【短編小説】けんけんぱっぱと飛び越えて
日常から私を取り戻してくれる、そんな場所が好き。
鳥が自分だけの巣を探すように。
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二十三歳から一人暮らしをして四年間住み慣れている街には、全席喫煙。ラジオから学生時代聴き馴染んでいる音楽やオールナイトニッポンが流れるような、時代遅れ(人によっては名残のあるともいう)BARがある。
九十年代·····名作·····ポップ・ミュージック。
ラジオのジングルが流れ出す。
私がこの街に住み始めて二年目になる、そのくらいの時の話。
仕事終わりにモヒートを飲みながら店内のラジオを聴いていると落ち着いて話す二人組みの声が耳に入った。おそらく先程、店に来たのだろう。
二人はカウンターではなく、私の後ろのテーブル席に座っていた。BARの広さは、カウンターが六席。テーブル席二席程あるこじんまりとした広さで、明るさも薄暗くてちょうどいい。
敬語や方言、時にはタメ口を使いながらお互い距離感を測ってるように聴こえた。二人がどのような関係なのだろうか、と私は気になった。
初対面なのか、会社の繋がりなのか、二人の関係性を考えながらどんなことを話すのか?を聴いてしまう癖がある。街を歩く人の同じようにどんな関係なのだろうと観察してしまう癖がある。
「そういえば、みやざわさんって意外に演劇とか観に行くんですね」
「え、意外かな?」
「うん意外だったからこそ、もっと気になるなと思いました」
「なんで分かったの?」
「この前、Twitterに載せていた感想の文章がとても素敵でつい読んだんですよね」
「恥ずかしいな、みなとくんに知られてると思わなかった」
「この前の研修の飲み会終わりに、くどうさんと繋がってそこから知りました」
「そうだったんだね」
「演劇の話聞きたいです。いつからやってたんですか?」
·····少し間が空いたので私は煙草を手に取ってから喫った。
「大学の頃かな、本格的だったんだよね。舞台が近づくと一ヶ月近く稽古をつけてもらうみたいな感じかな」
「そうだったんだ。通りで物事にはストイックだよね」
「くどうくんもストイックだよね。昔の話聞かせてよ」
相性を確かめ合うような独特のテンポで話す。二人の会話を聴きながら、いつからか、好きな物や好きなこと。そんな類のことに対して人に話したり、自ら創ることが出来なくなっている自分が居るなと感じた。
言葉を扱う、仕事をしたかった。それであればなんでも良かった、と考えて進み今の仕事に就いたが、想像していたよりも事務的で作業的で。そこには求めていた創造性や言葉を扱う仕事がなかった。
店内のラジオ放送が区切れたことを合図かのように"上司"という名前から電話が掛かってきた。
「桃井、悪い。今どこにいる?」
「(いつものBARに居るとはいえず)
落ち着きたかったので喫茶店に居ます」
「今から会社に戻れないか?明日納期のパンフレットに入稿ミスがあって……」
「分かりました。他には誰が残ってますか?」
「山田と俺の二人。二人じゃ終わらなさそうだったから、いつも申し訳ないが来れるか?」
ポップ・ミュージックから、オールナイトニッポンにラジオが切り替わる。
私はモヒートを飲み干して、下唇を噛む。
「ともかちゃん、いつもの?」
「そうですね、すみませんがまた戻ってきます」
「またいつでもおいで」と店長は顔を除きこみながら言った。
店内を出るとその日は星が綺麗だった。
ちょうど夏から秋に変わる頃。一番切なくて一番人々の物事が動く時だと思っている。
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タクシーを拾わなければ行けなく、仕方なく大通り沿いに出た。肩組みながら歩いている三人組、酔いどれているお爺さんの横には缶ビール。煙草を喫いながら歩く男女。8階か9階建てのマンションの3階には、猫が景色を見下ろしているシルエットが見える。
「私と同様ここに居る生き物はどんなことを感じて生きているんだろう。そんなこと知る由も無いのに。」と時々、自問自答するに時がある。
答えの無い事、意味を出さなくてもいいこと。一見したら無駄なことかもしれない「無意味だよやめとけよ」と言われるような"経験や時間こそ人生には必要だ"と、その人を形成するものだと考えている。
ポケットから振動があり、スマホを手に取ると「桃井あと何分したら来れるか?」と社内で使用しているチャットツールから連絡が来ていた。
私は、スーツから有線のイヤホンを取った。イヤホンをウォークマンに差し込んで、聴きながら煙草を喫いながら「すみません、今日は行けないです」とメッセージ文を送って電源を切った。
"ぶらぶら旅をするのが好きだ"と仲の良い友達が話していることを羨ましく思っていた。今日はなにもかんがえなくてもいいんじゃないかな。
タクシーの後部座席に乗り込み、行き先を海が近い場所に指定した。