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感染症病棟〜新型コロナウイルスが変えたもの〜③

他部署への応援業務

幸いなことに、県内ですぐに感染者は発生しなかった。
その間に感染管理認定看護師に確認しながら、マニュアルの作成や手順の確認などに追われていた。

勤務時間を超過してもマニュアルなどを準備している私たちをみて
感染管理認定看護師はこう言った。

「みんなちょっとキリのいい所で作業を辞めてほしい。
感染対策として1日でも早く準備することは大切なんだけど…
それで体調を崩して免疫が低下したら感染するリスクが高まってしまう。
だから超過勤務はせずに帰宅して体力が落ちないように努めて欲しい」
と。

その言葉を受けて、その日から超過勤務をせずに皆帰宅するようになった。


しかし、他部署はこの状況を良しとしていなかった。

感染者がいないということは、感染病棟のカルテの入院患者数は0人のままとなっている。

個人情報保護の観点から患者のカルテ自体を開くことはできないが

各病棟の入院状況は
ベットコントロールを行う必要があるため
院内のパソコンでどこからでも閲覧できた。

その結果、不満が噴出したのだ。

本来ならばそちらの部署の患者である
内科の患者を看ているのだから応援に来てほしい、と。

その他部署の不満に対して
新型コロナウイルス感染症の患者の受け入れの準備のために
応援業務を行う時間がないことを管理職が必死に説明してくれていた。

しかし、周囲の納得は得られず、後日応援業務に行くことになった。

「感染症病棟から応援にきました。川崎です。お願いします。」
そう頭を下げるが、冷たい視線を浴びた。

「あのー…今日のリーダーさんは…?」
と声をかけるが返事はない。

仕方なくホワイトボードをみて名前を確認し、
リーダー看護師に何をすれば良いか声をかけた。

するとリーダー看護師は
「応援と言っても…逆に何を頼んだらいいんです?
誰かが応援よこせと騒いだみたいで来てもらったみたいだけど…。
…あなたは何ができるの?
その辺決めといてもらわないと指示なんかできないし。
自分で考えたら?」と言ってカルテの入力を始めた。

(手伝いに来てと言われている立場なのに…?
元々の部署じゃないから物の位置もわからないし…)

そう思いつつ、周りの看護師に声をかけ
その日対応可能であった
検温や検査搬送などできる限りの業務を行った。

そして勤務終了時刻になり
「自部署に戻ります」と告げた所

「ありがとうございます。助かりました。」という管理職の声と裏腹に
応援部署のスタッフからは返事はなかった。

(なんだか感じ悪いな…。看護学生の時に看護師に挨拶を無視されていた時と同じような感覚だ…。さっさと戻ろう…。)
そう思い、居心地の悪さに胃がキリキリとした。

病棟にもどると後輩看護師が目に涙を浮かべていた。
「どうしたの?」と、尋ねると
手に持っていた携帯をスタッフみんなに見せるようにして

「見てください。他部署の子のSNSです!
休憩時間にたまたま見てしまったんですけど
”コロナ病棟のスタッフは応援に来れるくらい
暇してるみたいでまじむかつく”
って載せてあるんですよ⁉
私が見るのわかってるはずなのに…。
応援に来てと言われて行っているのに
行ったら行ったでこんなこと書かれて暇だと思われているなんて…」
そう言うと悔しそうに表情を歪めた。

(応援に行っても行かなくても結局、恨まれるしかないのか…)
そう思い落胆した。


それから数日後…
私は夜勤だった。夕方に出勤し、白衣に着替えるためロッカールームに向かうと何やら騒がしかった。

(なんだろう…何かあったのかな?)

