてるんですか?
佐渡島 僕は頼まれればやるかもしれませんが、《CORK》の仕事ではないですね。《CORK》は自分たちの作家を育てる会社だから。それで言うと、《CORK》のメイン作家のふたりを福岡の糸島に移住させましたよ。
伊藤 それはなぜ?
佐渡島 「とにかくいいよ」って言って(笑)。
伊藤 《CORK》の作家たちにとって環境は関係ありますか?作風や制作スタイルなど適した人の条件はあると思いますが。
佐渡島 都会でせこせこ描いている人の作品なんて、世界中の人もう読まねえよって(笑)。糸島の超気持ちいいところで描いた作品で、お前が世間の人々の心を浄化しろ!って(笑)。
伊藤 なんと、大胆な(笑)
糸島で進めている、
地産地消の仕組み。
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佐渡島 移住をすすめたのには、実はもうひとつ理由があって。糸島で進めているんだけど、僕も関わらせてもらっている《雲孫財団》という社団法人があって、財団の活動として、クリエイターに初期の3~5年間の家賃を補助する仕組みを作って、そこで創作できるよう環境づくりを今行っています。糸島を、漫画家だけでなく、研究者や料理人などあらゆるクリエイターがたくさん住む街にしたいと思っていて。そこで競争心が芽生えたらいいなあと思っています。最初にうちのクリエイターたちが有名になって出ていくと、そこで創作することに価値が生まれるので、ゆくゆくはその家に住む権利を新人賞の副賞としてあげたいんです。
伊藤 福岡に移住した《CORK》のメイン作家のふたりは結構な手練なんですね。
佐渡島 間違いなく、ここから5年後くらいに有名になると思います。
伊藤 5年後に有名になる人がわかる佐渡島さんもすごいですよね。それだけたくさん見て来ているし、世に出して来ている。
佐渡島 って信じて頑張りたいです(笑)。
伊藤 そのふたりは佐渡島さんが頼んでから、糸島に来てもらった感じなんですか?
佐渡島 いや。うちにいるクリエイターたちに、「どう、来ない?」って言ったら、不思議なもので新人の中のトップ2が移住しますって。
伊藤 佐渡島さんが福岡に来て、福岡や糸島で何かが起きそうな感じになっているのがすごいことだと思います。
佐渡島 《雲孫財団》の動きは他にもあって、今、九州大学の医学部に寄付講座作って、そこで糸島地域のウェルビーイングを計測しようとしています。《雲孫財団》をはじめとして、糸島がどう変わっていくかを記録した方がいいと思っていて。記録についても仕事として誰かに発注するのではなく、自分事としてやりたい人たちを育てたいなと。自らクリエイターを育てる気持ちで文章を書いたり、動画を作ったり、それ自体をプロデュースしたり、そういう若い才能を育てることを九州大学芸術工学部の方に寄附講座を作ってやる計画をしています。卒業生が出たところで、新たに東京からみんなが憧れるようなクリエイターたちがやって来て、この仕組みに関わった人たちがメインとなって地産地消を進めるような流れを作りたいと思ったりしています。
伊藤 繰り返し聞いてしまいますが、この話は、俺がやりたいこと?それとも《CORK》の仕事としてやりたいこと?
佐渡島 俺がやりたいこと。《CORK》には一円も入らないし、僕にも一円も入らない(笑)。でも明らかに、俺がやりたいことです。
人間と人間の縁なんて、
無責任な知り合いを増やした方がいい。
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伊藤 福岡は再開発の真っ最中なので、お声がけが多いと察します。実際に自分が福岡から求められていると感じることは多いでしょ?その求める声は佐渡島さんの的を得ていますか?
佐渡島 的を得ていないことが多いかも。的を得るのは難しいよ。僕が編集者で仕事がなんなのかとか、そういうことをみんなはわかっていない。東京の有名な人だからって、フワっと「なんか頼めるかも?」って感じで来られることが多いから。
伊藤 佐渡島さんから見て、今の福岡は面白いと思いますか?
