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感染症病棟〜新型コロナウイルスが変えたもの〜⑥

世間の反応

県内ニュースでは毎日何名の感染者が出ているか報道がされていた。
その頃には県内全域に新型コロナウイルスの患者が少しずつ広がっていた

この状況をみて、暫くは応援業務も中止となり患者対応の見直しに追われていた。

仕事を終えて帰宅すると
家の近くに
昔から顔見知りの近所の方が
集まって話していた。

私が「こんにちは」と笑顔で声をかけて会釈すると
近所の人達は驚いた表情を見せて
「こ、こんにちは。今帰りなのね。」
とぎこちない返事をした。

(何か…いつもと反応が違うような…まぁいいか。)
そう思いつつ家の中に入ろうと鍵を差し込んだ時だった。

近所の人たちのうちの1人が
「あ…あの!川崎さん!ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」
といって声をかけてきた。

鍵を抜いて振り替えり
「…どうしました?」と声をかけると

しばらくの沈黙の後に
「あ…あのさ、川崎さんって○○病院の看護師さんだっけ?」
と聞かれた

この時点で嫌な予感がした。
世間を騒がしているコロナ禍の状況でどこの病院の看護師かどうか尋ねるということ、そして県内患者発生のニュースが連日報道されていることを考慮すると何が言いたいのか薄々わかっていた。

(どうしようか。看護師ということをごまかすか?
だが、おそらくこちらが看護師だということをほぼ確信した上で声をかけてきているのだろう。だとすれば変に嘘をつけば余計に怪しまれるかもしれない)
そう思い、笑顔で
「そうですよ。どうかしました?」と聞いた。

すると、近所の人は
「私…みちゃって。その、○○病院に家族を定期検査で連れていったんだけど…その時…防護具?とかいうの着てさ、病院の外から中に入っていく先生たちの姿を。まさか最近報道された県内発生の患者って○○病院にいるのかなー?…なんて…。」

(よりにもよって近所の人に見られて居たなんて…!だけど患者の個人情報保護だけは守らなければ…!)
そう思い、近所の人に悟られないように、表情は笑顔のまま咄嗟にこう答えた。

「あぁ!あれは研修してたんですよ!
ほら、これだけコロナが全国に広がったらいつ患者の受け入れ要請来るかわからないじゃないですか?だからみんなで練習してるんですよ。」と。

そう答えると近所の人達は安堵した表情になり
「あー!そう言うことなのね。
どうしようかと思ったのよー!
もし川崎さんの病院に居るなら怖いなぁと思っちゃって…
その、川崎さんとは小さい時からずっと関わってきたのにあれだけど
川崎さんの家族との今後の付き合いを考えないといけないのかしらって!」
と、言われた。

とっさに言われたその言葉に思わず硬直した。
コロナウイルスの対応をすることで私だけ避けられるなら構わない。
だが家族にまで影響がでることになるのかと

近所の人は私の表情に
しまった!と言うような顔になり
「ご、ごめんなさいね!看護師さんって本当に立派なお仕事ね…頑張ってね!」
と言いながら足早に帰って行った。

悪気はないのだろう
だがそれが世間の本音なのだと悔しさが込み上げた。

自宅に入り鍵を閉めると
思わず玄関に座り込んだ。

家族からの
「おかえりー!…ってどうしたの?」という声に
涙を堪えて

「なんでもない!ちょっと疲れただけ!」
そう誤魔化し部屋に入った。

そして部屋のテレビをつけると
丁度、同じような状況に陥っている医療従事者についての報道があった

ー次のニュースです。新型コロナウイルス対応の医療従事者などに嫌がらせや差別が3か月で約700件みられたと日本医師会の調査で明らかになりました。具体的には、医療従事者が、医療機関に勤めていることを理由に美容院などの予約を断られたケースや、同僚職員が感染した際、近所の人から電話が殺到し嫌がらせを受けたとしています。
また、医療機関に対しても、誤った情報をSNSに書き込まれたり、感染した職員の住所を教えるよう求められたりするケースもあったということです…ー

その報道をみて
(あぁ、やっぱり全国的にこうなってしまうのか)と感じた。

そして
自分のせいで近所の人に避けられるかもしれないから
あまり自分のことは言わないように…と家族に言うべきなのか悩んだ。

しかし、それを伝えると言うことは
察しのいい家族には
何か近所から言われたことが伝わってしまうかも知れないと思った。

それならば普段通りに過ごして
何もなかったように過ごした方が幸せなのか…。

だが、もう実は周囲から避けられるのに
私に気を遣って言えないだけなのか?