そう思いつつ、そーっとドアを開けて
自分のロッカーへ向かった。

私がロッカールームに居ることは気づかれていないようだった。

そして、立ち聞きするつもりはなかったのだが
ロッカールームでの看護師の会話が聞こえてきた。

「ねー、感染症病棟の話きいた?」
その言葉に思わず身を固くした。

「聞いた聞いた!患者数0名で、定時で帰ってるって話でしょ?
もはや全病棟で噂になってるから」
「やっぱりそうだよね!マジむかつくと思わない?こっちは対応もしたことないあんたらの内科の患者急にきてさ。内科のことなんか知らないから全部調べて作業しないといけないし、それで帰る時間2時間は超過しているからね。なのに…あいつら定時で帰ってるってさ」
「え?定時で帰ってるとかありえないんだけどー。
応援に来るのくらい当たり前だし、むしろもっと積極的にそっちから手伝いますくらい言いに来いよって感じだよね。というか、そもそも内科の患者なのに応援っていうスタンスなんな訳?受け持ちます!くらいの感覚で主体的に持ってよ!って思わない?しかも、感染症病棟ではひたすら勉強会をして、その間にマニュアルを準備したり防護具の着脱とかして1日過ごしてるらしい」
「はぁ?防護具の着脱とかすぐできるでしょ。感染対策の基礎じゃん。それで1日終わるなら移動してやろうかなー」
「確かにー。でもコロナの患者来たらそのときはちょっと厄介じゃん?だから移動もしたくないよねー」

そういって複数人で笑い合う声が聞こえた。

(何も知らないだろうに…感染対策もいろいろと手順が違うのに…)
そう思い悔しくて涙が溢れた。

そして、噂をしていた看護師たちが私の方に向かってくる音がした。

思わず通路に背を向けて顔を隠した。

そして私の横を通りすぎる際に
「げっ。今、誰か看護師居たけどやばくない?」
「まぁでも感染症病棟の看護師じゃなきゃ大丈夫でしょ」
「ま、感染症病棟の看護師だったとしても本当のことだしいいんじゃ?」
そう言いつつ笑いながらドアが閉まる音がした。

悔しくてぎゅっとつむった目を開いて
ロッカーに備え付けられた鏡を見ると
目が赤く充血していた。

(困ったな。これじゃすぐ病棟に上がれないや…)
そう思いながら
少し目の赤みが引いたところで感染症病棟へ向かった。


「お疲れ様です…」
そう目を伏せながら声をかけると

先輩看護師の青山さんに凝視されて
「ふーん、その様子じゃ、さっきのロッカールームに川崎さんも居たね?」
と言われた。

目の赤みはある程度引いたつもりだったが
沈んだ気持ちが表情に出ていたのかもしれない。

「…青山さんも居たんですね」そう言うと
青山さんは笑いながらこう言った

「居たよ居たよ。
私は一番端だから周りは気づかなかったみたいだけどね。
何?川崎さん、聞いてて悔しかったか。そうかそうかー。
まぁ言わせておけばいいんだよ。あぁ言うのは」
と言って私の肩をポンっと叩いた。

「はは。なんか、何も知らないくせにって思っちゃいました」
と乾いた笑いをしながら私が言うと、青山さんは

「まぁ。それはそうなんだけどさ…
他病棟がこっちのこと理解できないのは仕方ないさ。
だって見に来ている訳じゃないし。
それに、こっちも向こうの真の大変さを知らないと思うよ。
もし私が他病棟のスタッフだったら同じようにあの中に混じって
愚痴ってたかもよ?」
と言って笑った。

その言葉に
「青山さんに限ってそんな陰口はないと思いますけど…確かに相手の状況を理解するのは難しいことですね。先日はSNSに愚痴書かれていたみたいですしね…。不満あるのは1人2人じゃなさそうですね。」と答えた。

「それなんだけどさ…悪い面ばっかり目立ってるからあんまり気づかれてないことなんだけど、実は案外捨てたもんじゃないこともあるんだよ」
と先輩はニヤリと笑った。

その言葉に
「え?何ですか」と言うと

「実はさ…感染症病棟を新型コロナウイルス専門の病棟に変えるって決定した時、他病棟に移動した子たちが居たじゃない?あの子たち、それぞれの病棟で戦ってくれているみたいよ。感染症病棟は暇な病棟じゃないんだー!!って。」