佐渡島 コロナが明けるじゃないですか。そうすると韓国と中国が近いということは相当なメリットですよね。空港も便利だし、やりようによってはアジアの顔になれると思っています。
伊藤 それは俺的な目で?《CORK》的な目で?どちらもありそうな感じですかね。
佐渡島 5~10年経つと融合してくるんですよ、きっと。縁ってすぐビジネスにできると考えていたら、縁じゃないじゃないですか。
伊藤 たしかに。拙速な質問でした。
佐渡島 遊んでいたら仕事になる時もあるし、ならない時もある。そんな感じで、結局自分の人生を考えた時、例えば、20代の時って、仕事を通じて、人とどう仲良くなるかを考えていたんですよ。仕事すると本気でぶつかっていくし、一緒にプロジェクトやったら、親友になれるって思っていた。逆に一緒に仕事しないと親友になれないって考えていたんですよ。最近はうかつに仕事しちゃダメだと思うようになった。仕事できそうなのにどこまでも仕事しない仲って、無責任で楽しいなと思っていて。今は、人間と人間の縁なんて、無責任な知り合いを増やした方がいいなと思っています。福岡の都市開発に関わる場合も、すごく無責任だけど、予算やそこから来る計画から話をするのではなく、「こうできたら面白いんじゃないですか?」って、漠然としたことを公言する。言い放つ。そこから相手が刺激を受けたらいいなと思うし。
伊藤 なかなかそういう存在は置きにくいし、存在になり得る人はいないですもんね。
佐渡島 うん。いない。みんな、今年度の予算をどう取って、それを無駄なくどう使うかって考え方で、人にものを言ったりするじゃないですか。
伊藤 そんな中、「あ、佐渡島さんがいる」って選択肢を持っていれば、発想が広がって、新しいものが生まれる可能性はありますよね。
佐渡島 僕の場合は実現しても、しなくてもどっちでもいいから。だとしたら、僕が楽しいと思うようなことを言い続けたらいいかなって思っています。
伊藤 それって仕事全体にそういう感じなんですか?
佐渡島 僕はノリで生きているので(笑)。
何かを持ち続けることに
こだわらなくなった自分がいる。
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伊藤 変な質問ですが、福岡には長くいる予定ですか?
佐渡島 基本的には九州が今、めっちゃ気に入っています。由布岳も毎年登りたいと思っているし、まだ行けてない天草にも行きたいしとかって考えていると……。
伊藤 時間が足りないですよね。毎週行けるわけではないし。ベストな季節に行こうとすると、かなり年数がかかっちゃう(笑)。
佐渡島 屋久島や石垣島も福岡からならすぐに行けるじゃないですか。対馬行って、五島行って、壱岐行ってってしていると結構忙しいですよ(笑)。
伊藤 その屈託なく、健康そうな感じってどこから来てるんですか?
佐渡島 仕事のために生きてないからじゃないですか?
伊藤 昔からですか?
佐渡島 うん。昔から。でも、起業して5年間くらいは仕事のために生きちゃったかな。
伊藤 かなり前だけど、佐渡島さんと会う機会が時々あった頃、「CORKをどうにかしたい」って、かなり真面目に語っていた気がします。
佐渡島 “付き合いたい”と思うのを辞めたら、彼女できるのと同じ感じで、“どうにかしたい”と思うのを辞めたら、うまくいくようになりましたね(笑)。「CORKをどうにかしたい」ってずっと言っていると、みんなうっとうしくて協力してくれないんです。あえて僕が手を離すと社員がやってくれるみたいな感じもあって。それは難しいなと思いますよ、会社の経営っていうのは。やりたいって言ったのに、僕が忘れちゃってるくらいの方が良かったりするんです。いつの間にか社員がやってくれたり。「あれ、これやりたかったっけ?」って言っているとやってくれるみたいな(笑)。
伊藤 会社は任せちゃっている?