そのような思いが交錯していた。
そして、結局結論は出ずに家族には言えなかった。



後日、出勤をして患者の病室に入ると
患者が苦悶の表情を浮かべていた。

「どうしました?どこか具合悪いですか?」
そう尋ねると患者は乾いた笑いをしながら

「看護師さん、自分ね、特定されちゃったみたい。」と言った。

「え…?」と言うと

「いやーー入院のこと周りにバレちゃってて。…まいったなぁもう。どうやら入院の時、知り合いに見られてたみたいなんです…。そして報道でも何歳代とか出ちゃったでしょう…?それで…自分のことだって…」
そう言って言葉を詰まらせた。

なるべく人目につかないように対応したつもりではあったが
やはり医療スタッフが防護具をつけている姿はどうしても目立っていた。

(あの時のあの視線…あの中に患者の知り合いが居たのか…)

「……移動の際の配慮が不充分で申し訳ありません。」
と頭を下げて伝えると

患者は
「いや!看護師さん達を責めたりしてるわけじゃないんです!
ただ、困ったことになって…
実は子ども達が…周囲から避けられてるようで
して…。
下の子なんて学校に行けなくなっちゃったみたいなんです。自分だけならまだよかったけど、子供達が…!
自分の…せいで…自分せいで…!!!」
そう言いながら患者は涙を流した。

その言葉に思わず、
「誰も悪くないんです!感染したくてかかる人なんていません!患者さんのせいじゃないんです!」と伝えると

患者は嗚咽混じりに
「だけど…!だけど!…現実問題は!!!そうもいかない!!!県外にもいかず!!感染対策もして!!!家と職場の行き来しかしてないないのに!!世間は感染を県外から持ち込んだ人間なんじゃないかとしか見てくれない!!!」と言い、顔を伏せた。

その言葉に、黙って背中をさすることしかできなかった。

しばらく涙を流した後落ち着いた患者が
「……感情的になってすみませんでした。話したら少し落ち着きました。」といい涙を拭いた。

その時コンコンと病室の扉をノックする音がなった。

そして医師が入室した。
「Aさん(患者)。ごめんなさい、話が聞こえてしまいました。
今は周りに感染者数が少なくてどうしても特定しようとする人もいますし、好奇の目に晒されることもあると思います。それは退院してからも続くかも知れません。だけどAさんは幸い軽症です。命があるんです。感染したとはいえこれはまだ救いです。そして残念なことですが、世界情勢を見ると感染はさらにどんどん拡大し、周囲にも広がると予想されます。そのうちみんなが、コロナになったよーと笑って言うくらいに広がると僕は思います。そうなるとAさんがコロナだったことを周りも気にしないと思います。コロナが拡大しなかったとしても、今後ワクチンの開発やコロナに対する研究などが進めばもっと脅威じゃなくなります。そうすれば世間の未知のウイルスに対する不安が減るはずです。だから、今が耐えどきなんです。Aさんのためにもご家族のためにも1日でも早く元気になって帰りましょう。そして周囲に感染しても元気な帰って来れるんだ!ってわからせてあげましょうよ!」と伝えた。

その医師の言葉にAさんは静かに頷いた。

これが世間の反応の現実なのだと
改めて痛感をした。

そして、医師の言葉を受けて
患者にとっても医療従事者にとっても今が耐え時だと改めて痛感したのだった。


#創作大賞2024 #お仕事小説部門



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元看護師◉yuu
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