(その話は初めて聞いたな…)と驚いた。

青山さんは続けて
「その結果、元感染症病棟の看護師VS元々の病棟の看護師でそれぞれちょっと対立抗争みたいになっちゃってるみたいだけどさ。移動してからも私たちを守ろうとしてくれてる人たちも居るんだよ。その子たちなんて陰口どころか直接文句言われてるみたいだからね。めげてらんないよ。頑張んなきゃね。」と言った。

部署移動してしまった看護師は
新型コロナウイルス蔓延し部署が感染症病棟のみに変わるまでは
日々の煩雑な業務を乗り越えてきたいわば仲間だ。
その仲間が各部署で、この病棟の役割を説明してくれていることはありがたかった。

青山さんはさらに話を続ける。
「それに、これだけ準備して患者数0名で終わったとしても無駄は何一つない。同じような感染症はまた起きるかもしれないし、何より苦しむ患者が居ないのは素晴らしいこと。感染が少しでも抑え込まれているのは世間の1人1人が必死に感染対策をしている結果だからさ。誇っていいよ。それに絶対にいつか他病棟の看護師にもここの頑張りが伝わるから。ロッカールームで愚痴ってた子達も実は昔一緒に働いた事があるんだけど、元々あんな感じじゃないんだよ。よっぽど日々の業務がきついんだろうね。世間ではコロナ対応の医療従事者すごい!がんばれ!となっているけれど、私たちが新型コロナウイルスに対応集中して対応できるのは、他の疾患の患者を看ている人たちがいるからなんだ。そこも世間に伝わるといいよね。そして、私たちも新型コロナウイルスの対応大変だ!!他病棟に愚痴られた!!となるんじゃなくて、他部所のおかげで集中できているという大前提を忘れてはいけないよ。」
そう言って伸びの姿勢をしながら天井を見上げていた。


青山さんの言葉に
「そうですね…新型コロナウイルスの影響で業務が新しい業務が増えたり大変なのは、当たり前のことですけど、私たちだけじゃないですよね。他病棟も愚痴や嫌味を言いたくなるくらい追い込まれてるんですよね…。直接新型コロナウイルスの対応をしていないとはいえ、そう言う意味では新型コロナウイルスを乗り越えようとする仲間なんですよね…。今日も頑張ります」と答えて夜勤の準備をした。

他病棟も余裕がなくなり嫌味を言ってしまうほど、精神的に追い込まれていた。

今、他病棟の看護師に恨まれたとしても
自分たちにできることは、着実に新型コロナウイルス感染症の患者の受け入れ準備をすることと他部署の応援を続けることだった。

そして新型コロナウイルスの早期収束を願った。


その後も他部所の要求は徐々に大きくなっていった。

初めは簡単な業務であったが
後に
「内科の受け持ちを持ってくださいよ」
「内科の入院や退院の処理もしてくださいよ」
と言われるようになり
それを受け入れると
「患者が多すぎて人が足りないんで、内科じゃないけどやってよね」
と経験のない他科の患者の対応まで応援業務として依頼されるようになっていた。

そしてついに
病棟だけではなく、救急外来からも
「新型コロナウイルス疑いの患者の対応の場合応援をお願いします」と応援要請がきたのであった。

あまりのいろんな要求に
感染症病棟の看護師同士で
「…まさか救急外来からも言われるとはね…」
「まぁでも、救急外来はコロナ疑いの人だけだから新型コロナウイルス対応をするという役割としては間違ってない気がするわ…」
と言いながら苦笑いをしたが
この対応は、余裕がないから起きていることで一時的なものだと信じて耐えられるようになっていた。



#創作大賞2024 #お仕事小説部門


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元看護師◉yuu
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