佐渡島 経営ってそういうことだなって、最近思ってきてる。経営と執行の分離ってそういうことなんだなと。僕が全部やってうまくいくと、社員からすると、「じゃあ、全部やれば?」って気持ちになりますから。
伊藤 うっ、耳が痛い。
佐渡島 しかも、あっちが一ヶ月かけてやってきたことを僕が一週間くらいでちゃちゃっとやっちゃったりするじゃないですか。それってめちゃくちゃしらけさせちゃう。でも、昔は僕もそれを一ヶ月かけてた。その時には僕の横ではしたり顔でそれを10分でやる先輩とかいなかったんですよ。だから僕は頑張り続けられたと思っている。だから、そんなことをするのは良くないなと思っている。
伊藤 じゃあ、今会社は結構良い感じなんですね。
佐渡島 今一番良い感じだと思いますよ。
伊藤 面白いですね。僕は福岡と2拠点になって、10年ぐらい経つんですが、福岡にしっかりと根を生やして移住する人とちょっといるだけの移住の人を見分けられるようになって来たと思っていたんですが、正直、佐渡島さんはちょっとだけかな……と勝手に思っていたけど、なんだか根を生やしそうですね。
佐渡島 実は今、福岡を知るために一生懸命頑張ろうと思っていることがあって。僕、こう見えて、不動産を一回も買ったことがないんですよ、全部賃貸派で。
伊藤 それは意外かも。
佐渡島 でしょ。でも、今、福岡の不動産を買おうと思って、福岡の物件を不動産屋から送ってもらっているんです。それを見にいろんなエリアを歩いている。次郎丸の方とか。普通に生きてたら、絶対行かないじゃない?
伊藤 佐渡島さんは次郎丸には行かないだろうなあ(笑)。
佐渡島 だよね。で、次郎丸だとワンルーム2万円とか、3万5千円とかなの。一生懸命、データを見ながら、歩いている。初めてそういうことやってみてるんだよ。
伊藤 見つかりそうですか?
佐渡島 不動産を本気で欲しいと思えなくて……、ちょっと飽きちゃった(笑)。でも頑張ってるよ。
伊藤 『インベスターZ』なんて人気作品も生み出してるのに(笑)。
佐渡島 そう。理屈はわかっているけど、本当にそういうことをやったことがない(笑)。社員の方がうまく運用している可能性があるね。
伊藤 福岡の物件を買ったら教えてください。なんでここを買ったんだろう?ってことを読み解きたい。
佐渡島 不動産投資は算数なんで、ある利率でローンをどう組むかだから、そんなにびっくりすることはないと思うけど、物件を見て回るのは、いろんな意味で続けたいと思っていますよ。例えば、福岡の赤坂近辺だったら、ワンルームを5、6万円で借りられるんですよね。同じような環境を考えると東京だと倍くらいする。大阪でも、名古屋でも、札幌でも、仙台でも、ど真ん中でその金額は見つけられないですよ。それは福岡だけ。不思議ですよね。面白い。
伊藤 観光や住むだけでなく、別の観点で街を回ってみるとまた別の入り方があって、面白いですね。
佐渡島 みなさん、移住って言ってくれるんだけど、実は、僕自身は福岡に移住している気持ちはなくなってきていて。
伊藤 というと?
佐渡島 東京3日、福岡4日じゃないですか?定住生活じゃなく、ずっと旅してる感じに近いんですよ。そうするとアイデアもなんだけど、何かを持ち続けることにこだわらなくなってきている。
伊藤 体も頭も常に動き続けている。
佐渡島 そう。アイデアも取られたら取られたで、それはそれで良いし。定住していると、同じことを続けないといけないんじゃないかとか、何かを守らないといけないんじゃないかとか思ってしまう。でも、僕は常に移動しているから気にならないんですよ。人間との縁もまた出会えば良いしっていう感じで。
伊藤 東京?福岡?ではなくて、ずっと運動している。
佐渡島 そうそう。その時に拠点はどこにするかという時に、今はホームを福岡っぽく感じているだけ。もう少し話をすると、福岡はホームって思える土地なんだけど、東京はやっぱり思いづらいんだよね。
伊藤 あれだけ住んできたのに。
佐渡島 住んでいても、めっちゃお金がかかるしね。東京に住み続けて、ホームって思うと、稼ぎ続けないといけないっていう気持ちになりますもんね。それはもういいかも。
福岡は個人が超強くて、
みんなで意思決定してるものが超悪い。
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伊藤 この間会った時に触れていた「福岡は街の魅力の伝え方が下手」って話を聞かせてもらっていいですか。
佐渡島 福岡の食べログ上位店って、旅行者がわざわざ行く店が多いですよね。でも、3.1以下に美味しいお店がたくさんあるんですよ。福岡は家賃が安いから、いろんな人がチャレンジしていて、良い店が本当にたくさん存在する。多分、福岡の多くの人たちが世の中のレストランの相場を知らなくて、ガラパゴス化して結構なレベルになっているのに、自分たちのレベルの高さに気づいていない。福岡は本当に個人が超強いなあと思いますよ。それに対して、みんなで意思決定しているものが超悪い。例えば百貨店や商業施設の質がめちゃくちゃ悪いんですよ。これは本当に「地方だなあ」って感じちゃう。
伊藤 それ、なんかわかる気がします。
佐渡島 めちゃくちゃやばい感じになってますよ。話し合いで決めているところがとくに悪い。みんな安パイでめちゃくちゃ酷いもの作ってる。
伊藤 その視点、面白いですね。話し合いで決めているところの質が悪い。一方、個人が突き抜けている。
佐渡島 だからサラリーマンの人がめちゃくちゃ地方感がある。一方、個人事業主はすごい元気。
これは地方で多いことなんだけど、銀行とか不動産開発とか、インフラの人たちが地域のコミュニティの中心になっている。インフラの人たちは文化を知らないから、意思決定の部分で文化に対する投資を考えない。トップの人たちも昔は良かった一族だったから、資本の論理を超えた投資が行われていたのが、今、その人たちも会社の業績が苦しくなり、投資のすべてに資本の論理が必要とされている。インフラの人たちの投資の論理がソフトの人と違いすぎて、それでソフトが育ってないんですよ。
伊藤 それは僕の年代になってくると、当事者の知り合いも多くて、体感レベルでわかります。“文化が大事である”“文化が必要である”とは言うものの、インフラの人は旧来の資本の論理で動いているから、そこからは何も新しいものは生まれてこない。佐渡島さんは“文化”を意思決定の前提とした方がいいと思うのは、なぜですか?
佐渡島 社会全体の資本の流れがソフトとサービスに移ってるんですよ。インフラの価値が落ちていっているじゃないですか。欧米は全部サブスクの会社がソフトやサービスに価値を置き換えて行ってる。石油にしたって、車にしたって、そうですよね。重厚長大産業がすべて価値を下げて行っているにも関わらず、地方の経済はまだその重厚長大産業の価値で動いてしまっている。その人たちがまだソフトやサービスの方へ移れてないんですよ。
伊藤 で、どんどん遅れちゃう。ちなみに、天神を中心に起きている再開発はどう見ていますか?
佐渡島 天神でどんな風に過ごしてほしいか、という設計がされていなくて、どんどんオフィスになってしまっている。そして、オフィスビルも外から雰囲気が見えない。で、賃料が高い。すると全国でチェーン展開してて、高い賃料を始めから払えて、12ヶ月分の敷金、礼金、補償金を入れられるみたいな会社しか入れなくなっている。そうするとミニ東京に自然になっていきますよね。
伊藤 どんどん遅れるし、どんどんミニ東京になっちゃう。
佐渡島 だから、自分たちのビルの周りにどんな個人事業主が来てほしいかを考えればいいんだと思います。都市は生態系だから。自分たちがコントロールしきれないことまで想像して、コンセプトを考えた方がいいと思います。開発する人も自分たちが持っていない周辺の土地のことまできちんと考えるべきだと思います。ここはこんな空気が流れていて、裏原みたいなお店が10軒できるようになって、居心地のいいコーヒースタンドや美味しいレストランが入って……って、自分たち以外の街並みの変化まで考えていかないと何をすべきかはわからないと思います。そして、ひとつひとつの開発が街のこと全体を考えないと絶対良い街にはならないと思います。
edit_Mayo Goto
photo_ Kousaku Kitajima
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